31 祖父母
ロシュに乗ったルーカスとエヴァ、子供達を乗せた荷馬車をダキア皇国の騎士達が取り囲みながら、ロダン公爵家を目指して快調に進む。
エヴァにイヤリングを王宮舞踏会の前に届けてくれた、ダキア皇国騎士団団長補佐のリコスも騎士服に身を包んだグレタも一緒だ。
途中何度か休憩を挟みながら進んだ一行は、夕方前にロダン公爵家に到着した。
屋敷の立派な門には薔薇の紋章が施されている。
「これはロダン家の紋章だ」
エヴァは母の実家が薔薇を育てるのが得意な一族だと言われていたことを思い出した。
門番に歓迎され、敷地内に入っていくと大きな屋敷を取り囲むように見事な庭園が広がっていた。風に乗って薔薇の香りが漂ってくる。
おもわずスンスンと鼻を動かしていると、後ろでルーカスがひっそりと笑う声がした。
「後で庭園を見せてもらうといい。薔薇を育てるのが得意な一族だけあって、ここの薔薇園は見事だと聞いている」
「是非見せてもらいたいです」
少しワクワクしたエヴァだったが、広い庭園を抜けて屋敷が近づいてくると体に緊張が走る。
「少し力を抜け」
体が強張ったのが分かったのだろう。ルーカスが囁いてきた。
「はい。でも……」
自分に会って、祖父母はどう思うのだろう。
──私に会ってがっかりしないかしら
老夫婦の姿が屋敷の玄関前のポーチにあった。
一目で祖父母だと分かった。
母にそっくりの蒼い瞳を持つ老婦人と母と同じ銀色の髪を持つ老紳士が優しくエヴァを見つめている。
ルーカスに手をとってもらい馬から降りたエヴァを、二人が嬉しそうに、そして愛おしそうに見つめる。祖母の瞳には、もう涙が浮かんでいた。
「ルーカス殿下、当家へお越しくださり誠に光栄でございます。私はロダン公爵家当主のエドワード、こちらが妻のナンシーでございます」
「ロダン公爵、ルーカスだ。今回は世話になる。荷馬車に人身売買の被害にあった獣人の子供達が乗っている。その子供達の対応も願いたい。そして、こちらが貴方達の孫である、エヴァだ」
祖父母の姿をじっと見つめていたエヴァがルーカスの言葉で我に返る。
「エヴァ・スタールと申します。お祖父様お祖母様にお会いできて光栄です」
カーテシーを披露すると、祖母の声が近くで聞こえた。
「良く来てくれたわね、会いたかったわ」
顔をあげると、近くまで来ていた祖母がエヴァの手をとってぎゅっと握りしめた。
エヴァのより小さく温かな手が震えていた。
「本当に……良く来てくれたわ。ありがとう」
母とエヴァと同じ蒼い瞳から涙が溢れている。
「長旅でお疲れでしょう。どうぞ中へお入りください。子供達にも騎士の皆様にも部屋を用意してございます。子供達も騎士様もどうぞごゆるりとお過ごしください。必要なものがあれば使用人に遠慮なく申し付けください」
祖父の瞳がエヴァを慈しむように見つめた。
「エヴァも……良く来てくれた。さ、中へお入り」
応接室に案内された二人は勧められたソファへ座る。緊張しているエヴァを和ませるためか、ルーカスが膝に置かれたエヴァの手を優しくトントンと叩いた。
その様子を瞳を細めて見ていた祖父が口を開いた。
「ルーカス殿下、改めて今日は孫を連れてきてくださりありがとうございました。生きているうちに孫に会えるとは思っていなかったので……本当に感謝しております」
言葉に詰まりながら話す祖父の手を、涙が止まらない祖母が優しく握る。
「本当にルーカス殿下には感謝しかありません。そして、エヴァちゃんには謝らなきゃいけないわ。エリザベスが亡くなったと聞いた時、貴方を引き取るつもりだったの。あの時引き取っていれば、少なくともスタール辺境伯家で嫌な思いをすることはなかったのよ。私たちの判断が間違っていたわ。本当にごめんなさい」
横からルーカスがそっとハンカチを手渡してくれて初めて、エヴァも泣いていることに気がついた。
「お祖父様お祖母様、ようやくお会いできて本当に嬉しいです。お祖母様、経緯はティフリス王妃から伺っております。引き取ろうと思ってくれたこと、私を慮ってスタール家においてくれたこと。お気遣いに感謝しています。おかげで、私はお母様が残された薔薇園のお世話をすることができました。お父様と一緒に領地を回ったお母様が、領民へ農作物の育て方の助言をされていたこと、ダキア皇国の国民へ偏見を持たないよう話をされていたこと。それらを最近知りました。私はお母様の行動によって領民から好意的に見てもらっていたのです。亡くなった後も二人に守られていたのです。だから、お二人が罪悪感を持つことは一つもないのですよ」
