27 墓参り
「ロジャー!ニック!」
アニーと一緒に薔薇園を訪ねたエヴァは、懐かしい二人の姿を認めると嬉しさのあまり駆け出した。
「お嬢様!」
「お嬢!」
エヴァの姿を見て慌てて駆け寄ってきた二人と再会を喜び合う。
「二人とも元気だった?」
「はい、元気でしたよ。お嬢様もお元気そうで安心しました」
「ロジャー、ありがとう。色々あったけれど……元気で過ごしていたわ」
「お嬢が戻ってきてくれて嬉しいよ。無事だったんだな」
「ニックも薔薇園のお世話をしてくれてありがとう」
「後でクラウス様達のお墓に行くだろう?花を用意してくるよ」
そういうとニックはそそくさと立ち去った。
ロジャーが笑いながら言う。
「あれは照れ隠しです。私達も前領主の起こした事件のことは聞いています。エヴァ様、大変でしたな。無事なお姿を見ることができて本当に嬉しいです」
ロジャーの慈しむような眼差しにエヴァも素直に頷くことができた。
「でも、虚しいわ。お父様とお母様の死は一体なんだったんだろうって」
「死んだ人を戻すことはできませんが、エヴァ様はまだ生きていらっしゃいます。どうか、心強く生きていってください」
「ロジャー、私、ダキア皇国に行くことにしたの」
「よくお心を決められましたな。ここの薔薇園は私とニックが世話をしますので、ご安心してください。ニックは、お嬢様が王都に行ってから、人が変わったように庭師の仕事に精を出し始めました。いつお嬢様がお戻りになってもいいように手入れをしておかなければと思ったようです。ここだけの話ですが、あいつはいい庭師になると思いますよ」
にやりと笑ったロジャーの言葉に少しだけ心が軽くなった。
「ね、ロジャー。ルーカス様からダキア皇国宮殿の薔薇園で私の腕を奮ってみろって言われたの。ロジャーがいないのにちゃんと薔薇を咲かせたり育てることができるかしら?」
「ふふふ、大丈夫です。ここでの経験もありますし、私の知識は全てお嬢様にお渡ししてありますよ」
「ロジャーに大丈夫って言っもらえると、安心するわね」
「安心してくださるなら、どれだけでも言いますよ」
「ありがとう。『よく観察して、花の声を聞く』この言葉は絶対に忘れないわ」
「それでは、ニックが戻るまで、ご一緒に薔薇園を見てまわりましょうか」
「ええ、この薔薇園がすごく恋しかったわ」
ロジャーの腕を組んだエヴァはにっこりと笑った。
「エヴァ」
すっかり耳に馴染んだ、耳障りのいい低い声が聞こえてきた。
「ルーカス様!」
エヴァがロジャーやアニーと一緒に薔薇園を見て回っているところに、ルーカスがやってきた。
着替えたのだろう、黒いシャツ、黒いスラックスのさっぱりとした格好で現れたルーカスは端正さに磨きがかかったように見え、どくんとエヴァの胸が高鳴った。
「エヴァの両親に挨拶がしたい。案内してくれるか?」
「ルーカス様も一緒に行ってくださるんですか?嬉しいです。ありがとうございます」
ちょうどニックがお墓に供える花束を作って持ってきてくれた。
「アニー、もうすぐ俺の部下達が到着する。その中にグレタという女性騎士がいるからエヴァの荷物の片付けを手伝って欲しい」
アニーに声をかけたルーカスは、このまま二人で行こうとエヴァの手を繋ぐと、もう一つの手でニックから花束を受け取った。
アニー達に生温かな目で見送られながら、頬をほんのりと染めたエヴァはルーカスを両親のお墓へ案内した。
ニックが用意してくれた花束を二人の墓に供えたエヴァは、父母に話しかける。
「お父様、お母様、無事にここに戻って来られました。横にいるルーカス様のおかげなの。二人の馬車の事故の真相も明らかにしてくださったのよ。そして、私は王都で叔父様の処刑を見届けてきたわ。叔母様は罪を償う日々になるの。これで……この結末で良かったのか私はまだわからないわ」
──私はまだ受け入れられない。
真相は明らかになったけれど、二人が殺される必要なんて全く無かったことが分かっただけだった。
心の中に穴が空いたような虚しさが消えない。
横で静かに立っていたルーカスが握っていたエヴァの手をぎゅっと握り直した。
「ルーカス様と一緒にダキア皇国に行って参ります。お母様のご実家を訪ねるのよ。お祖母様、お祖父様にお会いしてきますね。無事にお会いできるように見守っていてくださいね」
「クラウス殿、エリザベス殿、ダキア皇国第二皇子のルーカスです。あなた達の大切なエヴァをダキア皇国へ連れていくことをお許しください。必ずエヴァを守り抜きます」
思わず、エヴァは隣のルーカスを見上げた。
ルーカスは真剣な眼差しを両親の墓に向けている。
──お母様、こんなにも優しいルーカス様と一緒にダキア皇国へ行くの。ちゃんと身を弁えることはわかっているけれど、時々勘違いしそうで怖いわ。お母様とこういうお話や相談をしたかったのに……。
心の中でエヴァは母に話しかけた。
ルーカスと手を繋いだまま、零れ落ちる涙をそのままにエヴァは二人の墓をじっと見つめた。
「一緒にここに来てくださってありがとうございます」
エヴァが黙って待っていてくれたルーカスを向くと、ルーカスは繋いでいないもう片方の手でエヴァの頬に流れた涙をそっと拭う。
「……ハンカチを忘れてしまった」
