45 顛末
ノウマッド族と街のごろつきに宮殿内でエヴァが襲われた翌日、アロペクス公爵とその娘のリュゼ嬢が皇帝の呼び出しに応じて宮殿へやってきた。
期待に胸を膨らませた様子のリュゼ嬢が案内された部屋に入ってくる姿を、エヴァとエドワードは隣の部屋の鏡越しに眺めていた。
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ルーカスの側近でもある、ダキア皇国騎士団団長補佐のリコスに案内された部屋には、たくさんの鏡が壁一面にかけられていた。
「ここから鏡を通して、向こうの部屋の中がよく見えます。向こうの部屋の声は聞こえますが、こちらの部屋の声は向こうには聞こえません。どうぞ、安心してお過ごしください」
「アロペクス公爵は私たちがいることは知っているのか?」
「いえ、お二人がこの部屋にいることも、エヴァ様がご無事だということも知りません。ただ皇帝に呼ばれた、としか認識がないはずです。この部屋で私とグレタが警護させていただきます。どうぞご安心くださいませ」
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アロペクス公爵とリュゼ嬢の姿を見たエヴァは、心が穏やかではいられない自分を感じた。あの二人から殺したいと思われるほどの憎悪の対象になったことを考えると心が重くなる。
エヴァの動揺が伝わったのか、隣に座っていたエドワードがエヴァの肩に手を回しそっと体を引き寄せた。
「お祖父様……」
「エヴァは悪くない。あの二人に非があるんだ。ルーカス殿下を信じて心を強く持つんだよ」
エドワードの言葉に心が少し落ち着いた。
頭をエドワードの肩に預けたまま、エヴァは隣の部屋で始まる断罪の開始を待っていた。
暫くすると、皇帝に引き続きレイモンド第一皇子、そして軍服姿のルーカス第二皇子が入室する。
アロペクス公爵とリュゼ嬢が立ち上がり、臣下の礼をして三人を迎える。
皇帝が数段上の玉座に座り、左右に両皇子が立つ。
見目麗しい三名が並ぶ姿は、断罪の場でなければため息を誘うほど美しいものだった。ただ三人は幾つかの種族の頂点に立つ吸血鬼らしい威圧さを纏い、無慈悲とも言える冷酷な視線をアロペクス公爵親子に向けている。
皇帝の言葉で顔を上げたリュゼ嬢は背筋が凍りかねない状況にも関わらず、期待に満ちた熱い視線をルーカスへ送っている。
「両名にここへ来てもらったことに心当たりはあるか?」
アロペクス公爵に向けて、皇帝が低い声音で話しかける。張り詰めるほどの緊張感の中、アロペクス公爵が縮こまっていく様子がエヴァにも分かった。
「いえ、ございません。何かありましたでしょうか」
「ノウマッド族という言葉に心当たりはあるだろうか」
ルーカスの発言にアロペクス公爵がピクリと体を動かした後、
「エリモス連邦の部族の一つですな。詳しいことは存じません」
と惚けた。
「そうか、それではペトラ族はどうだろう」
隣の部屋にいるエヴァでも、アロペクス公爵の顔色が悪くなっていくのが分かった。
しきりにハンカチで額に汗を拭いていると父の姿を隣とキョトンとした様子でリュゼ嬢が眺めている。
「ウルペス子爵から面白い話を聞いたんだ。アロペクス公爵に頼まれてメデルド領で鉱石について調べていると、な。ウルペス子爵が借りていたメデルド領内の小屋にペトラ族の若者が住み着いていて驚いたよ。そのことは公爵は知っていたか?」
「確かにメデルド領で産出される鉱石について、私が興味があったのでウルペス子爵に聞いたことは確かですが、メデルド領に行って何をしているかなどは……存じておりませんでした」
「そうか、それならばウルペス子爵のメデルド領での行動はアロペクス公爵とは関係ない、ということか?」
「はい!その通りです」
ルーカスの言葉に我が意を得たりというようにアロペクス公爵は頷いた。
「そうか……では、ノウマッド族との関わりはどうだ?」
「いえ、全くございません」
「皇帝に誓えるか?」
「もちろんでございます!!」
玉座に座っている皇帝に向かって深い一礼をしたアロペクス公爵を、冷ややかな目でルーカスが見下ろしている。
「それでは、リュゼ嬢に問おう」
ルーカスが声をかけると、嬉しそうに微笑みながらリュゼ嬢が見上げた。
「今日なぜここへ呼ばれたか分かっているか?」
