39 舞踏会
◆▲◆▲◆▲◆▲◆▲
ドワーフのメデルド伯爵領に身分を隠してやってきたルーカスは、部下達と街を散策して様子を探る。
目立ってしまう金色の髪をマントで隠し辺りを窺ってみると、話に聞いていた通り、隣国のエリモス連邦のペトラ族の若者の姿がちらほら見える。
特に何をするわけでもなく、ただ彷徨っているかのようで、確かに領民が怪しいと不安に思う気持ちがわかる。部下に目で合図を送り、見かけた若者達をそれぞれ追うよう指示を出した。
その数時間後、ルーカスの元に部下達が持ち寄った情報を集めるといくつかわかったことがあった。
部族の若者達は街を彷徨いた後、皆同じ一軒の小屋へ入っていった。その小屋の所有者を調べると、アロペクス公爵の遠縁に当たるウルペス子爵が少し前から借りている小屋だった。
「ウルペス子爵はどこにいる?」
「その小屋には住んでいませんが、この街に商人として滞在しています。メデルド領の鉱山に興味があると言って話を聞き込んでいるようです」
「……鉱山か。何か具体的な商売の話は出ているのか?」
「鉱石の価格について熱心に聞き込んでいたと証言が取れています」
「一度向こうの部族の長老にあって話を聞いた方が早そうだ。ザヒール、早速調整を頼む」
エルモス連邦出身の両親を持ち、連邦の研究をしているザヒールは、頷くとすぐに調整のため部屋を出ていった。
メデルド領出身のドワーフのブルーノを呼んだルーカスは、メデルド領主への面会を頼んだ。
「周りに気取られないよう隠密な面会を希望していると伝えてほしい」
竜人の騎士のキオンがブルーノが退室すると尋ねてきた。
「これは一体どう言うことなのでしょうか」
「あくまでもまだ予想だが、もしかしたらアロペクス家はエルモス連邦側の鉱山を狙っているのかもしれない」
「確か、アロペクス領地は酪農、畜産が盛んな地で地下資源は持っていませんね。だとしても、部族の若者をけしかける理由はなんでしょう?」
「それがいまいちわからないのだ。余計に注目を浴びてしまうことになると思うのだが……その辺りを向こうの長老に確認したいと思う」
ルーカスは、はまりそうではまらないパズルのピースを持て余しているようなすっきりしない気分だった。
「ルーカス殿下、初にお目にかかります。メデルド領主のボビーでございます」
ブルーノから連絡を受けた、まだ若いメデルド領主のボビーは慌ててルーカスが滞在している宿へやってきた。
「わざわざすまない。実は最近街で見かける部族について確認したいのだが……」
ルーカスの言葉を顔を青くしたり赤くしたりしながら聞いていたボビーは、話を聴き終えると肩を落とした。
「こちらが気付かなければならなかったのに、ルーカス殿下にご足労頂くことになってしまい申し訳ございません。ウルペス子爵とは何度か会って話をしております。私への話が事実とは限りませんが、話した内容を包み隠さずお伝えいたします」
まだ若く、亡くなった父から領主を引き継いだばかりのボビーの実直そうな人柄が伝わってくるようだった。
「ウルペス子爵はこの領内で取れる鉱石に興味があると言い、いくつかの原石を購入されました。その時に鉱石の適正価格の考え方などの質問を受けております。ただ、こちらも商売ですから、具体的なことは申し上げておりません。また、最近、武器職人や宝飾職人へ引き抜きの誘いをかけていると報告を聞いております。職人はギルドが管理しているため、情報を得ることができました。誘い話に頷いた者はまだいないようですが、最近はギルドで定められている金額よりも多めの給料を提示しているようで、心を動かされている者も少なくないと聞いております」
「そうか……エリモス連邦の部族の件は?」
「領民から申し立てがあり、メデルド騎士団の巡回回数や人数を増やして対応しておりますが、特に何か事件を起こすわけでもないため捕らえるわけにもいかず困っておりました」
「これまではどんな関係だったのだ?争ったり揉め事があったことは?」
「ペトラ族は主に家畜を遊牧させて生活している穏やかな部族です。父の代もその前の祖父の代でも、ペトラ族と揉めたり争ったことはありません。そもそも、向こうは定住をしない民。生活圏も違えば糧とするものも違います。なので最近の状況に困惑していると言うのが本心です」
「これからその部族の長老と話す。当事者以外が裏で手を引いている可能性があるので、メデルド伯爵も一緒に出席してくれないか?」