「ふふふ、お気遣いをありがとうございます」
思わず笑みをこぼしたエヴァを見たルーカスは、安堵したかのように微笑んだ。
「エヴァの母上のネックレスの石について、兄上に聞いてみたんだ。」
俺よりも長生きしているから何か知っているかと思って、と少し翳のある表情で話を続ける。
「だが、兄上も知らないそうだ。エヴァの母上の実家であるロドン公爵家は薔薇や草木を育てることに優れた一族なんだ。そのペンダントはもしかしたらロドン公爵家のその能力に何か関係があるのかもしれない」
エヴァは胸元のペンダントを取り出すと、ガーネットの赤い輝きを見つめる。
「ロドン家に関係しているかもしれないのですね。お祖母様やお祖父様にお会いした時に聞いてみますね」
屋敷に戻った二人に、アーサーが新しい執事を紹介してくれた。
「マルセルと申します。スタール辺境伯家の執事を勤めさせて頂きます。どうぞお見知り置きください」
「ルーカス・ダキアだ。明日、兄上と被害にあった子供達がここへやってくる。忙しくさせるが、よろしく頼む」
「承知いたしました。殿下の部下の方々も先ほど到着しております」
マルセルは隣国の王族を前にして緊張した面持ちを見せた。
「エヴァと申します。アーサー様リリー様をよろしくお願いします。」
「私はリリー様とは親戚にあたります。その関係もあって、私に白羽の矢が立ちました。生前、クラウス様とエリザベス様が私が住んでいた村に来て下さった時、農作物の育て方をご指導下さったことがありました。それ以降、飛躍的に村の収穫量が増えました。私も村人達もお二人への感謝を忘れたことは一度もありません。こちらで働かせて頂くことは身に余る光栄です」
「そうだったのですね。そう言ってくださってとても嬉しいです」
両親の蒔いた種がこうやって実を結ぶのか……と誇らしい思いでいっぱいだった。
エヴァが部屋に戻ると、グレタとアニーは意気投合したようで、二人で楽しそうに荷物を片付けていた。
「グレタ!よく来てくれたわね!」
「エヴァ様、馬上の旅はいかがでした?」
「グレタが乗馬服を貸してくれて助かったわ。ありがとう。それにしても、グレタは騎士服が本当に良く似合うのね」
グレタの長い四肢をピタッと騎士服が包み込み、スタイルの良さを余すところなく披露している。
「本当に素敵。格好良いです」
アニーもうっとりとグレタを見ていた。
「ありがとうございます。侍女のお仕着せも好きなのですが、こちらの方が着なれていますね」
グレタも嬉しそうに笑った。
「それで、ルーカス様との二人の時間はいかがでした?」
ルーカスの姿が見えないことをいいことに、ニヤニヤしながらグレタが尋ねてきた。
「色々気を遣ってくださったわ」
「いい雰囲気になったりしました?」
「いい雰囲気って……ただいつも通りすごく優しかったわ」
ルーカスはエヴァが疲れないようにもたれかけさせてくれたり、引き寄せてくれたりしたことを思い出して、顔に熱が集まる。
「あのぅ……ルーカス様が優しいって言うのはエヴァ様だけですよ。無表情で何考えているかわからなくて、冷徹な人ですからね。訓練だって厳しいし。怖い上司ですよ」
「ところでルーカス様って何者ですか?」
アニーにまだルーカスの身分を伝えていなかったことを思い出す。
言っていいのかしら。と逡巡している間にグレタがあっさりとばらした。
「ダキア皇国の第二皇子で騎士団長よ」
あっという間にアニーの顔が青ざめてひきつる。
「え! どうしましょう……そんな方だなんて……」
「大丈夫ですよ。ルーカス様は身分とかあまり気になさらないから」
「……ということは、ルーカス様は……種族は人ではないってことですよね」
アニーが恐る恐るグレタへ尋ねた。
「そうですよ」
これまたグレタがあっさりと答える。
「それと、私は獣人ですよ」
目を丸くしているアニーににっこりと微笑むと、豹ですとグレタが伝えた。
「明日、誘拐されて捕われていた獣人の子供達がここにやってきます。人とは種族や見た目が違って怖く感じるかもしれませんが、心も体も同じように傷つき癒しが必要な子供達です。ルーカス様からアーサー様にお伝えしているとは思いますが、あまり偏見のない方が子供達のお世話についてくださると嬉しいです」
グレタの言葉に、アニーが即座に返答する。
「はい!!私がやります!読んでいたダキア皇国の物語の中には色々な種族の方が出てきました。グレタ様が獣人と聞いて驚いたのは、ずっと人間以外の種族の方に会いたかったから……嬉しくて驚いてしまって。この国は閉鎖的でなかなか隣国の方と会えないのです」
アニーが耳まで真っ赤になりながらも必死に伝えている。
「実は他にもダキア皇国に憧れている使用人は沢山います。声をかけてもいいですか?」
「私も手伝うわ」
使用人の中に他種族に偏見のない人が多くいると聞いて、嬉しかった。
きっとアーサーに領主が変わったこともあって風通しがよくなったのかもしれない。
「そう言ってもらえると安心します」
グレタはアニーの言葉を聞いて破顔した。
「早速リリー様に声をかけて打ち合わせをしましょう。グレタ、明日失礼がないよう私達へ獣人について色々と教えてくれる?」
エヴァの言葉にアニーがリリーを呼びに飛ぶように出ていった。