「まぁ優しい子ね。そう言ってくれてありがとう」
祖母が泣きながらも微笑んでくれた。
「私は母が父にどんなに愛され、父をどんなに愛していたかをお二人にお伝えすることはできます。でも、母がどんな娘だったか、どんな子供時代を過ごしたかを聞くことができませんでした。もし良かったらお母様のことをたくさん教えてくださると嬉しいです」
「ええ、ええ、もちろんよ。たくさんお話ししましょう。エヴァちゃんのことも私達にたくさん教えて欲しいの」
「エヴァ、ここでゆっくりしていってくれ。色々話したいし教えてもらいたい」
「はい、お祖母様、お祖父様。お心遣いありがとうございます」
「夕食は一緒にとりましょう。エヴァちゃんのお部屋を用意したわ。疲れたでしょう。それまでゆっくりしてね」
使用人を呼んだ祖母は一緒にエヴァを部屋まで送っていくと言い張り、苦笑する祖父を置いて席を立った。
「ルーカス様、それでは先に失礼します」
エヴァも祖母に続いて立ち上がる。
「ああ、夕食の時にまた会おう」
ルーカスと祖父の柔らかな顔に見送られて二人は応接室をでた。
「エヴァちゃんに用意したお部屋はエリザベスが使っていたの。そこでよかったかしら?」
不安げに尋ねてきた祖母に、エヴァはいいんですか?と思わず聞き返してしまう。
「私はお母様のお部屋を使わせてもらえて嬉しいです。でも、お二人はよろしいのですか?」
二人にとって愛娘の思い出の部屋ではないのだろうか
「いいのよ。エリザベスもきっと喜ぶわ」
母が使っていた部屋は、さっぱりした装飾で母の性格を表しているかのようだった。小物は全て薔薇の装飾が施されたもので、母の薔薇好きがよくわかる。
好奇心が抑えきれずにキョロキョロと部屋の中を眺めていたエヴァは、祖母がじっとエヴァを見つめている視線に気がついた。
「エリザベスにそっくりね。貴方を見た時、一瞬あの子が戻ってきてくれたのかと思ったわ。でも、こうやって改めてじっくり見ると、やっぱりエリザベスが言っていた通りだったわ」
「どういうことですか?」
「エリザベスの駆け落ち同然の話は聞いた?」
「ええ、大体の話は王妃様より聴きました」
「公爵令嬢なのにお転婆で、狩猟大会に参加して道に迷った挙句、結婚相手を見つけてくるとは思わなかったわ。エリザベスは見た目が可憐なのに、芯が強い頑固者なのよ。どんな説得にも首を縦に振らずに、結局最後は駆け落ち同然でティフリス王国へ行ってしまったの」
祖母は窓の外を見ながらどこか遠くを見るような目で話を続ける。
「結局ティフリス国王が間に入って、こちらも折れて婚姻を認めたの。頻繁ではなかったけれど、手紙のやりとりはしていたわ。エリザベスの手紙に貴方のことがたくさん書いてあったの。いつ歩き始めたか、どんな言葉を話し始めたか、何が最初の言葉だったか、そしてエヴァも植物を育てる力を持っているとも……。貴方の見た目に関しては、エリザベス似だけれど、横顔はクラウスそっくりだと書いてあったの。素直で真っ直ぐな性格もクラウスそっくりで愛おしいと書かれていたの。ふふふ、今ようやくわかったわ。本当に貴方の横顔はクラウス様そっくりね」
初めて聞いた話に喉が張り付いたように言葉が出ない。
代わりに涙がとめどめなく溢れ出る。
「……初めて聴きました。私の横顔が父に似ているって」
それに、植物を育てる力を持っているって母が言ってくれたことも……。
ふふふと悲しそうに微笑んだ祖母は無念の思いを口にした。
「初めからエリザベスの結婚を認めていたら、もっと早くにエヴァちゃんに関われたし、事故だって防げたかも知れないと毎日思うのよ」
エヴァはそっと祖母に近づくと、自分より細くて小さな震える肩を抱きしめた。
「私もお母様が恋しいです……」
父母の死をエヴァと同じくらいの熱量で悼んでいる人と悲しみを分かち合えたことで、生き残ってしまった罪悪感や両親の死を受け入れられなかった気持ちが少しだけ昇華できたようだった。
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愛する妻と孫を柔らかな眼差しで見送ったエドワードは、ルーカスの方へ向き直った時にはもう貫禄のある顔つきに戻っていた。五大貴族のうちの一つ、ロダン公爵家当主として長年培ってきた威厳を醸しだし、
