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36 糸口

ルーカスと会えない日が3週間ほど続いている。その間、毎日エヴァに花を届けてくれている。

エヴァの昔からの癖で、贈られた花がどんな花か図鑑や庭師のユインに聞いてメモをとっていると、グレタがしみじみした調子で呟いた。


「ルーカス様がこんなにも誰かに強い興味を持つなんて知りませんでしたよ」


思わずその言葉に反応して顔を上げたエヴァにグレタが続けた。

「婚約者候補がいても夜会には出ない、女性と話さない、笑顔が無い……騎士団の中では女性に興味がないのではって噂されていたくらいですから」

「そうなの?」

「皇子なので、数名の婚約者候補がいたみたいですよ。ただ、ずっとルーカス様は婚約するつもりがなくて話を全てお断りされていたみたいですよ。夜会があっても、パートナー無しで参加するか警備に回って不参加で逃げるとか。余りに表情が無くて鉄仮面と揶揄されていたほどなんです。なのに、エヴァ様の前では表情豊かで驚きましたよ」

グレタの話に自分が特別な感じがして嬉しくなる。


「そういえば……念のためにお伝えしますが、ルーカス様を狙っている令嬢で一人厄介な方がいます。万が一、宮殿や夜会であった時はお気をつけくださいませ」

「厄介?」

「ええ、宰相の娘です。アロペクス公爵家という五大貴族の一つです。ちなみに狐の獣人です」

「お祖父様からもその名前を聞いたわ。気をつければ良いのね?」

「ずっとルーカス様にすげなくされているにも関わらず、つきまとっている女狐ですよ」

「反対にその一途さがなんだか切なく聞こえてしまうけれど……」

「会ったらわかります。何をしでかすかわからないので、とにかく近寄らないことが一番です!」

グレタの勢いに飲まれて頷きながら、エヴァは心の中にその名前を忘れないよう刻みつけた。




◆▲◆▲◆▲◆▲◆▲


あたりにむっと香水の匂いが立ち込めたのがわかった。


「ルーカス様!」

妖艶な目つきをもつ令嬢が騎士団の演習場へ向かっていたルーカスを呼び止めた。

無言で立ち止まったルーカスに擦り寄るようにして、近づいてきたその令嬢は上目遣いで甘えた仕草しながら話しかけてくる。


「こんにちは、ルーカス様。隣国からお戻りになられたと聞いて、会いに来てしまいましたの。良かったらお茶をご一緒しませんか?南方から取り寄せた珍しいお茶が手に入りましたのでルーカス様と一緒に頂こうと思って持って参りましたの」

