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43 誓い

エドワードの鋭い眼光を受け止めたルーカスは執務机から立ち上がると、エヴァ達の向かいのソファに座り「今取り調べ中だが…」と話を始めた。


「エヴァを襲ったのは、ごろつきの獣人と商人に扮して王都に潜んでいたノウマッド族の人間だ。ごろつきの方は昨日街で侍女らしき女性に声をかけられ、お金を欲しさにやったと吐いた。それを仕組んだのはリュゼ嬢だと、エヴァを案内した騎士が吐いた」

「リュゼ様……」

舞踏会でのルーカスを必死に追っていた姿を思い出す。


「ついに尻尾を出したな」

怒りを滲ませた低い声音のエドワードの言葉にルーカスが頷く。


「明日には片をつける。エヴァは今日、安全のために宮殿に泊まってほしい」

「宮殿にですか?宮殿内で襲われたのに?」

エドワードの言葉に一瞬ルーカスが言葉に詰まる。

「どうせルーカス殿下の妃の座を狙ってるのでしょう。もう二度とエヴァが巻き込まれないよう、しっかり片をつけてもらわないと困ります」

「わかっている。エヴァを守る」

怒られた子供の様にルーカスの肩が落ちている。


「ノウマッド族の方はどうなっているのですか?」

「アロペクス公爵が依頼したと睨んでいるが、まだ尻尾が掴めない。ただ、アロペクス公爵の親戚のウルペス子爵がノウマッドと繋がっていた証拠は掴んだ。エヴァを狙っていたノウマッド族の暗殺者は…見つけた。こちらに協力すると言っているから、話を聞いてアロペクス公爵を引き摺り出す糸口を見つけて、一気に片をつける」


力強いルーカスの視線とエドワードの視線がお互いを探るように交差する。

ふぅーと息を吐いて、先に目を逸らしたのはエドワードだった。


「エヴァ、今夜はどうしたい?ナンシーも心配している。私と一緒に帰るかい?」

慈しむ様な声音で尋ねてきたエドワードに、エヴァは迷いながらも答えた。

「お祖母様にもご心配をおかけしてしまってごめんなさいと伝えていただけますか?私を庇ってくれたフェリスのことが心配なので、宮殿に今夜は泊まってもいいでしょうか?」

「フェリスのため?」

ふふ、とルーカスをチラリと横目で見たエドワードが頷いた。

「わかった。部屋から出るときは必ず護衛をつけてもらいなさい」


ルーカスに、エヴァを頼みますと声をかけたエドワードは名残惜しそうにエヴァを抱きしめた後、執務室を出て行った。

入れ替わりの様に、グレタが執務室に入ってくる。

「エヴァ様!」

「グレタ!」


グレタも泣きそうな顔でエヴァのそばへやってきた。

「グレタ、体調はどう?」

「ええ、もうすっかり大丈夫です。これ以上じっとしていると鈍ってしまいます。ルーカス様、公爵様より話は伺いました。王宮でのエヴァ様のお世話をさせていただくくことをご了承いただけますか?」