長く内務大臣を務めていただけあって、王族相手にも怯む様子はない。
「ルーカス殿下、エヴァを連れてきてくださったこと、改めて感謝申し上げます。ずっと私たち夫婦は、過去の選択を後悔して生きてきました」
一息ついたエドワードは、ルーカスを鋭い視線で真っ直ぐに見つめる。
「隣国でエヴァの身に何があったのか教えて頂けますか?」
ルーカスがエヴァと出会ってからの出来事を伝え終わると、二人の間に長い沈黙が訪れた。
「ありがとうございます。エリザベスと仲がよかったティフリス王妃からの手紙であらましはわかったつもりではいましたが……辛い想いをあの子はしてきたんですな」
悲痛な声がエドワードから漏れ出る。
「辛い想いをしてきたことは間違いないが、とても芯が強く逆境に負けないしなやかさを持っている令嬢だと思う」
ルーカスの言葉に少し目を見開いたエドワードは何か考えながら尋ねた。
「ルーカス殿下は、エヴァのことをいかがお考えでしょうか」
直球が来たとルーカスはわかった。中途半端には答えられない。
居住まいをただしたルーカスは真っ直ぐにエドワードを見つめた。
「エヴァと婚姻を結びたい」
エドワードの瞳が光る。威圧感のある鋭い目つきでルーカスを見定めようとしているかのようだ。
「ありがたいお申し出ではありますが、エヴァはルーカス殿下のお気持ちを知っているのですか?」
「いや……まだ伝えてはいない」
「いつ伝えるおつもりですか」
二人が一頭の馬でここへやってきた姿を見た時から、エドワードはなんとなく察してはいた。
エヴァを見つめるルーカスの瞳は、鉄仮面と恐れ評されている騎士団長と同一人物とは思えないほど優しく柔らかかった。そしてまた、ルーカスを見つめるエヴァの瞳も熱を帯びているようだった。
「貴殿の了承を得ればすぐにでも」
「私の?」
「エヴァのためだ。エヴァは隣国での経験から自己肯定感が低い。第二皇子の妃になる自分の立場を気にするはずだ。だからエドワード殿に了承をもらって後ろ盾となってもらいたい」
ルーカスの言葉に暫く黙っていたエドワードが頷いた。
「わかりました。まずはエヴァの気持ちが一番です。あの子がルーカス殿下との婚姻を望むのであれば、こちらはどれだけでも協力しましょう。ただ、私達は彼女にロダン公爵家のことを何も伝えきれていない。彼女のことももっと知りたい。しばらくこちらで預からせて頂きたい」
「ノウマッド族の暗殺者の件がある。宮殿内で警護する方が安全ではないか」
「それを考慮したとしても、可愛い孫をきな臭い王都へ連れていくには不安が残ります。こちらにも騎士団もおりますし、十分警戒はできるかと」
「……」
「孫が王家と繋がりを持つことは公爵家としてやぶさかではありませんが、辛い想いをしてきたあの子を安全な状態で送り出したいのです。私も久しく中央から遠ざかっていますが、老いぼれの耳に入ってくる話も色々ありましてね」
「何の話だ?」
「狐の戯言が煩いですね」
「くっ」
ルーカスは不愉快そうに顔を歪めた。
「……わかった。それでは、暫くエヴァをそちらに任せよう。ただ、エヴァの身の安全を守るために、俺の部下を一人置いていっていいか?ティフリス王国でもエヴァの侍女をやっていた騎士だ」
「はい、もちろんです。ご配慮頂きありがとうございます」
頭を下げたエドワードはルーカスへ一つ提案をした。
「今、内務大臣を勤めているのは、我が家の分家にあたる者です。狐宰相の動向をこちらとしても探らせましょう」
「ああ、助かる。俺も別の方向から調べるので、何かわかったら至急知らせてほしい。それと……一つ聞きたいことがある。エヴァの持っているネックレスのことだ。エリザベス殿の形見だと聞いている。そのネックレスの石に不思議な力があるのか?」
「ネックレスですか?」
「ああ、赤い石がついているものだ。何度か不思議な力が働いてエヴァを助けた。兄上はエヴァが力を覚醒したのではないかと。石がエヴァを後継者として認めたのではないかと言っていたが、あっているか?」
「……さすがレイモンド様。そういえば亡き皇妃とナンシーは仲が良かったですな。今から話すことは王家の方だけの胸に留めておいていただけますか?」
厳しい顔付きのまま、エドワードはルーカスが頷いたのを見ると話を始めた。