「仕事中だ」

表情がない整った顔立ちはこうも冷たく怖ろしく感じるのかと周りが冷や汗をかくほど、冷淡さを隠さないままルーカスは答えた。

「あら残念です。それなら執務室で楽しんで頂けるよう、茶葉を贈りますわ」

「いや、結構だ、気持ちだけ頂く」


ルーカスの冷ややかな物言いに怯むことなく、令嬢は笑顔を貼り付けたままルーカスに絡んでいく。

「ふふふ、ルーカス様も南方で拾い物をされたと伺いましたわ。でも私は諦めませんからね」

「諦めるも何も……はなからこちらは断っているはずだが」

「そんなつれないことをおっしゃらずに。それではまた」

リュぜ嬢は艶やかな毛並みを自慢するかのようにふさふさの尻尾を振りながら去っていった。


「はぁ……言葉が通じないのか?それにこの香水のきつい匂い……獣人なのに鼻が悪いのか?」

「美人だし体つきも女性らしくていいと思うんですが、性格もこの香水の趣味もいただけないですな」

「どこもいいとは思わん。あの親子をどうにかしないと、一向にエヴァを呼べない」

イライラした様子でルーカスはリコスを睨んだ。

「まだ何もノウマッドの暗殺者について掴めていないのか?」

「アロペクス公爵の屋敷を張っていますが、不審な者との接触はなさそうです」

「王都にはいないとなると、ロダン公爵家の周りにいるのか?」

「グレタの話ですと、特に異常はなさそうですが」

「相手は手練れの暗殺者だ。グレタ一人では追いきれまい」

「僭越ながら……エヴァ様を一度王都にお呼びして確かめるという手もあります……」

「囮にして尻尾を掴む方法は……できれば使いたくない」

「は、失礼しました」

「引き続きアロペクス公爵の身辺を洗ってくれ。今日リュゼ嬢が近づいてきたのは、何か動きがあるからかもしれない」


騎士団の演習場に隣接する騎士団長室で書類仕事をするはずだったルーカスは、眉間を押さえた。

リュゼ嬢に絡まれたことで、エヴァに会えない苛つきが増したようだった。


早くエヴァに会いたい。会えなくて、余計に恋しさが増すなんて知らなかった。

リコスのいうように、エヴァがルーカスのそばに来ない限りは相手も襲ってこないのかもしれない。

それならば……と思う気持ちと落ち着いてから呼び寄せたいと思う気持ちが心の中でせめぎ合っている。

気持ちばかりが焦り判断を間違えそうだ、と思い直した。


騎士団長室の窓から見える演習場では騎士団員達が鍛錬しているのが見える。

こういう時は無心になって汗をかいた方がいい。

演習用の剣を掴むと、ルーカスは外へ出ていった。




「どういうことですか?」

「南西の国境付近で、きな臭い動きがある。どうやらエリモス連邦の部族が攻め入ろうとしているのではないかと噂が立っている」

瞬時に頭の中に地図を出したルーカスは、状況を確認すべく皇帝へ問いただした。

「攻め入られている辺りにドワーフが管理する鉱山がありましたね。相手の部族は砂漠の遊牧民。鉱山を狙っているとも考え難いですね」

「ああ、目的がわからないからこそ気味が悪い」

「こちらの被害は?」

「特にないんだ。国境付近に姿を現しては、町の者たちの気持ちを振り回して去っていくそうだ」

「何かの誘導作戦かもしれませんね」

「誘導するにしても、エリモス連邦はそれぞれの独立した部族が暮らしている。今回国境近くをうろついている部族が他の部族と手を組んでいる様子はないそうだ」

「至急、エリモス連邦と部族に詳しい学者を呼んでください」

「ああ、手配しよう」

「それと、その辺りの地理に詳しい出身者にも話を聞きたいですね」

「確かそこは……ドワーフのメデルド伯爵が治めている土地だな」

「騎士団の方でそこ出身のものがいるか調べてみます」

「ああ、頼む。この件を公にするには情報が少なすぎる。適宜私に報告を頼む。場合によってはルーカスに騎士団長として現地に行ってもらうことになるだろう」

「承知しました」

エリモス連邦の部族の一つ、ノウマッド族の暗殺者の件が片付かない内にまた連邦か。

リュゼ令嬢も近づいてきた。偶然としては出来過ぎではないか?



リコスがルーカスへ一人のドワーフを紹介した。

騎士団の武具担当をしているという。ガッチリした体躯で、背はドワーフの平均身長程で人族の少年くらいだ。伸ばした後ろ髪を編み込んでいて、厳しい顔つきをしている。

「ルーカス様、ブルーノでございます」

声は見かけによらず、柔らかだった。

「ああ、わざわざ来てもらいすまなかった。実は其方の故郷について教えてもらいたいのだ」

「メデルド領のことですね。そうですね……鉱山があり、質の良い鉱石が取れます。採れた鉱石を使った鍛治仕事に就いている者が多いですね」

武具の生産が盛んな場所、ルーカスが持っている知識通りだった。


「あそこはエリモス連邦と国境を接しているだろう。今まで、いざこざはなかったのか?」

「私が知る限りではありません。というのも、生活様式が違うからです。メデルド領の国境近くの連邦側に住んでいる部族は遊牧民です。定住する場所にこだわらないですし、双方共に生活の糧とする仕事が違います。国境付近に行ったからと言って、簡単に出会える部族でもありません」

