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38 散策

舞踏会に参加するため、エヴァは庭師のユインの息子であり、祖父の跡を継いで内務大臣を務めているエルフィーの邸宅に祖母と一緒にやってきた。


祖父が内務大臣時代に使っていた宮殿に近い邸宅を、今はエルフィーが使っているそうだ。


「ドレスがルーカス殿下より届いていますよ」

侍女によって運び込まれたドレスを一緒に覗き込んだ祖母がまぁと声をあげた。

「殿下ったら ふふふ。エヴァちゃんへの想いが溢れてるわね」


金色のようにも見える黄色のシフォンドレスだった。膝上から裾にかけて、無数の刺繍された赤の薔薇が散りばめられている。

「全てルーカス様の色ですね」

覗き込んだグレタも苦笑いしている。


「装飾品はどうしましょうね」

「お母様の形見のネックレスとルーカス様から頂いたイヤリングがあります」

お祖母様に見せると、瞳を輝かせた。

「まぁ あのネックレスとお揃いにしてくださったのね。お優しいわね。舞踏会にはとっても綺麗に着飾って行きましょう。こんな素敵な人があなたを想ってくれているんだもの。胸を張っていくのよ」

「はい」

祖母の言葉にエヴァの心が温かくなると同時に、今は遠くにいるルーカスの無事を祈った。



せっかく王都に来たのだから、と街の散策を祖母に勧められたエヴァはグレタとフェリスと一緒に街へ出てきた。

「すごい人ね」

故郷の辺境伯領はもちろん、ティフリス王国の王都の街とも比べ物にならない程の活気と人出だった。


「エヴァ様、これが通常の人の多さになるのですがこのまま散策は続けられますか?」

「そうなのね。さすが大国の王都ね。もう少しだけ見てもいいかしら?」

「承知しました。もう少し先に菓子店がありますので、そこまではぐれないように気をつけてくださいね」

「気をつけるわ」

せっかく街に行くのだからと、今お世話になっているエルフィーの家の使用人達へお土産を買って帰ろうと思ったのだ。人気のお菓子屋さんを使用人達から聞き、そこに買いに行くことにした。


「フェリスも大丈夫?」

警戒した様子で耳を立てているフェリスは緊張した面持ちで頷いた。

「私もこんな大きな街は初めてです。でも、しっかりエヴァ様をお守りしますね」

「路地には気をつけてね。ならず者が潜んでるから」

「はい!」

グレタの言葉に、フェリスの背筋が伸びたようだった。

「あ、あそこですね」

フェリスが目的のお菓子屋さんの看板を見つけた。


三人は心なしかホッとしながら、外まで香ってくるバターの甘い香りに釣られるように店内に入った。

「ここのお薦めのお菓子は何ですか?」

「クッキーが有名なんですって。ほら、クッキーがたくさん並んでいるわ。味がそれぞれ違うのね。いろんな種類を買って帰りましょう。皆も食べ比べしたいでしょうし」

フェリスと一緒にお土産のクッキーを選ぶと、持ち帰れるよう包んでもらった。


「エヴァ様、この後どうされますか?」

「そうね……街の真ん中に大きな広場があると聞いたの。折角だからそこを通って馬車まで戻りましょうか」


フェリスが買ったクッキーの箱をもち、グレタの先導にエヴァと一緒についていく。

街ではいろんな種族の人達を見かけた。

「ドワーフは手先が器用なので、鍛冶屋や装飾品の細工の仕事に就いている者が多いです。エルフは医学や薬草知識に長けているので医者だったり、薬屋を営んでいる者を街ではよく見かけます。力が強い竜人や獣人は騎士になる者が多いですよ。もちろん、どの種族でも農業や酪農、畜産に従事している者がいます」

グレタから道中に見かける街の人達について説明を受けながら歩いていると、噴水を中心にして円形状に広がっている広場に到着した。

広場を取り囲むように屋台が出ていて、いい香りがする。

「いい香りね」

ヒクヒクと鼻を動かしているフェリスと微笑み合う。


「今度時間がある時は、ここの屋台で何か買って食べてみましょうか。きっとエヴァ様も気に入ると思いますよ」

「グレタはよくくるの?」

「街内を巡回警備の任務の時は、時間がないのでお昼をここの屋台でよく食べていました」

「そうだったの。それなら今度はお昼をここに食べにきましょう。グレタのお薦めを教えてね」

三人で話しながら街のそぞろ歩きは楽しかった。


夕方に近づくに連れ、人出が多くなったようだった。

「そろそろ戻りましょう」

グレタの言葉を合図に、三人は馬車の方へ向かって歩き出した。


幾つかの狭い路地を横目に歩いていると、一つの路地から突然伸びてきた手が、エヴァの腕をぐっと掴むと引き寄せられ口を何者かの手で塞がれる。

「悪いな、お嬢ちゃん」

耳元で聞こえた濁声に一瞬で背筋が凍る。

エヴァを抱えたまま走り出そうとした男に、エヴァの異変に気付いたグレタが体当たりをして男を転ばせた。転んだ拍子に男の腕の力が緩み、エヴァは放り出され地面に転がり落ちる。地面に落ちたはずみで背中を酷くぶつけたのか、息が一瞬止まったかと思った。