「ああ……よろしく頼む」

「ルーカス様、早速ではありますが、フェリスのお見舞いにグレタと一緒に行ってきてもいいですか?……あと、アイハムには会えますか?」

一瞬ルーカスの顔の表情がすとんと抜け落ちた様に見えた。


「そういえば……どうして自分を狙った暗殺者と友達になったんだ?」

「……実は、ロダン公爵領の孤児院へ慰問に行った際に怪我をしていたアイハムの手当てをしたことがきっかけで……仲良くなりました」

「……仲良く?」

「相手が暗殺者だと気が付かなかったのか?」

「只者ではなさそうだと思いましたが……気がついたのは、王都で人身売買組織に襲われた時に助けてくれた時です」


グレタも蒼白な顔をして聞いている。

「ロダン公爵家にいた時からですか?……ルーカス様申し訳ございません」

「グレタは悪くないのよ。だって……慰問の時はフェリスと行っていたもの。ぶっきらぼうだけど悪い子ではないのよ。三人で友達になったの」

エヴァを呆れたように見つめた二人に、アイハムのことを一生懸命説明するもどんどん空気が重くなっていく。

「わかった…とりあえず宮殿内でも気をつけて。もう二人信頼できる部下で護衛をつける」

ルーカスが頭を抱えながら、廊下で待機していた騎士に指示を出した。



ルーカスの執務室を出た二人は、護衛の騎士達と一緒にフェリスが滞在している医務室へお見舞いに向かった。


「フェリス!大丈夫?体の痺れは?」

「大丈夫ですよ。エヴァ様は?」

ベットに横たわっているフェリスを見て駆け寄って尋ねたエヴァに、フェリスは弱々しき微笑んだ。

「私はフェリスのおかげで大丈夫よ。怖がらせてしまってごめんね」

「エヴァ様は何も悪くないですよ……アイハムが助けてくれましたよね?あの子は大丈夫ですか?」

「うん、怪我はなさそうだった。ルーカス様達が話を聞きたいって別の部屋に連れて行ってしまったからまだちゃんと話せていないの」

顔を青ざめさせたフェリスにあわてて説明する。

「手荒なことはしないって、ただ話を聞くだけってルーカス様仰っていたから大丈夫よ」

「……あの子、横柄な態度をして騎士様達を怒らせてないといいけれど……」

フェリスの呟きに、思わずエヴァは笑ってしまった。

「そうね、それが一番心配よね」



しばらくたわいもないことを三人で話したあと、エヴァ達は医務室をあとにする。

「エヴァ様、フェリスにあの少年の素性を伝えなくていいのですか?」

「今、伝えてしまうとフェリスが驚くだろうし、心配もするだろうから……私もアイハムと話していないしね。色々なことがわかってから伝えるわ」

「そうですか」

落ち込んだ様子のグレタにエヴァは謝った。

「アイハムのこと伝えなくてごめんなさい。只者ではないだろうなと思っていたんだけど、私に危害を加える様子もなかったし、放ってもおけなかったの」

「いえ、いいんです。エヴァ様に何もなくてよかったです」

納得はしてないだろうグレタが微笑んでくれたので、言い訳しか出てこないエヴァは口をつぐんだ。


エヴァに今夜用意された部屋に行くと、ルーカスの部屋の横だった。

「この部屋って……」

「はい、ルーカス様の妃様用に用意されたお部屋ですよ」

待機してくれていた宮殿の侍女達が説明をしてくれる。

「部屋の中の扉はルーカス様の寝室につながっています」

こちら側からかけられる鍵のついたドアノブを見て、エヴァはようやくその意味がわかった。

耳まで真っ赤にしたエヴァを、温かい目で見ていた侍女達が

「お風呂の用意ができております。今夜はお疲れでしょう。お手伝いしますので、どうぞ」

とエヴァ身の回りの世話を推し進めていく。

一人でできると伝えてもにこやかな笑みで流されてしまう。助けを求める視線をグレタへ送ったけれど、

グレタは「エヴァ様をよろしくお願いします」と侍女達に伝えて部屋の隅に立ち、護衛役に徹していた。


抵抗を諦めたエヴァは、「美しいので磨き上げがいがあります」と嬉々とした笑顔で宮殿の侍女達から身体中のマッサージをうけ、肌と髪の毛の手入れをしてもらった。

男達との鍔迫り合いで力を使い果たしたのだろう。痛かった腕も侍女のマッサージがあまりにも気持ちよくてすっきり軽くなったようだった。

「エヴァ様、寝ていただいて大丈夫ですよ」

気持ちよさのあまり、うとうとと半分夢心地になっていたエヴァに優しく声をかけてくれた。エヴァが覚醒した時には身体中が磨き上げられていた。


「ありがとう。お肌も髪の毛の艶も自分じゃないみたい」

鏡台の前で乾かしてもらっている自分を鏡で見て、エヴァは侍女達に声をかけた。

「私達は美容が得意なのです。エヴァ様に喜んでいただけて嬉しいですわ」

「エヴァ様、夕食はいかがされますか?」

「あまり食欲がないの」

「軽く召し上がれる食事をお持ちしましょうか」

「ありがとう、お願いするわ」


持ってきてくれた食事を頂きながら、グレタから明日アイハムと会えるだろうと教えてもらった。

そして、元気そうだとも。

その知らせに少しだけ安心した。




就寝の用意をしてくれた侍女達が下がり、グレタは廊下で警護をするため部屋を出ていった。

体は疲れているのに心が昂っているのか、なかなか寝付けなかったエヴァはショールを肩にかけてぼんやりと窓の外に広がる星空を眺めていた。


リュゼ公爵令嬢のことが頭から離れない。

誰かを使ってエヴァを排除しようとしてでも、ルーカスの妃になりたかったリュゼ令嬢のことを考えると、ずっと父のことを好きで忘れられなかった叔母を思い出す。

叔母は、父が母を選んだことを納得できずに父を諦めきれなかった思いが捻れてしまった結果、父母を馬車の事故で死に追いやった。

