46 エピローグ
久しぶりにロダン公爵邸に戻ったエヴァは、心配していたナンシーにぎゅっと強く抱きしめられた。
「ご心配をおかけしてごめんなさい」
抱きしめてくるナンシーの温かさに、生きて戻ったと強く実感したエヴァもまた涙を流した。
「エヴァちゃんが悪いわけではないのよ。ルーカス殿下がちゃんと捕まえてくださってよかったわ。フェリスもエヴァを守ってくれてありがとう」
宮殿の医務室で様子を見ていたフェリスは、もう大丈夫だと医師から言われエヴァと一緒にロダン公爵邸へ戻ってきた。
「さ、ナンシーにもエヴァにも色々話がある。お茶を飲みながら話そうか」
エドワードはナンシーに事件のあらましを語った。エヴァも知らなかった話もあった。
アロペクス公爵が、エリモス連邦のペトラ部族の所有する土地にある鉱山の利権を狙うためにノウマッド族に声をかけ、ダキア皇国のメデルド領を拠点にしてペドラ族を追い出す画策をしていたという。
ノウマッド族は流浪の民でもあり、裏の仕事を請け負う組織があることでも有名だ。
ルーカスに近い騎士に動向を報告させていたアロペクス公爵は、ティフリス王国でエヴァとルーカスが接近したことを知り、鉱山の件ですでに繋がりがあったノウマッド族にエヴァの殺害依頼も追加した。
その依頼をアイハムが受けたということだった。
ティフリス王国で失敗してからアイハムはエヴァをずっと狙っていたけれど、興味を持って近づいてきた結果、エヴァとの友情をとり組織へ依頼を断ったという。組織から抜ける機会を得るために、アロペクス公爵と組織が交わしたエヴァの暗殺依頼の契約書類を盗み出した。
そして、その原本と引き換えにルーカスと交渉し処刑されて死んだと組織に思わせ、影としてルーカスの部下として生きることを決めたという。
宮殿でエヴァを離れた場所へ連れて行った獣人の騎士が、アロペクス公爵側に通じていたそうだ。
街でお金を渡してエヴァを害すよう獣人へはリュゼ嬢が独断で依頼、そして、公爵がノウマッド族を督促した結果共にエヴァを襲う流れになったとのことだった。
証拠や証人をルーカスがしっかりと押さえたため、明日の審議でアロペクス公爵一家は取りつぶしは免れないだろうということだった。
「明日、大臣達や残りの5大貴族家が集まり審議が行われる。アロペクス公爵やリュゼ嬢、そして、ルーカス殿下の情報を流していた騎士やウルペス子爵への断罪がある。エヴァはどうしたい?私としては……もう今日ので十分じゃないのかな、と思うんだ。これ以上何か真実が出たところでエヴァが救われるとも思えない。エヴァを狙っていた奴らの言い訳を聞いて気持ちがすっきりするとも思えない。どうあの者達が断罪されるかはわからないが、結果は伝える。だからここでナンシーと待っていてくれないか?」
ナンシーも頷いている。エヴァは迷ったけれど、エドワードの言葉に従うことにした。
エドワードが、エヴァへの憎悪を隠さないリュゼ嬢の態度にエヴァがこれ以上傷つかないよう心配してくれているのがわかる。確かにこれ以上話を聞いても、自分が納得したり救われることはないような気がした。
「分かりました、ここでお祖母様とお待ちしております」
「ああ、ちゃんと話は聞いてきて教えるよ」
次の日、また王都へ向けて出発するエドワードを見送ったエヴァはナンシーとお茶をしたり、フェリスやグレタとゆっくりおしゃべりをして時間を潰した。
誰も、事件のことは口にしなかった。
その日の夜遅くに帰宅したエドワードからそれぞれの末路を聞き、エヴァは複雑な思いでそれらを受け止めた。
+
「エヴァちゃん、本当に綺麗だわ」
白いレースのドレスに身を包んだエヴァを、涙を浮かべたナンシーがうっとりとした様子で見つめる。
「お祖母様、ありがとうございます」