「ルーカス様とついに婚約を結べるかと」
恥じらうように答えると、甘えるようなねっとりとした視線をルーカスに送る。
「へぇ、それはどうしてそう思ったの?」
レイモンドが顔が強張ったルーカスに変わって問いかける。
「ふふふ、なんとなくですわ。ようやく願い事が叶ったかと思ったのです」
エヴァの横でエドワードが膝の上で拳を握りしめたのが分かった。
「昨日、街の者に何か頼まなかったか?」
ルーカスの言葉に横のアロペクス公爵が驚いたように横のリュゼ嬢を見つめる。
「いいえ、私が街の人達と関わることはないですわ」
「それでは、騎士のカールを知っているか?」
「ええ、幼馴染です。」「カールに何か依頼したことはないか?」
「全くないですわ。久しくお会いもしていません」
にっこりと妖艶に微笑んだリュゼ嬢をルーカスが冷ややかに見つめた。
「そうか、リュゼ嬢も皇帝に誓えるのだな?」
「もちろんですわ」
リュゼ嬢も皇帝へ深い一礼をする。
「そうか……残念だ」
低い声でレイモンドが告げる。
「アロペクス公爵、其方はエリモス連邦のノウマッド族へロダン公爵の孫娘エヴァ・スタール嬢を害するよう依頼をしたな。合わせて、エリモス連邦のペトラ族に仲間割れを起こさせ、彼らの生活場所をメデルド領地から離れたところに移動させる画策を依頼したのも分かっている。ウルペス子爵と謀り、ペトラ族の所有する土地の鉱山を狙っていたこともな」
「待ってください!!私は何もやっていない!!」
「こちらの手元には公爵が署名をした依頼書類がある」
驚いたようにレイモンドを見つめるアロペクス公爵の手は震えていた。
「リュゼ嬢、昨日エヴァ嬢を害すよう街の者に金銭を渡したな」
「いいえ、私は何もしていませんよ」
「ほう、それではリュゼ嬢から依頼を受けたと言っている者達がいるのだが……どういうことかな?」
眼光鋭いレイモンドに睨まれ、リュゼ嬢は震え上がった。
「あ……きっと、私が舞踏会の晩にルーカス様と踊れなかったことを嘆いていたので、それを聞いた誰かが……頼んだのかもしれませんわね」
「お金を渡してもいないと?」
「ええ、ええ、そうです」
「そうか……アロペクス家の侍女に確認したところ、リュゼ嬢からの指示を受けて街の獣人に金を渡したと言っているが」
「その侍女が勝手にやったことでしょう。私は知りませんわ」
「そうか、しかし街の連中やノウマッド族の者を宮殿内に入れたのは君だろう」
「いいえ、知りませんわ」
「昨日、君が馬車で宮殿に来た時、一緒に荷馬車を一台連れてきたな。門番へアロペクス公爵に会わせる商人と物が乗っていると説明していたことは記録に残っている」
「ええ、ええ、そうでした。本当に商人と商品が乗っていたのですよ」
「商人はノウマッド族の仮の姿。商品は街の連中を布で覆っていただけだろう」
「……」
「エヴァ嬢がルーカスに呼ばれて宮殿に来ることを騎士のカールから聞いたんだな。襲いやすい場所までエヴァ嬢を誘導したカールがリュゼ嬢に泣きつかれたと言っているぞ」
「私が彼らに依頼したっていう証拠がないではないですか、皆、好き勝手に言っているだけだわ」
「アロペクス公爵の執務室に商人達が訪れた報告はないことを文官に確認した。それでは君が連れてきた商人達はどこへ行ったのかな?」
「……」
「証拠や証人は揃っている。どちらにしても両名は早急に審議にかけよう。別々に牢へ入れておけ」
レイモンドの一言で部屋の隅に待機していた騎士達が動いた。
すると、リュゼ嬢の隠れていた獰猛さが表に出て来たように形相が一変する。
「私は悪くないわ!悪いのはあの女でしょ。私はずっとルーカス殿下の婚約者だったのよ」
リュゼを見下ろしながら、凍てつくような視線でルーカスが淡々と伝える。
「婚約者候補であって、婚約者ではない。彼女を恨むのは筋違いだ。俺が愛する人は後にも先にもエヴァだけだ。勘違いをするな」
「あんな女のどこがいいのよ。あの女がいなくなれば私がルーカス様と結婚できるのに」
ヒステリックに叫ぶリュゼを冷ややかに見下ろしたルーカスは呆れたように口を開いた。
「何度も言うが、こちらはずっと君との縁談は断っている。その時点で候補ですらない。彼女のことを貶めることも決して許さない。俺の妃は彼女だけだ」
「連れていけ」
興を削がれたように皇帝が一言指示を出すと、騎士達が座り込んだ二人を立たせると両脇を抱えて部屋から連れ出していく。
