28 子供達
翌日、レイモンドや護衛の騎士達と一緒に、荷馬車に乗った獣人の九名の子供達が辺境伯屋敷に到着した。
「レイモンド様、ようこそいらっしゃいました」
レイモンドがニコニコとしながら、出迎えているエヴァ達の方へやってきた。
「やぁエヴァちゃん。ルーカスとの二人の移動はどうだったかな?」
「兄上、お疲れ様でした。こちらが、辺境伯のアーサー殿です」
エヴァが何か答えるより前に、ルーカスがレイモンドを睨みながらアーサーを紹介する。
「ダキア皇国第一皇子とは知らず、前回の滞在時に色々とご無礼があったことをお許しください。本日はようこそスタール辺境伯領までお越しくださいました。スタール家一同で心よりおもてなしさせて頂きます」
レイモンドが鷹揚に頷く。
「こちらこそ、よろしく頼む」
リリーが前へ出てカーテシーを披露して挨拶をする。
「アーサーの妻でリリーと申します。長旅お疲れ様でございました。よろしければエヴァ様と一緒に子供達を部屋へ案内させて頂きます」
「ああ、心の傷が深い子供もいる、世話かけると思うが……よろしく頼む」
「承知いたしました。お世話を精一杯させて頂きます」
リリーと一緒に荷馬車に近づいたエヴァが幌をあげて中を覗き込むと、怯えたような顔をした子供達が一斉にこちらを見た。
子供達の昏い瞳に驚きながらも、不安にさせないようエヴァは優しく微笑んだ。
ダキア皇国の多くの獣人の子供達が誘拐され、この国の貴族や商人に売られたと聞いている。
たった九名しか生き残れなかった。獣人のため身体能力が高く、上手く逃げ出した子も多いとは聞くが、無念を抱えたまま短い生涯を異国の地で終えた子もいたのだろう。どんな最期だったか想像するだけでも辛い。
荷馬車に乗っている獣人の子供達の年齢や性別は様々だった。ただ、獣人の特徴がある子達が被害に遭っていた為、尻尾がある者、獣耳がある者、そして両方を持っている者それぞれだった。
一様に子供達の顔に深い影が落ちている。
素直に家に帰れると喜ぶことができない理由もあるのかもしれない。せめて辺境伯領地にいる間に嫌な思いをしないように、と願うばかりだった。
獣人の子供達を男女それぞれの部屋へと案内する。
エヴァは女の子達5名を部屋へ案内した。
「ここがあなた達が使う部屋よ。ベットはそれぞれ好きなところを使ってね。お風呂は奥にあるから、好きな時に使ってね」
エヴァの後ろから恐々とした様子で部屋の中を覗いていた5人の女の子達をぐるりと見渡す。10歳から17歳までの女の子たちだと聞いてる。着ている服はありあわせなのだろうか、サイズが合っていないようだった。
「私はエヴァと言うの。よろしくね」
にっこりと笑いかけたが、皆の表情は固い。
「ここはティフリス王国の端、スタール辺境伯領よ。ダキア皇国へ出発するまでゆっくりしてね。屋敷内は自由に過ごして大丈夫よ。庭へ出てもいいわよ。ただ、屋敷の外には大きな森が広がっていて危ないから、門や塀を越えずに敷地内にいてほしいわ」
「……私達、自由に部屋を出ていいのですか?」
驚いたように声を出したのは一番最年長と思われる女の子だった。猫獣人なのだろうか、茶色の猫耳が頭でぴょこぴょこ動いていて可愛らしい。
「ええ、もちろんよ。この屋敷内では自由に過ごしてちょうだい」
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実は昨夜、どこまで子供達の行動を制限するかグレタとリリーと相談をした。
今回子供達を案内したのは、騎士団の当直用の宿舎の一室だ。一人ずつの部屋だと心細いかもしれないから大部屋の方がいいのではないかという意見が出たからだった。
今まで、自由を奪われ鎖に繋がれていた子もいると聞く。自分の持つ動物の特徴によっては自由に動き回れず苦しい思いをしただろう。ここでは思い切り動いてもらいたいと言う話になったのだ。
「リリー様、大変ありがたいお話ですが、見慣れていない屋敷の使用人の方達が獣人を見たら驚いてしまうのではないですか?自由に動くことによって、子供達にさらなる心の傷を与えたくないのですが……」
グレタの心配に対して、リリーの返答は驚くものだった。
「辺境伯領は国境に接しています。領民で山に入ることがある者は、ダキア皇国の国民と山の中で遭遇することが少なくありません。顔見知りができたり、個人的な付き合いが出てくる人もいると聞いています。それもこれも、エリザベス様のおかげなのです。領地を見回られたエリザベス様は農業や林業などの従事者へ的確な助言を下さいました。領民の間では、銀の妖精と言われて慕われていたのです。領地を回った時に、繰り返しダキア皇国の国民の種族についてお話されていたそうです。私たちティフリス王国の国民との違いは見た目だけで中身は一緒なんだって。だから、領民の中ではダキア皇国の国民は畏怖の対象ではもうなくなっているのですよ。庶民の方が考え方が進んでいたようですね」