「今、何か故郷の者から聞いていることはないか」

「メデルド領で最近エリモス連邦の部族の姿を見かけるようになったと。本来、国境近くで生活している部族は、この時期はもっと東の方へ移動する時期です。だからこの時期にメデルド領で見かけるのはおかしいと噂しあっているようです」

「メデルド領で今、見かける部族と国境近くに住んでいる部族が違うとも考えられるか?」

「はい、それは考えられますね。と言うのも、あまり出会わないからこそ、顔付きや様相をよく知っている訳ではないのです」

「鉱山以外に部族が領内に入ってくる理由で考えられるものはありそうか?」

「そうですね……メデルド領主が最近代替わりをして、若い息子が領主になったばかりです。一枚岩ではないと思われたのかもしれません」

「有益な情報をありがとう。助かった」


「ルーカス様、万が一メデルド領に行かれることがあれば、ぜひお供させてくださいませ。戦うことは上手ではありませんが、武器の手入れに関しては自信があります。また現地の武器屋に知り合いもいるので、調達もできます。よろしくお願いします」

「ああ、わかった。現地を知った者がいるのは心強い。声をかけよう。ただし、今はこの件は内密に頼む」

ブルーノは頷き、一礼して去っていった。



次にルーカスの元へやってきたのは、エリモス連邦のことを研究している褐色の肌を持つ人族の学者だった。

「ザヒールと申します。父母がエリモス連邦の出身ですが、こちらの国に移住してきたため、私はダキア皇国で生まれました」

「来てもらったのはエリモス連邦の部族について教えてもらいたいからだ。メデルド領の国境近くの街で最近、連邦の部族の姿が見られると聞いている。メデルド領には鉱山があり鍛治仕事が盛んな地域だが、連邦の部族にとって旨味があるとは思えない。何が理由だと思う?」


「その部族は最近内輪揉めしていると噂されているところです」

「内輪揉め?」

「はい。今までの遊牧生活を続けていきたい古い世代と、家畜の世話よりも手取り早くお金を稼ぎたいと考える若い世代が揉めていると聞いています。もしかしたら、その若者側にどこからかお金が流れているのかもしれませんね」

「そうか……わかった。その部族の長老に連絡はとれるか?」

「……そうですね。直接は会ったことはありませんが、他の部族経由で連絡が取れると思います。どう交渉なさるおつもりですか?」

「そうだな……そのあたりの情報も合わせて拾ってきて欲しいんだが、もしその若者たちに長老が困っているのであれば恩を売る形で捕らえた若者達を引き渡す。部族側が切り捨てたいのならこちらでなんとでも処理する。何よりも裏で手を引いている黒幕を知りたい」

「わかりました」


「それと……アーテルと呼ばれているノウマッド族の暗殺者を知っているか?」

「はい、名前は聞いたことがあります」

「アーテルとその部族と繋がっている可能性はあると思うか?」

「単独で行動すると聞いています。自分のことは一切漏らさないとも。そんな用心深いタイプのプロが素人の若者を焚き付けるでしょうか」

ザヒールの言うことには一理ある。

黒幕は同じかもしれないが別々に依頼している可能性もあると言うことか。

「ちなみにアーテルへの依頼の仕方を知っているか?」

「ノウマッド族の私書箱に依頼の手紙を送る方法を聞いたことがあります。ただいつ読むかわからないため、連絡が来るまで待たなくてはならないとも。案件も全て受けるわけではなく、なんとなく気になったものに連絡してくると聞いています」

「そうか。アーテルの件も合わせて調べてもらえるか?」

「はい、承知いたしました」

ザヒールが退室した後、ルーカスは今まで得た情報を頭の中で纏めながら、忙しなく部屋の中を歩き回る。

アロペクス公爵とエリモス連邦の関係性は?

ただエヴァを排除するだけのために、ここまでのことはしないはず。何か理由があるはずだ。


暫く地図を前に考え込んでいたルーカスは、部下で竜人のキオンを呼ぶと指令を出した。


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