呼吸ができるようになると、ようやく周りの状況が見えてきた。グレタが路地に転がっている黒い頭巾を被った男を拘束し、フェリスが男から守るように倒れ込んだエヴァを背中で隠している。


「エヴァ様、お身体は大丈夫ですか?」

グレタの問いかけに答えようと口を開いた時、グレタの腕にどこからか飛んできた矢が刺さるのが見えた。

思わず声にならない悲鳴をあげてしまう。

エヴァが連れ込まれた路地の奥から、同じように黒い頭巾を被った数人の男達が剣や弓を構えながらやってきた。


「グレタ!大丈夫?」

「はい、心配いりません。エヴァ様は広場の方へ逃げてください!フェリス、エヴァ様を連れて行って!」

フェリスはグレタの声が届いていないかのように、エヴァを背に隠しながらも黒い頭巾を被った男達を睨みつけたまま小さく震えている。

(どうしよう、フェリスには聞こえていない。グレタの腕にも矢が刺さっている。動けるのは私だけだわ。助けを呼びに行っても間に合わない。どうしよう)

自分がどう行動すべきか判断ができず、エヴァも動けず固まってしまう。


男達が足を一歩踏み出そうとした時、上から何かが降ってきた。

見ると、エヴァ達と男達の間の地面にいくつものナイフが刺さっている。

(この柄は!)

ナイフの柄の紋様に見覚えがあったエヴァは、目の前の地面に刺さっているナイフを見て息を呑んだ。

以前ティフリス王国でエヴァと叔母を襲った時に投げられたナイフと同じ紋様だった。

(上からも狙われているの?)

上を見上げようとした時、男達から呻き声が聞こえてきた。エヴァ達を襲おうとした男達が次々に地面に倒れていく。倒れた男達の胸にはナイフが深々と刺さっているのが見えた。


状況が掴めず固まったままのエヴァを、いつの間にか近づいてきたグレタが庇うように覆いかぶさった。


ほぼ同時に、「大丈夫か?」「何があった!」と声をあげながら騎士達が路地へ入ってきた。

エヴァに覆いかぶさったまま、グレタは

「倒れている5名と拘束した1名の他に、上から襲撃してきた者が1名がいる。詳細は不明、至急追ってほしい」

と叫び返した。


グレタの言葉で動き始めた騎士達を呆然と眺めていたエヴァは段々と体の力が抜けていく。

……助かった?


「グレタ!傷は?腕は?」

安堵した瞬間、グレタの腕に矢が刺さったことを思い出し、まだエヴァに覆い被さっているグレタに慌てて問いかけた。

「このくらい、大丈夫です。それよりここからまずは出ましょう。フェリス!」

隙間からフェリスを覗き見ると、しっかりとクッキーの箱を抱えながら、細かく震えて固まっている。


エヴァがそっと腕に触れて声をかけると、ビクッと体を震えさせたフェリスは振り向いた瞬間に涙を溢れさせた。

「フェリス?大丈夫?どこか痛いの?」

「……私を攫った奴らです」

そういうと声をあげて泣き出した。

グレタと顔を見合わせたエヴァは、腕を伸ばしてフェリスを力一杯抱きしめた。


広場に出たエヴァ達は騎士達に守られるように囲まれていた。グレタは応急手当を受けている。

「矢に毒とか仕込まれていなくてよかったです」

けろりとした顔で言うグレタにエヴァは怒っていいのか喜んでいいのか、わからなかった。


路地から男がエヴァの腕を掴んだのを見たグレタは、咄嗟に犬笛で異変を知らせたのだという。

「犬笛は高周波なので人族には聞こえないかもしれませんね」

聞きつけた巡回中の騎士達がすぐにやってきた理由がわかった。


襲ってきた男は仲間が目の前で倒れ、あっという間に騎士団に取り囲まれたからだろうか。あっさりと白状した。

以前バーク伯爵と繋がっていた人身売買組織の残党だった。

「組織が解体されたおかげで、金が稼げなくなったんだ。だからもう一度始めようかと。あの女は顔も綺麗だったから手始めに高く売れると思ったんだ。貴族なんて知らなかったんだ!」