──誰かに殺意を持たれるのがこんなに怖いことだなんて知らなかった。



ルーカスの部屋と繋がっているドアから控え目なノックの音が聞こえてきた。

エヴァが扉を開けると、執務中だったのだろうか、昼間と同じ服を着たままのルーカスが立っていた。

「ルーカス様、どうされました?」

「起こしてしまったか?」

「まだ起きてましたよ。部屋の中へ入りますか?」

「いや、こんな時間だし……やめておくよ」

優しく微笑んだルーカスは、エヴァの顔を覗き込むと「泣いてたのか?目の周りが赤くなっている」とそっと頬に手を当てた。

「大丈夫か?今日は守りきれずごめんな」

「違うんです。……叔母のことを思い出していました。父のことを諦められなかった叔母は、結局父母を事故に合わせてしまったのです。私は……」


エヴァはその後の言葉が続けられなくなった。

──私は父母と同じような道を歩むのだろうか。

──私はリュゼ嬢に殺したいと思う程恨まれなくてはいけないのだろうか。

──誰かの心を壊してまでルーカスと一緒にいたいと思ってもいいのだろうか。

ぐちゃぐちゃになった気持ちをうまく言葉に表せられない。


ルーカスの腕が伸び、言葉に詰まったエヴァをぎゅっと強く抱きしめた。

「俺から離れていかないで。エヴァを守るから」

切羽詰まったような、泣きそうな声が頭の上から聞こえてくる。顔を押し付けられた胸からはルーカスの心臓の速い音が聞こえてくる。

「ル、ルーカス様?」

「エヴァを不安にさせてしまってすまない。ちゃんと片をつける。だから……俺から離れていかないで」

「……ルーカス様」

「エヴァを愛しているんだ。もう手放すことなんてできないほどに。俺の妃はエヴァ以外考えられない。これから一生エヴァだけを愛すると誓うよ」


ルーカスの悲壮な声に胸がいっぱいになったエヴァは、ルーカスもまた不安なのだとわかった。そして自分がルーカスに想いをまだきちんと告げていないことに気がついた。


ルーカスの背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめながらエヴァも自分の想いを伝える。

「私もルーカス様から離れるつもりはないですよ。ルーカス様を愛しています」


驚いたようにルーカスが体を離すと、エヴァの顔を覗き込んだ。

「もう一度言って」

赤く輝く瞳がエヴァの瞳を捕らえて離さない。

「夢じゃないって確認したいからもう一度言ってほしい」

不安と期待の色を赤い瞳の中に見つけたエヴァが、ルーカスを見つめたまま想いをもう一度告げる。

「ルーカス様を心から愛しています」


「俺もエヴァを愛してる。エヴァ・スタール嬢」

名を呼びながら、エヴァの手をとったルーカスが目の前で片膝をつき見上げる。

「どうか、私ルーカス・ダキアと結婚してくれないか」

柔らかな微笑みと甘い声に、エヴァの心に巣食っていた不安が溶けて消えていったようだった。

「はい、どうぞよろしくお願いします」


ルーカスの喜びに満ちた顔が近づいてきたかと思うと、エヴァの唇にそっと柔らかいものが触れた。

もう一度ぎゅっと抱きしめられたエヴァもまたルーカスの背に回した腕をぎゅっと抱きしめた。

「早急にこの件は片をつける。そうしたら、すぐにでも婚約しよう。婚約したら、最短で結婚式を挙げよう」

ルーカスの嬉しそうな甘い声音が頭の上から聞こえる。

「はい」

誰かにこんなに想ってもらえる日が来るなんて想像だにしていなかった。

エヴァもこんなに誰かを想えることがあるなんて知らなかった。


「私、幸せです。ルーカス様のおかげです。ルーカス様に会えてよかったです」

「俺の方こそ……エヴァに会うまで誰かと添い遂げたいなんて考えたこともなかった」

名残惜しそうにエヴァの髪を撫で、唇を落としながらルーカスが体を離した。

「もう一度執務に戻るよ。エヴァの顔を見にきただけだから」


改めてルーカスの顔を見たエヴァは、ルーカスの目の下のくまが酷いことが気になった。

「ルーカス様、お疲れですよね。疲れたお顔をしていらっしゃいます」

「エヴァとこうやって過ごせたから大丈夫だ」


少し躊躇った後、エヴァは思い切ってルーカスへ提案をした。

「私の血を飲みませんか?」

「……血を飲ませる意味を分かって言ってる?」

「元気になるのでしょう?血を分けるのは恋人や配偶者だとおっしゃってましたよね。私はそれに当てはまりませんか?」

「……当てはまるが、しかし……」


躊躇っているルーカスを横目にエヴァは、ショールを止めていたブローチを外すと針で左手の薬指の先を息を詰めて刺した。その薬指をルーカスの目の前へと差し出す。鮮やかな赤い血がぷっくりと溢れ、白い指の背を伝い落ちていくのを見たルーカスは、食らいつくようにエヴァの指から血を啜っていた。

ぞくぞくとする感覚がエヴァの背筋を走り抜けていく


「これは反則だ……」

苦しそうに呟いてエヴァの指から口を離したルーカスに「怒っていますか?」と思わず尋ねた。


「いろんなことを怒っている。何度も襲撃に合わせてしまったことも、暗殺者と友達になっていることも……」

大きなため息をついた後に言葉を続ける。

「俺に血を飲ませる意味がわかってない無垢さにも」


それでも、血を飲んだからか血色がだいぶ良くなったルーカスはそっとエヴァの額に唇を押し当てると、

「これ以上エヴァのそばにいると自制が効かなくなって後悔しそうだ。さ、明日も忙しくなる。エヴァは寝なさい」


優しい声音で微笑みながら、おやすみと言って扉をしめた。



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