「はい、承知しました」
部下にあれこれ指示を出した後、ようやく一人になったルーカスは、窓辺でワインを飲みながら夜空を見上げた。
(早く片付けて王都に帰りたい)
愛しい人の髪の色と同じ色をもつ月を見上げて、切ないため息をついた。
◆▲◆▲◆▲◆▲◆▲
「エヴァ様、とってもお綺麗ですわ!」
ルーカスから贈られたドレスを着て姿見の前に立ったエヴァに、侍女達が感嘆の声をあげた。
光の具合で金色にも見える柔らかなシフォン生地をふんだんに使ったドレスの膝から裾にかけて、赤い薔薇の刺繍が散りばめられている。
銀色に光り輝く髪は複雑に結い上げられて、すっきりとした白くて細いうなじを綺麗に見せている。意志の強そうな大きな青い瞳は宝石のように輝き、陶器のような美しい肌にほんのりと差した頬紅が可憐さを引き立てている。
エヴァも自分ではないような姿に息を呑んだ。
「すごく綺麗にしてくれてありがとう」
「それでは最後の仕上げをしましょうね」
祖母がルーカスから贈られたガーネットのイヤリングと母のガーネットの石が付いている形見のネックレスをつけてくれた。
「すごく綺麗ね。エヴァちゃんは私たちの誇りよ。ロダン家令嬢として今夜は胸を張っていきましょうね」
祖母の言葉にエヴァの背筋が伸びる。
遠征に出かけたルーカスはまだ王都へ戻ってきていないと内務大臣を務めるエルフィーから聞いている。
(この姿を見てもらいたかったわ)
着飾った姿を見せられないことを残念に思いつつも、ルーカスの名を落とさないようにしっかりしなければと言い聞かせる。祖母の姪のモロー伯爵夫人の情報では、今夜の舞踏会にルーカスの想い人が現れると社交界で既に評判になっているそうだ。集める視線は純粋な興味だけではないだろうことはわかっている。隙を見せないよう気をつけようと改めて決意した。
会場の宮殿には、多くの貴族達が集まっていた。開場は始まっているようだが、公爵家の名前を呼ばれるのは最後になる。
祖父母と呼ばれるのを待っていると、ドワーフのバント家、エルフのフェタ家、竜人のリント家、それぞれの当主夫妻が社交界で噂になっているエヴァに一言挨拶しようと次々にエドワードへ声をかけてきた。
エヴァはエドワードに紹介される度、一人ずつに丁寧に挨拶を返していく。
皆、優しげにダキア皇国の社交界へエヴァを歓待してくれた。
人族より寿命が長いエルフも竜人も母のことをよく知っていた。おかげでエヴァは、母が幼かった日々の思い出話を教えてもらうことができて、思わぬ楽しい時間を過ごすことができた。
エルフのフェタ公爵夫人が、眦に涙を浮かべてエヴァを見つめている。
「どうされました?」
思わず声をかけると、
「エリザベスと私は小さな頃から、とても仲がよかったの。狩猟大会の時、弓が得意な私達二人は若気の至りで森の奥へどんどん入っていったのよ。道を間違えてティフリス王国の方へ向かってしまったの。その時、エリザベスはクラウスに出会ったのよ。エリザベスが彼を追って国を出て行ったことで、ずっとあの日の行動を後悔していたわ。勿論、エリザベスからは幸せに暮らしているって手紙は貰っていたの。でも、閉鎖的な国だと聞いていたから、本当なのか心配していたの。結局二度と会うことができなくなってしまって……。でも、今夜あなたに会えて、あなたのその笑顔をみて、エリザベスが言っていた幸せは本当だったんだってようやく実感できたの。あなたに会えて良かったわ」
エヴァも母の親友の話に目の前がぼやけてきてしまう。
フェタ公爵が「入場する前に目が腫れてしまうよ」と夫人を揶揄うように慰めた。
「よろしければ今度、母の話をもっと教えて頂きたいです」
「ええ、ええ、もちろんよ。ぜひ遊びにきてちょうだい。楽しみにしているわ」
エヴァの言葉にフェタ公爵夫人は嬉しそうに頷いた。
最後に、獣人のアロペクス公爵夫妻とその娘がエドワードの方へ嘲笑を浮かべてやってきた。
エヴァはアロペクス公爵夫人から横目でジロリと睨まれ、一気に気持ちが萎縮する。気力を奮い起こして挨拶をすると、泥棒猫め、と一言吐き捨てるように公爵が呟いた。
祖父が静かに怒り出したのが伝わって来る。
「ルーカス殿下にどんな色目を使ったんだか」
全員がエヴァを受け入れてくれる訳ではない。そして、ルーカスを狙っている人もまだいる事実を思い出した。そして、グレタがアロペクス公爵令嬢には気をつけろと注意してくれたことも。
