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42 友情

舞踏会から一夜明けた翌日の午後遅く、エヴァはルーカスに会いに宮殿へとやってきた。


「今日は宮殿に行くのよね。うんとおめかししていきましょうね」

祖母の一言に張り切った侍女達に磨かれたエヴァは、祖母達の温かな見送りを受けて馬車に乗り込んだのだった。

傷を負ったグレタはまだ本調子ではないこともあって、今日はフェリスがお供に付いてきた。馬車を降りると、騎士服の男性がエヴァ達を出迎えてくれる。


「ルーカス殿下はただいま執務が立て込んでいらっしゃいまして、エヴァ様に庭園で少し待っていてほしいとの言付けを預かっております。よろしければ、私が庭園までご案内させて頂きますが、いかが致しましょうか」


昨日戻ってきたばかりのルーカスは昨夜も執務が残っていると言っていた。きっとまだ今日も忙しいのだろう。


「是非お願いします」


ダキア皇国の宮殿の庭には興味があったエヴァは、騎士からの申し出をありがたく受け取る。フェリスもエヴァの高揚感が伝わったのだろう。二人で顔を見合わせて微笑み合うと騎士についていった。


騎士が連れてきたのは、宮殿のだいぶ奥まったところにある庭園だった。

「ここですか?随分遠いところにある庭なんですね」

宮殿の裏手にあたるのか、宮殿の内と外との境界線になる塀も見える場所だった。

フェリスの問いに笑顔で騎士が答えた。

「はい、実はあの塀沿いにウィステリアの花が咲いているのですよ。ちょうど見頃ですから是非にと思いまして」

「まぁ、お気遣いありがとうございます。是非見たいわ」

エヴァの言葉に頷いた騎士がさらに奥へと足をすすめると、宮殿のレンガの塀がよく見えるところに出た。ぐるりと宮殿を取り囲むように作られているレンガの塀にウィステリアがびっしりと蔦を絡ませている。

騎士が言うように、満開の白い花が見事だった。


「まるでウィステリアの花の塀みたいね。」

しばらくレンガの塀沿いに歩き、ウィステリアの花を堪能する。

風が吹くと蔓から垂れ下がった花が揺れ、なんとも言えない甘い優しい匂いを風に乗せてエヴァ達のところまで届けてくれた。


フェリスもエヴァと並んで歩きながら、景色を堪能していたが、突然立ち止まると猫耳をピクピクと動かし出した。


「フェリスどうしたの?」

同じように立ち止まって、フェリスを振り返ったエヴァは、母の形見のネックレスの石が触れたところがチリチリとし出したのを感じた。

(これは!!)