思いも寄らない母の話にエヴァは驚いた。
「今回ダキア皇国の方が見えるとわかった時に、使用人全員に尋ねています。ダキア皇国の方々が気持ちよく過ごして頂けるように動けない者は数日お休みを取るようにと。確かに全員偏見がない訳ではないです。でも、残って働いている者は少なくともダキア皇国の方へ危害を加えたり嫌な思いをさせるつもりはない者達です」
リリーの采配と領民や使用人の意識に驚くばかりだった。
「リリー様……ありがとう」
「私も含めて、多くの使用人がエヴァ様に申し訳なく思っています。今まで受けていらっしゃった嫌がらせを防ぐことができなくて」
俯いたリリーの手を握る。
「いいのよ。誰かが声をあげていたら、その人が嫌な思いをするところだったわ。そう思ってくれただけで私は十分よ。それに屋敷の人達はいつも私を守ってくれていたの。皆が申し訳なく思うことは一つもないのよ」
エヴァの胸に温かいものが込み上げてくる。母が領地を回って領民と触れ合っていたことが、思いがけないところで実を結んでいる。
「ですから、グレタ様。子供達はここで自由に過ごしてもらって大丈夫です。念の為、使用人達にはその可能性があることを知らせておきますので」
グレタはリリーの言葉に心から嬉しそうに笑った。
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ちょうどアニーが子供達の服を抱えてやってきた。
「ちょうどよかったわ。みんなの服を用意したの。ちょうどいいサイズがわからないから、あててみてくれる?」
小さい子の服など、屋敷内にはなかった。急遽アニーの母でありエヴァの乳母のナタリーが、街の人達に要らない服がないか聞いて集めてきてくれたのだ。
「男の子の服も向こうの部屋へ運んであります」
男の子のことはニックや他の男性使用人が対応してくれている。
目の前に山積みになった服へ、一番年下だと思われる子がおずおずと手を伸ばした。
「好きなのを選んでいいのよ。お古で申し訳ないのだけれど、全てあなた達のものよ」
エヴァが優しく声をかけると、その子は大きな瞳をキラキラさせてエヴァを見上げた。
「ピ、ピンクの服を着たことがないから一度着てみたかったの」
小さな声で吃りながらも口にした小さな願いに、胸が締め付けられる思いだった。
「ええ、ええ、ピンクの服はたくさんあるわよ。サイズが合うものがあるか探してみましょう」
エヴァは瞳が潤むのを瞬きでごまかしながら、服の山に向った。
その子を筆頭に、次々と他の子からも服の山に手が伸びる。ゆっくりでいいから少しでも彼女達の心を満たしてもらえればと願う。
一人、年長の猫耳をもつ少女は、一向に手を伸ばそうとしない。
「気に入ったものがなかったかしら?」
エヴァはそっと横に行って、小さな声で尋ねてみた。
少女は一度ジロリとエヴァをみた後、ふんと顔を背ける。
何か言いたげな顔をしていたアニーに、微笑んで大丈夫だと言うように頷いた。
「私はエヴァって言うの。あなたのお名前は?」
「……フェリス」
「よろしくねフェリス」
憮然とした態度を隠しはしないが、名前を教えてくれたことにエヴァの胸がじわっと熱くなる。会話ができているから大丈夫。
「フェリスは何色が好きなのかしら」
「……」
「綺麗な発色の色の服が似合いそうね。これみたいに落ち着いた深い紺色もフェリスに似合いそうだわ。サイズは私と同じくらいね」
グレタもフェリスも背が高い、ダキア皇国の女性は背が高めなのだろうか。母はもちろん、エヴァも平均的なティフリス王国の女性の身長より高かった。
「この部屋のクローゼットに残った服をかけておくから、好きなものを着てみてね」
アニーから部屋の使い方を説明と屋敷内での大体の位置を伝え、「夕食まで自由にゆっくりしてね」と声をかけたエヴァ達は部屋から出た。
「なかなか心を開いてもらうのは難しいですね」
「そうね……ずっと辛い思いをしてきたのだもの。初めての場所で初めての人に対して警戒心を解くのは難しいと思うわ。少なくともフェリスは名前は教えてくれたのだから、完全に拒否されているわけではないし、無理をさせるのはやめましょうね」
エヴァは話しながらもバーク伯爵に捕われた時のことを思い出す。
同じような経験をしているとは限らないが、力で叶わない恐怖や悔しい思いをずっと感じてきたのであれば、フェリスの態度を咎めることはできない。
「さ、リリー様のところへ行きましょう。きっと手が足りないほど忙しいはずよ」
食事に子供達を呼びに行くとフェリスはエヴァが薦めた紺色の服に着替えていた。
エヴァはこっそりとアニーと目を見交わして微笑んだ。