「お父様言い過ぎですわ」
見せびらかすような開いた胸元のドレスを着て、キュッと引き締まった腰下からふわふわの尻尾が揺れている美しい女性もまた、エヴァを馬鹿にするかのような物言いだった
「私はリュゼ・アロぺクスです。ルーカス様の婚約者候補よ。よろしくね」
リュゼのドレスもまたルーカスの色と一眼でわかるものだった。
一瞬気後れがしたが、エヴァのドレスはルーカス自身が贈ってくれたものだと思い出す。
「エヴァ・スタールと申します。どうぞよろしくお願いします」
にこりとリュゼに微笑んで挨拶を返した。
入場が近づいてきたため、エドワードが横に並んだエヴァへ労りの声をかけた。
「さっきは大丈夫だったかい?あの腹黒い狐親子め。忌々しいな。なるべく私達のそばにいなさい。それなら向こうも手出しができないから。辛くなったらすぐに言うんだよ。皇帝に挨拶したらすぐに帰ってもいいんだからね」
「お祖父様、お気遣いありがとうございます。私は大丈夫ですよ」
アロペクス公爵親子のことを暗に示しているのは分かったエヴァは、不愉快そうに向こうにいるアロペクス公爵を見ている祖父へにっこりと微笑んで心配いらないと伝えた。
「さ、呼ばれたね。私の可愛い人、どうぞ私の手をお取りください」
ロダン公爵家入場の声がホールに響き渡る。
祖父にエスコートされたエヴァが舞踏会のホールに足を踏み入れた瞬間、一斉に参加者の目がエヴァを見つめているのがわかった。予想以上の視線の多さに威圧感を感じて、スムーズに足が動かない。
よろけてしまいそうな緊張に気がついたエドワードが、エヴァの手をそっと撫でる。エドワードと顔を見合わせて微笑み合うことで、ようやく心が落ち着いたエヴァが舞踏会の会場を見渡すとティフリス王国のものより大きく、豪華絢爛と一目で分かった。
(規模が全然違う。これが国力の差なのね)
エヴァをエスコートをしたまま、祖父が皇帝の前へと進んだ。
玉座に座る皇帝は圧倒的な存在感と威圧感を兼ね揃え、金色の髪で赤色の瞳の美しい容貌を持っている。レイモンドとルーカスの父とすぐに分かるほど、息子二人とそっくりだった。
皇帝の横にはレイモンドの姿はあるがルーカスの姿は見当たらない。わかっていたのにエヴァは少し落胆してしまう。
「ティフリス王国より参りましたエヴァ・スタールと申します」
エドワードから皇帝への挨拶の後、美しいカーテシーを披露して、エヴァは皇帝に名を名乗った。
「其方がエヴァ嬢か。良くきてくれた。会いたかったぞ。エドワード、お前は心なしか若返ったようだな」
「ええ、孫娘から生きる希望をもらっています」
「それは何よりだ。遠い田舎にひっこんでいないで、たまにはこっちにも顔を出してくれ。お前がいなくなってからチェスをする相手がいなくてつまらん」
「お呼び頂ければいつでも参りますよ」
「ああ、約束だぞ。エヴァ嬢、今宵は楽しんでいってくれ」
「ありがとう存じます」
エヴァは皇帝はもっと恐ろしい存在かと思っていたのに、存外気さくで優しい方なのかしらと驚いた。しかし、やはり吸血鬼なだけあって美しさは人外のものだった。
挨拶が済んだエヴァは祖父と人混みから離れ、祖母が待っている壁際に逃げ込んだ。周りからジロジロと値踏みするような視線を感じながら祖父母と話をしていると、茶会であった夫人方が近づいてきて、さりげなくエヴァを他の人からの好奇な目から守ってくれる。
「今日のドレスはルーカス殿下の色ですね。想いが良く伝わってきますわ」
「遠征からまだ戻られていないそうで、お寂しいですわね」
会場がざわついていることに気付いたエヴァが人々の視線の先を見ると、アロペクス家のリュゼ嬢が妖艶な笑みを浮かべながら入場してきた。
モロー伯爵夫人がエヴァの耳にこっそりと耳打ちした。
「リュゼ嬢はルーカス殿下の婚約者候補だったの。でもルーカス殿下は一度も靡いたことはないと誰もが知っているわ。だから、エヴァさんが心配する必要はないのだけど、いまだにしつこくルーカス殿下へ秋波を送っていると聞いているから気をつけるのよ」
「あのドレスもルーカス殿下とエヴァ様を意識しているわね」
「ルーカス殿下はエヴァ様を選ばれたのだから気持ちをしっかりもつのよ」
(そうだったわ。ルーカス様もそう言ってくださったわ)
心配げな視線を寄越す周りにエヴァは余裕があるかのように微笑みを振り撒いた。