ティフリス王国で同じ様に感じた時、叔母に襲われたのだ。

「エヴァ様、何人かと足音が近づいています。ルーカス殿下のではないです」

周りを見渡すと、エヴァ達を連れてきた騎士の姿がいつの間にか消えている。


「エヴァ様、私の後ろにいてください」

フェリスが塀を背にしたエヴァを庇うように立ち、あたりを警戒している。

石に触れる肌が痛いほどチリチリしている。すぐそこまで危険が迫っていることはわかった。

「フェリス、無茶しては駄目よ」


エヴァがいくつかの視線を感じた途端、フェリスが「うっ」とよろける。慌てて後ろから抱き止めると、フェリスの両足の太ももあたりに細い針が刺さっているのが見えた。

「フェリス!!」

「痺れ薬が塗られている様です。痺れているだけだから大丈夫です。エヴァ様、逃げてください!」

フェリスが悲鳴を上げる様にエヴァへ逃げてと何度も伝えてくる。痺れ薬が回ってきたのか、フェリスが膝から崩れるように地に跪いた。


茂みや木の影から小麦色の肌を持った数人の男達が出てきた。よく見ると、獣人も何人かいるようだ。それぞれの手には三日月のような形の剣が握られている。


「ごめん、フェリス。あなたを置いて行くことはできないの」

フェリスを背に庇う様にエヴァが数歩前に出て男達の前に立った。

震えそうになる体に歯痒く感じながら、声を張り上げる。

「ここは宮殿内ですよ。あなた達は何をしているかわかっているのですか?」

男達はニヤニヤと笑ったまま何も答えずに一歩一歩、エヴァ達との間を詰めてくる。


「エヴァ様、お願いします。逃げてください」

後ろから聞こえるフェリスの声が掠れている。全身に回ってきたのかもしれない。


「なあに、命は取らない。お嬢ちゃんの顔を傷つけるだけだ。こんな綺麗な顔なのに勿体無いなぁ。恨むなら俺たちに頼んできた奴を恨めよ」

男達がエヴァを中心とした半円を縮めるかの様にジリジリと迫ってきた。


エヴァは周りを見渡すが枝一つ落ちていない。

さすが宮殿の庭だなと変なところに感心するほど、冷静なのか諦めなのか。

──フェリスを残して逃げることはできない。

男達の狙いはエヴァだ。

──ここまできたらなるようになれ、だわ。

辺境伯家の広い敷地で幼馴染と走り回った昔を思い出す。鬼ごっこは得意だった。

『とにかく初手は避けること』護身術を教えてくれた父の言葉を思い出す。


男達を睨みながら、覚悟を決めたエヴァもまた間合いを図りながらそっとネックレスの石を触る。

触れたところが痛いほどチリチリと警告している石をぎゅっと握りしめた。


緊迫する状況に耐えきれなくなった獣人の一人が飛び出してきた。刀を振りかぶりながらエヴァへ向かってくる。

エヴァは相手との間を見極めて走り出すタイミングを見計らっていると、飛び出した男の剣が手から滑り落ちた。何が起こったかわかっていない様子で呆然と立ち止まった男が崩れ落ちると、背中にナイフが刺さっているのがエヴァにも見えた。


男が崩れ落ちた瞬間がまるで合図かのように、後ろから見ていた男達が一斉に声をあげて襲いかかってきた。

──アイハム?

見覚えのあるナイフから、思い出されるのはただ一人。


いつの間にかエヴァの前に立ち塞がるようにしてアイハムが立っていた。


多勢に無勢だった。アイハムは相手の人数が多くて投げる刃物がなくなったのか、さっき倒した男の剣を拾って応戦しだす。エヴァも慌てて落ちている剣を拾うとアイハムの横に立って構えた。