アロペクス公爵は脱力したように俯いたまま、リュぜ嬢は泣き喚き続けていた。
首謀者が判り、事件の全貌もある程度分かったが、気持ちが晴れないままエドワードとエヴァは部屋をでた。二人はリコスに連れられて、今まで公爵達がいた部屋へと入る。
玉座に座った皇帝が疲れたような顔でエドワードを見た。
「見ていたか?」
「ええ、隣の部屋から」
「審議が終わるまでは明言できぬが、アロペクス家はもう終わりだな。親戚の子爵まで巻き込んでいたからには、当主に親族を据えて家を存続をさせる訳にもいかない」
「獣人の侯爵家を格上げですか」
「それしかないだろうな。どの家にするか、基準を明確にしないと揉めそうだな」
「色々騒がしくなりますね」
「まぁ、次の代に向けて、これを機に粛清できると思えばいいのかもしれないな」
皇帝がレイモンドをちらりと横目で眺めた。
「僕はまだ皇帝になる気はありませんよ」
「私だってもう長いことやって疲れたよ。早くレイモンドに譲ってのんびりしたい。お前こそ早く婚約者を決めろ」
「いや、父上こそまだお若いでしょ。それに仕事がなくなって暇になっても困るでしょう」
皇帝と第一皇子の親子喧嘩とも言えない揶揄いのような応酬を呆気に取られて眺めていたエヴァのところに、壇上から降りてきたルーカスがそばへやってきた。
「父上、よろしいですか?」
ルーカスがエヴァの腰を引き寄せながら、皇帝を見上げる。
「改めてエヴァ・スタール嬢との婚約について申し入れます。我々の婚約を認めていただけますか?」
「ああ、もちろんだ」
「ロダン公爵もよろしいでしょうか」
「はい」
苦虫を潰したような顔でエドワードが頷いた。
「父上、それではすぐにでも婚約式を執り行いたい。結婚式もできるだけ最短で」
「いや、ルーカスそれは焦りすぎだろう。そもそもエドワードが許さないよ」
「ええ、まだ可愛い孫娘を手元に置いておきたいので、式は一年後ですかね」
「そんなに待てない。婚約式から一ヶ月後だ」
「ドレスの用意がありますから無理です」
にべもなくエドワードが断る
「くっ……それなら三ヶ月後。皇族御用達のドレス工房に言えば三ヶ月もあればできるだろう。それに冬が本格的に始まる前には式をあげたい」
ルーカスの言葉にため息をつきながら、エドワードが頷いた。
「わかりました。三ヶ月後で。婚約式もすぐはダメですよ。それだって用意が入りますから」
「一週間しか待てない」
「ナンシーが泣いてしまう。一週間は短いでしょう」
「それまでに審理を終わらせるから許せ。父上、明日には執り行います。他の貴族達の招集を頼みますよ」
「ははは、張り切ってるね。分かった、明日の午後に審議だ。準備は任せたぞ」
皇帝はルーカスに頷いた後、エドワードを優しく見つめて微笑んだ。
「すまんな、エドワード、愛しい人を見つけた愚息の願いを聞いてやりたいんだ。一週間後に婚約式を執り行う」
「父上、ありがとうございます」
エヴァの横で、嬉しそうな声でルーカスが皇帝へ一礼した。
「エヴァちゃん、ルーカスをよろしくね」
「こんなデレデレした顔の息子が見れるとは思わなかった。表情筋が死んでいるのかと思っていたからな」
レイモンドと皇帝が笑い合う。
「我が家にエヴァを連れて帰りますよ。色々と用意がありますので。いいですね」
一人渋い顔をしたエドワードがルーカスへ有無をいわせずに言うと、エヴァの方へ柔らかな笑みと一緒に手を伸ばした。
「さ、帰ろう。ナンシーが心配している」
「はい、お祖父様」
「わかった、エヴァ、また連絡する」
エヴァに柔らかく微笑むと、ルーカスが頬に唇を落とした。
エドワードが苦笑しながら見ていることに気がついたエヴァは気恥ずかしくなって、思わず頬を染めてしまう。
「それでは皇帝、我々はここで失礼します。色々と我々にお気遣いをいただきありがとうございました。ルーカス殿下との婚約式の詳細が分かり次第お教えください。それと……明日の審議は我々はいかがしましょうか」
「エヴァ嬢には負担になるのではないか?無理に出なくていいぞ。エドワードは出て欲しいが」
「了解しました」
エドワードが退室の礼をとったので、エヴァも慌ててカーテシーを行い退室する。
最後まで皇帝とレイモンドがニヤニヤとルーカスを見ながら笑っていたのが印象的だった。