婚約式の為に宮殿の侍女達に全身を磨かれ、化粧を施し、艶やかな銀の髪の毛をハーフアップにしたエヴァは、繊細な白いレースのドレスに身を包んだ。
「エヴァ様、まるで妖精のようにお美しいです」
「ルーカス殿下もさぞお喜びになるでしょうね」
支度をしてくれた宮殿の侍女達もうっとりとしたように、エヴァを眺めた。
「今日の装飾品は、このネックレスだけよ」
ナンシーが鏡台の前に座るエヴァの首に母の形見のネックレスをつける。
「精霊王の加護を受ける日ですもの。このネックレスだけで十分だわ」
婚約式は、宮殿にあるルーカスの薔薇園で行うと説明を受けた。
長生きする種族が多いからか国教がないダキア皇国では、精霊王を崇めている。今日の婚約式では薔薇園で精霊王に婚約を誓う。
ノックの音が聞こえ、エドワードが部屋に入ってきた。
「エヴァ、これまた一段と美しいな」
エドワードの言葉にエヴァが微笑みで返す。
咲き誇る花のような艶やかで華やかな笑みに、皆、目を奪われた。
最後にエドワードがヴェールをエヴァにそっと被せた。
「エヴァ、婚約おめでとう。精霊王の加護がありますように」
そっとエヴァの額へ唇を落とす。
次にナンシーも「エヴァちゃん、本当に綺麗だわ。私たちのところへ来てくれてありがとう。こうやって婚約式に参加させてくれて嬉しいわ」
柔らかく微笑んだナンシーもまた、「精霊王の加護がありますように」と囁くとエヴァの額へ口付けた。
「ご用意が整いましたら、ルーカス様の薔薇園までご案内いたします」
部屋の隅で待機していたグレタが声をかける。
「ええ、お願いします」
エヴァは微笑んで答えると、エスコートのための手を差し出してくれたエドワードの手をとり立ち上がった。
外に出たエヴァは晴れやかな空を見上げる。故国のティフリス王国よりも北に位置するダキア皇国は季節が早い。今は、夏の終わりだが秋を感じさせる気持ちの良い空気だった。
グレタの後について庭を歩いて行くと、ルーカスの薔薇園が見えてきた。
エドワードがルーカスが生まれた時に設計したものだと聞いている。
「お祖父様が作った薔薇園で婚約式ができるなんて素敵ですわね」
エヴァの言葉にエドワードも感慨深そうに頷く。
「エヴァ様、本日は婚約おめでとうございます。この薔薇園を管理しておりますケラトと申します。どうぞお見知り置きくださいませ」
薔薇園の入り口に一人の庭師が立っていた。ルーカスから聞いていた通り、白髪で白い髭が豊かな山羊の獣人だった。
「ルーカス様からお話を伺っておりました。こちらこそどうぞよろしくお願いしますね」
エドワードとは顔見知りなのだろう。エドワードに黙礼した後、ケラトはエヴァに真っ赤な薔薇で作ったブーケを手渡した。
「さ、こちらを持ってお入りください。ルーカス様がお待ちですよ」
「エヴァ様、エドワード様、私の先導はこちら迄です。奥でルーカス様や皆様がお待ちです。どうぞ中へお進みください」
グレタの言葉に頷いたエドワードが、緊張し始めたエヴァを見て柔らかく微笑む。
「さぁ行こうか」
グレタやケラトが優しく微笑みながら送り出してくれた。
内務大臣を務めている親族のエルフィーのエスコートでナンシーもエヴァ達の後に続く。
薔薇のアーチから続く小道を抜けると、様々な薔薇が咲き誇っている広がった空間にでた。
そこでルーカス、皇帝、レイモンド、そして立会人となる大臣達が並んで待っている。
正装の軍服を着たルーカスが、エヴァの姿を目にした途端に蕩けるような微笑みを浮かべながらエヴァの元へゆっくりと歩いてくる。
エヴァもまた、ルーカスの正装姿の非の打ち所がない圧倒的な美しさに心を奪われ目が離せなかった。
お互い立ち止まると、エドワードがルーカスへ一礼をし、エヴァへそっと語りかけた。