「どうして来てくれたの?」

男達から目を逸らさずに、横に立つアイハムに尋ねる。

「……どうしてお前は戦おうとしているんだ?」

答えはなく、呆気に取られたような声で反対に質問が返ってきた。

「多分アイハムと同じ理由。友達だからよ」

「……お前に守ってもらうほど俺弱くないんだけど」

「初めて使う剣だからどこまでやれるかわからないけど、味方がいないよりはましでしょう」

微笑みながらアイハムを横目で見る。

「……フェリスのところで待ってろ。自分の身を守れ。俺の邪魔はするなよ」

アイハムもまた口元を上げてニヤリと笑った。

「わかってるわ」



飛び出していったアイハムは小麦色の肌をもつ男達と何かを話しながら剣を打ち合っている。

体の小ささを生かしたアイハムが相手の懐に入って切り付けているのをエヴァはじっと見ていた。


エヴァが動けないフェリスを背で守りながら剣を構えていると、一人の獣人の男が振りかぶって走ってきた。

なんとか剣で受け止めるが、鍔迫り合いのようにその場で押し合う形になった。力で負けそうだ。エヴァの腕も震えていてそろそろ限界が近そうだ。

横目でアイハムを見ると、アイハムも数人を相手に必死に戦っているのが見える。


ここで負けるわけには行かない。

エヴァは歯を食いしばって、必死に相手の剣を振り払う。


男がもう一度剣を振りかぶり、エヴァの頭上に落とそうとした時、男の胸に矢が深々と刺さったのが見えた。男は目を見開いたまま膝から崩れ落ちる。



「エヴァ!」

途端に、よく知った安心する香りがエヴァを包み込んだ。

安堵したせいか、限界だった腕から剣が滑り落ちる。


「ルーカス様!あの子を助けてあげてください」

「……大丈夫だ。部下達が行った」

ルーカスに抱きしめられたまま、隙間から覗いてみると騎士達もアイハムに加勢してあっという間に男達を制圧した。


エヴァを抱き込んだままのルーカスが指示を出し、騎士に抱えられたフェリスが医務室へ連れていかれた。


アイハムを騎士の一人が拘束しているのを見たエヴァはルーカスの腕の中から飛び出していた。

「アイハム!」

そばへ駆け寄ったエヴァが「怪我はない?」と聞くと、アイハムが頷いた。

返り血が服に飛んでいたが、本人の血ではなかったことにほっとする。

「ルーカス様!彼は私を助けてくれたのです。拘束しないであげてください」

すがるようにルーカスに懇願するエヴァに「あいつはエヴァを狙っただろう」とルーカスが答えた。

「でも、あの時私は傷つけられていません。この前も助けてもらっています。それに……友達なんです」


エヴァの言葉に一瞬体を固くさせたルーカスは、アイハムを睨みつけるような鋭い視線を送ったまま、部下達に少年を生かしておくようにと指示を出した。


「エヴァの皇子様が睨んでいるぞ。俺のそばに来ていいのか」

こんな状況なのに、力が抜けるようなことを話しかけてくる。

「私たち友達でしょ」

「その言葉を俺が言ったら、皇子に殺されそうだけどな」

口元を上げて不敵な笑みを作ったアイハムにルーカスが冷ややかな声で話しかけた。


「ノウマッド族のアーテルだな。話がある」

「ああ、そんな名前で呼ばれることもある。どっちにしろ、出てきたんだ。逃げ隠れせず話をしてやるよ」

ルーカスの眼光に負けずにアイハムが言い返した。


「話ができるところへ部下達が連れていく。……手荒な真似はしない」

最後の言葉はエヴァへ向けて言ったようだ。

「後でね」

部下のリコスとキオンに連れられていくアイハムの後ろ姿に声をかけたエヴァを、ルーカスが顰めっ面をしながらエヴァを横抱きに持ち上げた。


「ル、ルーカス様? 私歩けますよ」

「いや、さっきも逃げられた。腕の中に閉じ込めておかないと不安だ。それに……」

「それに?」

口をつぐんでしまったルーカスを見上げる。


ルーカスの瞳が不安げにきょろきょろとした後、諦めたように呟いた。

「あいつの元に走ったエヴァを見て……嫉妬したんだ」

エヴァは思わず瞳を見開いてルーカスを見つめる。

「アイハムはただの友達ですよ。でもごめんなさい。嫌な気持ちにさせて」

「いや、自分がこんなに狭量だとは思わなかった」

ルーカスの素直な心の言葉を聞いたエヴァは、大人しく抱えられたまま宮殿へと入った。


応接室にでも案内されるかと思いきや、横抱きにされたままルーカスの執務室に連れてこられたエヴァは、応接用のソファに座り、事後処理をしているルーカスをただ眺めていた。


「ここにいるのはお邪魔ではないですか?」と伝えても、姿が見えないと不安だからいてくれと言われてしまう。


諦めたエヴァは、お茶を頂きながらぼんやりとしていた。


騎士達から次々に執務室にいるルーカスに報告が入る。

心配していたフェリスの容体は心配なく、念のために医務室で一泊させることを聞いたエヴァは身体中から力が抜けるほど安堵した。


連絡が入ったのだろう、執務室へ飛び込むように入ってきた祖父のエドワードはソファに座っているエヴァを見た瞬間、泣きそうな顔でぎゅっと抱きしめてきた。

「お祖父様ご心配をおかけしてごめんなさい。私は大丈夫です。フェリスが私を庇って怪我をしたの」

「お前は何も悪くない。悪いのは、エヴァを害そうとした奴だ」


エドワードは鋭い視線で執務室のルーカスを振り返った。

「首謀者は?目処はもうついているのでしょう」


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