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34 公表

夕方、祖父からロダン公爵家の筆頭庭師を紹介してもらった。

ユインは、エドワードと同じくらいの年齢で、優しい瞳をしていた。ロドン公爵家の分家出身でエドワードの従兄弟にあたるそうだ。

王宮でエドワードの後を継いで内務大臣を務めているのがユインの息子のエルフィーだと言う。


「ユイン様、よろしくお願いします。私もお母様みたいにもっと植物に詳しくなって緑の手を持ちたいのです」

「これはまぁ、エリザベス様にそっくりですな。いや、何、お顔もお嬢様とエリザベス様は似ていらっしゃいますが、昔、エリザベス様も私に緑の手を持ちたいとせがんできたことがありました」

ふぉふぉふぉと笑うと、こちらこそよろしくお願いいたしますと優しい声で応えてくれた。


フェリスは公爵家の使用人達から仕事を教えてもらいながら、エヴァの侍女となった。エドワードからの依頼もあって、グレタはフェリスと侍女の仕事は交代勤務にし、ロダン公爵家の騎士団の練習に参加することとなった。


エヴァはティフリス王国にいた時は想像すらしていなかった、穏やかな日々を過ごしていた。家庭教師との勉強が終わると、ナンシーとお茶を飲みながらおしゃべりを楽しむことが日課となった。



ある日、祖母とのお茶会に時間ができた祖父が顔を出した時、エヴァはグレタから聞いた話を尋ねてみた。


「知っているかもしれないが、ダキア皇国の皇帝は吸血鬼でなければならない。人間との間に生まれたルーカス殿下はダンピールと呼ばれ、王位継承権は持たない。しかし、あの容貌と頭脳に加え、騎士団長でもあり、次の皇帝となるレイモンド殿下とは兄弟仲が良い。だから政治的にも婚姻で王家と親族関係を結びたい連中は山ほどいるんだよ。その中でも狐の獣人で宰相のアロペクス公爵がかなり熱心に娘を売り込んでいたのは有名な話だ」

「その方を差し置いて、私と婚約をすることになっても大丈夫なのですか?」

「そこはルーカス殿下に確認したよ。皇帝からは自由に選んでいいと言われているそうだ。それに、エヴァは我がロダン公爵の一員だから、家柄についても何も申し分ない」

「エヴァちゃんのことをルーカス殿下がどれほど想っているのか、あの贈り物を見たら伝わってくるわ」

微笑みながら祖母が言う。


ロダン家には毎日ルーカスから花が届くのだ。エヴァの部屋の中には置ききれず、屋敷内の至る所に飾られている。

グレタは「執着がすごいですね」と半分呆れながらも、上司の恋愛事情を面白がっている。

「今度騎士団の皆で揶揄うネタが作れました。なんたってあの無表情無愛想の鉄仮面騎士団長でしょ。エヴァ様を見つめるルーカス様のお顔を見たら、騎士団の皆は腰抜かすかもしれませんね」


花に添えられているカードには、ルーカスらしい整った綺麗な書体でエヴァへの想いを綴ってくれている。

フェリスが探し出してくれた可愛らしい缶にそのカードを入れ、夜な夜な寂しくなるとこっそりと取り出してカードを読んでいることは恥ずかしくて誰にも言えなかった。




◆▲◆▲◆▲◆▲◆▲


「お、ルーカス戻ったのか」

「先ほど戻りました。兄上、何か変わったことは?」

「ああ、まだ何も動きはないよ。子供達は?」

「家に戻りたい子供達は騎士がそれぞれ送り届けた。王都に来て騎士見習いになった子や宮殿で働くことを選んだ子もいた。一人、エヴァの元で侍女になるためロダン家に残った子供もいたな」