「私のエスコートはここまでだ。ルーカス殿下に引き継ぐよ」
「エヴァ、綺麗だ。薔薇の妖精が現れたかと思ったよ。美しすぎて目が離せないくらいだ」
ルーカスの甘い言葉に頬を赤らめたエヴァの様子は、匂い立つような初々しい美しさとなり参列者達も「ほぅ…」とため息をつく。
ルーカスのエスコートで皇帝の前に立った二人に、皇帝が高らかに宣言する。
「ダキア皇国の皇帝の名において、ルーカス・ダキアとエヴァ・スタールの婚約を認める。若き二人に精霊王の加護がありますように」
ルーカスとエヴァが皇帝へ一礼をすると、どこからか優しい風が吹き抜ける。ひらひらと参列者の頭上から薔薇の花びらが雪のように舞い降りてきた。
頭上を見上げた参列者達は、幻想的な光景に息を呑んだ。雲ひとつない青空から真っ赤な薔薇の花びらが舞い降りてくる。
「精霊王の加護がもらえたな」
皇帝の言葉に、エヴァがネックレスの石を見ると胸元でほんのり赤く光っている。
「ルーカス様」
小声でルーカスの名を呼びながら横を見ると、ルーカスもまたエヴァの胸元に輝く石に見入っていた。
「この婚約が精霊王に認めてもらえたんだな。良かった」
安心したように優しく微笑むと、エヴァの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「エヴァ、愛している。必ずエヴァを守り、幸せにすると誓うよ」
エヴァもまた、ルーカスの瞳を見上げて微笑む。
「ルーカス様を愛しています。私もルーカス様を守り、幸せにすると誓います」
見つめ合い微笑みあった二人は、そっと甘い口付けを交わした。
暫く空を舞っていた薔薇の花びらが見えなくなると、参列者達は「この婚約は精霊王の加護をもらっている」と囁き合った。
地面には、まるで何ごともなかったかのように、花びら一つ落ちていない。
皇帝が「精霊王に認められた二人の結婚式は三ヶ月後に国民の前で執り行う」と宣言し、婚約式が無事終了した。
+
「エヴァ、今日も一段と美しいな。薔薇の妖精のようだ」
ルーカスが蕩けるような甘い声で囁く。
二人は宮殿の外の広場に面したバルコニーの前に立っていた。
今から二人の姿をお披露目し、誓いを立てて国民に承認してもらう結婚式が始まる。
エヴァは今日は真っ赤なレースのドレスを着ていた。
手には白薔薇のブーケだ。これもケルトがルーカスの薔薇園の薔薇を使って作ってくれたものだ。
「国民の皆に認めてもらえるでしょうか」
バルコニー向こうから聞こえてくる、人びとの熱狂的な歓声に少しだけ怯んでしまったエヴァを安心させるようにルーカスが繋いだ手をぎゅっと握った。
「大丈夫だ、安心していい」
婚約式の時に頭上に舞った薔薇の花びらは、薔薇園だけでなく宮殿を取り囲む街でも舞い降りたそうだ。
「第二皇子の婚約は精霊王の加護を受けたそうだ」
「お相手の令嬢は精霊王の愛し子だそうだ」
奇跡のような光景を目撃した街の人達の言葉があっという間に街中へ、そして街から街へと伝わり、国中が知ることとなった。
エヴァは知らぬ間に国民に認められ、精霊の愛し子として讃えられていることをまだ知らない。
「愛しているよ、エヴァ」
「ルーカス様、私も愛しています。これからずっと一緒ですね」
「ああ、ずっと一緒だ」
もう一度繋いだ手をぎゅっと握りしめあって微笑みあうと、二人はバルコニーへ一歩足を踏み出した。
二人の姿を認めた国民からの歓声が一段と大きくなるとともに、広場の人々の頭上に色とりどりの花びらが舞い降りる。
ルーカス第二皇子とエヴァ王子妃の結婚式で起こった奇跡は、長い間ダキア皇国で語り継がれることになった。
Fin
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