街歩きのため簡素なワンピースを着ていたエヴァを街娘だと思って攫おうとした、と言う説明を騎士団に繰り返していた男は騎士団の詰所に引っ張られるように連れて行かれた。


フェリスは男達の格好が自分を攫った者と似ていた為、パニックを起こしたようだった。

指先が白くなるほどぎゅっとクッキーの箱を掴んだままだ。

「フェリス」

声をかけて、そっと指を一つずつ箱から剥がす。視線がおぼつかない。


騎士団に守られながら乗ってきた馬車まで三人は戻り、エルフィーの邸宅まで戻った。

事件を知った祖母は泣き崩れ、急いで仕事から戻ってきてエルフィーは騎士団と話して、しばらく屋敷周りを警護してもらうように話を詰めていた。

祖母と話をして舞踏会まで大人しくこの邸宅にいること、街には行かないことを話して安心させたエヴァは、グレタの様子を見にいった。


ベットに寝ているグレタはつまらなそうな顔をしている。

傍らにはまだ顔色が戻らないフェリスが座っていた。

「腕の傷は大したことないのに、動けないなんてつまらないです」

「せめて今日だけは安静にしていて。別に軽い傷ではないのだから。……跡が残ってしまうわね」

「そんな顔しないでください。今までに受けた傷があちこちにありますよ。今回の傷跡くらい大したことないですよ。それに……エヴァ様をお守りできて良かったです」

「無事だったのはグレタのおかげよ。ありがとう」

「怖い思いをされましたよね、大丈夫ですか?」

「ええ二人が守ってくれたおかげで心強かったわ。フェリスも怖かったのに、私を守ってくれてありがとう。フェリスは大丈夫?」

こくんと頷いたフェリスを見て、心配になる。

詳しいことは聞いていないが、故郷で人身売買組織に攫われた後、ティフリス王国でバーク伯爵からフェリスを買った商人に手ひどく扱われたらしい。

今回のことで、封印していた嫌な思い出を思い出してしまったのだろう。


エヴァは夕食をグレタが寝ている部屋で三人で取ることにした。気持ちが昂っているのか、三人とも食欲があまりなくてスープとパンの簡単な夕食だ。

食後、エヴァはフェリスが必死に掴んでいたクッキーの箱を持ってきた。

「このクッキー達に罪はないわ。捨ててしまうのも勿体無いから、綺麗なまま形が残っているものは皆に分けましょう。この割れてしまっているものは、私達で食べちゃいましょうよ」


エヴァの提案に思うところがあったのだろう。

グレタも「今日の嫌な思い出を、美味しいクッキーの思い出に塗り替えちゃえばいいですね。フェリス、はい、ぼーっとしていないで、口開けて!」

グレタの言葉に反射的に口を開けたフェリスの口に、欠けたクッキーを放りこんだ。

目を丸くして咀嚼していたフェリスが美味しい……と呟くと、グレタとエヴァは顔を見合わせて笑った。

三人は泣き笑いしながら、欠けたクッキーを美味しいと言い合いながら食べた。


泣きながらグレタのベットに突っ伏して寝てしまったフェリスの肩に毛布をかけると、エヴァは自分の部屋に戻る。

部屋に戻ったエヴァは、守るように投げられたナイフを思い出し考え込んでしまった。

──どうして?

どうして私を殺そうとしなかったのだろう。


気持ちが息苦しくなったエヴァは、バルコニーに出てみた。

初夏の風が心地良い。風に当たっていると近くの木の枝からゴソゴソという音が聞こえた。

騎士団がエルフィーの邸宅を警護してくれていると聞いている。邸宅の外を数名の騎士が夜も取り囲んでいるはずだ。そこを掻い潜って来たのだろう。


「アイハム、出てきていいよ」

そっと声をかけると、驚いたようにアイハムが枝に繁る葉の間から顔を出した。

「なんでわかった?」


小麦色の肌。腕の傷。そして、隙のないアイハムがエヴァの前に現れた時期を考えると一つの答えがまるでパズルのピースのように当てはまる。


「殺気が感じられなかったから。それに、そんな気が付くように音を出すってことは呼んで欲しいのかな?と思って」

思えば初めて孤児院の庭で会った時は、アイハムから殺気が入り混じった視線を感じていた。何度も孤児院で会ううちに視線の中に潜む殺気が消えていくのを感じていた。警戒していたからかと思っていたけれど……。


「助けてくれてありがとう。おかげでフェリスも私も無事よ」

バツが悪そうな顔をしているアイハムに伝えると、ほっとした様子だった。

──心配してくれてきてくれたのね。


「でもどうして助けてくれたの?……私を狙っていたのでしょう?」

それも気づいていたのか、と目を見開いて驚いたように呟いた後、きょろきょろと視線を動かしながら「俺の獲物を横取りされたら困るからだよ」と嘯いた。

「今からどこに行くの?」

「……孤児院に戻る」


さっきまでいた木の枝からアイハムの姿が消え、声だけが聞こえた。


孤児院へ戻るんだ……ふふふ……なんだかおかしくなってエヴァは一人で笑っていた。


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