「そうか。お疲れ様。エヴァちゃんとはどうなったの?」

「婚約を申し込んだ。色々片付くまでロダン公爵家で預かってもらうことにした」

「おおー!ついに、そうかそうか。頑張ったな。エヴァちゃんは公爵家でうまくやれそうか?」

「ああ、歓待してもらっているよ。むしろあそこから連れ出す方が難しそうだ」

「ルーカスはついに覚悟を決めたのか〜」

「後で父上に報告に行く。だから今度は兄上の周りが煩くなるな」

「ああ、覚悟しておくよ。それで、ノウマッド族の件は?」


「こちらに近づいてくる気配はなかった。ロダン公爵家に着くまでも、王都に戻ってくるまでも誰かにつけられている様子はない」

「そうか。こちら側も何も動きはない。情報が筒抜けで後をつける必要がないのか、それとも諦めたのか、そもそもエヴァちゃんが目的ではないのか……」

「もう一度精査する必要があるな。ただ、エヴァに向かっていた殺気は標的ではないとは思えないものだった」

「エヴァちゃんを狙った理由がルーカス絡みだとしたら……婚約したことが公になると敵の出方が変わってくるかもな」

「そうだな。どちらにしても公表は早めにする。そうすれば、もう話も来なくなるだろうから手間も省けるし」

「本当にエヴァちゃん以外は興味がないんだなぁ。こっちは決めるのが難しいのに」

「兄上も早く決めろ」

「こればっかりはね」


ヘラヘラと笑いながら、思いついたようにレイモンドが提案した。

「そういえばもうそろそろ閣議が終わるよ。終わる頃帰国報告兼ねて乗り込む?一気に話が片付くよ。なんなら援護射撃もできるけど」

「完全に面白がっているだろう」

「ふふふ、ばれた?」

ケラケラと笑っているレイモンドを連れて、ルーカスは閣議が開かれている会議室へと向かった。


「失礼します。騎士団長ルーカスが入ります」

閣議が終わったと聞いたルーカスが会議室へ入る。

「ティフリス王国に売られていた子供達を保護し、それぞれの希望する場所へ送り届けて参りました」

「ご苦労だった」

上座に座っていた皇帝である父が声をかけてきた。

すでに300年は生きているはずなのに、未だ人を魅了させる美しさを保ち、若々しい風貌だ。美術品のような美しさゆえに見る者に畏怖の念を抱かせるような威圧感があった

「ありがとうございます」

「レイモンドはティフリス王国との貿易についての条約を締結してきたし、今後は外交が忙しくなりそうだな」

皇帝の言葉に外務大臣が頷いた。


「ティフリス王国といえば、ルーカス殿下が向こうで何かを拾ってこられたと噂になっていらっしゃいますよ」

「拾った?」

思わず、ピクリと反応してしまう。

「言葉としては珠玉を見つけてきた、かと思いますよ。アロペクス公爵」

続いて会議室に入ってきたレイモンドがやんわりとアロペクス公爵を制して話を続けた。

「拾うとは言い方が悪いですね。ロダン公爵家のゆかりの方ですよ」

言い淀んだアロペクス公爵をルーカスは無視を決め、鉄仮面に戻ると国王に向き直ると高らかに声を出した。

「皆様の貴重なお時間を頂き恐縮ですが、全員揃っているいい機会なのでご報告させて頂きます。妃に迎える女性を決めました。候補とされたご令嬢には申し訳ありませんが、私の気持ちは固まりました。皇帝には詳細を改めて報告に伺います」


ルーカスは言いたいことだけを述べて一礼をすると、マントを翻して会議室を後にした。



「ルーカス、どういうことだ?あの後、アロペクス公爵が荒れていたぞ」

笑いながら皇帝である父が、自身の執務室に報告しに来たルーカスに話しかけた。

「宰相は自分の娘をルーカスの妻にすることだけ目標としてきましたからね」

ちゃっかり同席したレイモンドが口元をあげ、面白そうに意地の悪い笑みを浮かべる。

「あの娘も狡猾な手口で他の候補者を潰していたが……ついに終わったな。今日の発言でどう出てくるか」


「父上、先ほど申し上げましたが、ティフリス王国で妃に迎える女性を見つけました。ロダン公爵家の正統な後継者でもあります」

「後継者とは?確か、あそこは一人娘がティフリス王国へ嫁ぎ亡くなったはず」

「はい、孫になります。精霊王が彼女を愛し子と認めています」

ルーカスがロダン公爵家当主のエドワードから聞いた話を伝える。


「精霊王の愛子か……確かに身分も含めて妃としては悪くないな。今、その娘はどこにいるのだ?」

「ロダン公爵家に滞在しています」

「なぜまだ宮殿に連れてこない?ロダン公爵にも了承は取ってあるんだろう?そこまでお前が望む娘を見てみたかったぞ」

「はい、それには事情がありまして……」

ルーカスはレイモンドと共にノウマッド族の暗殺者の件を伝えた。


「どうせお前のことだ、ある程度は黒幕の目星がついているのだろう」

「はい……先ほどの閣議の際に既にエヴァのことを知っていたことから、私の妃の座を狙うアロペクス公爵が絡んでいる可能性が更に高まりました」

「そうか……お前の妃の立場に固執していることを考えると確かに怪しいな」

「エヴァちゃんのことをもう知っているのは確かにおかしいね。内通している裏切り者でもいるのかな。向こうで一緒に行動していた者をもう一度洗い直した方がいいんじゃない。エヴァちゃんの前ではこの鉄仮面が外されて、デレデレの優しい顔つきになることも報告があがっているのかな」


レイモンドの言葉に父が素早く反応する。

「何?そんなにルーカスの表情筋が動くのか?」

「父上も見たら腰抜かしますよ」

「そうと聞くと早くその娘には会いたいな。レイモンドから見てその娘は妃にふさわしいか?」

「はい、容貌もさることながら、女性の就学率が低いあの国の中で、学問は母君に教わって修了済みのようです。足りないところはロダン公爵家で間に合わせるでしょう。それと、ロダン家の出身なだけあって見事な薔薇を作っていましたよ。何よりもルーカスがベタ惚れなのが見ていて面白いのでいいと思いますよ」

「ははは、レイモンドにそこまで言わせるなら大したもんだ。まずはその暗殺者の件を片付けなければならないな」

「まだアロペクス公爵の尻尾を掴めていません。首謀者として確定ではないし、何を求めて暗殺者に依頼したのかも不明です。父上もどうかお気を付けて」

「わかった」

自分によく似た美しい二人の息子の成長ぶりを目を細めて見つめながら、皇帝は頷いた。


皇帝の執務室を出たルーカスは、ロダン公爵邸でのことを思い出していた。

レイモンドが揶揄していた通り、エヴァは庭師としてルーカスに付いていくと思っていた。その勘違いに改めて気付かされた時は自分の情けなさに凹んだ。

ロダン公爵家の薔薇園で求婚した時のエヴァの潤んだ瞳、紅潮した頬、全てが可愛らしく愛おしかった。

まさか自分から愛おしいという言葉が出てくるなんて。

今までどんな令嬢にも興味を持てなかった。妃候補となっていた女性達にも期待を持たせるつもりがなかったから、断りの言葉を伝えていた。それでも近づいてくる令嬢達にはすげない態度で接していた。


今まで浮いた噂が一つもなかった騎士団長であり第二皇子の恋愛話は、今日の発言によって一気に社交界に広まるだろう。

問題はアロペクス公爵の娘だ。娘もまた、ルーカスへの強い執着を隠そうとしない。あの手この手を使ってルーカスを狙ってくる。


空を見上げると、エヴァの髪の色のような銀色の月が浮かんでいた。

暗殺者の件を早く解決してエヴァに会いに行きたい。

ますます恋しさが募った。



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