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24 故郷

第二章が始まります。

楽しんでいただければ幸いです。

どうぞよろしくお願いします。


澄み切った青空がどこまでも続く広い空。

遠くに見える険しい山脈。

初夏の辺境伯領地は大地が緑に覆われて美しい姿を見せている。

空気まで懐かしいような気がして、エヴァは胸いっぱいに吸い込んだ。


「ルーカス様!辺境伯屋敷が見えます!」


山の中腹に建つ辺境伯屋敷が夕日に照らされている。見慣れた屋敷が遠くに見えてきた。

数週間だけなのに、もっと長い間離れていたように懐かしく感じる。


エヴァの浮かれた気持ちが伝わったのだろう。

後ろでルーカスが、くくっと笑ったような音が聞こえた。


「もう少しだな。馬に乗り続けるのは疲れるだろう。もう少し頑張れるか?」

「ルーカス様が支えてくださっていたので私は大丈夫です。ルーカス様もロシュもお疲れではありませんか?」

「ダキア皇国の騎士団長と団長の軍馬だぞ。この程度は問題ない。しっかり明日は休ませるが、ロシュは久々の長距離を楽しんだじゃないか」

「行きは馬車で二日かかったのに。ロシュのお陰でこんなに早く戻って来られるなんて。ロシュ、ありがとう」

エヴァは手が届くロシュの首元辺りを撫でた。



早朝に王都を出発したルーカスとエヴァは、ルーカスの愛馬ロシュに乗って二人で一足先に辺境伯領地までやってきた。

エヴァはほぼ一日中、馬上でルーカスに包み込まれた状態でロシュに跨ってきた。

お互いの身体が触れる近い距離感や頭の上で聞こえるルーカスの落ち着いた耳障りのいい低い声に、初めは緊張で心臓が激しく波打って痛いほどだったのに、段々と慣れていった。エヴァを支えるために時々前に添えられる逞しい腕や、時々もたれさせてくれる胸板の硬さに居心地が良いと感じてしまうようになった自分が怖くもあった。


──勘違いしてはいけない。

エヴァは道中、自分に何度もそう言い聞かせてきた。



辺境伯屋敷に近づくにつれて高揚した気持ちがどこかに消え、不安や緊張がエヴァを襲い始める。

(叔父や叔母達の処遇を皆はどう思っているのかしら)

この数週間でエヴァの人生は目まぐるしく変わってしまった。


叔父は隣国の人身売買組織に関与した件と、エヴァの両親を馬車の事故に見せかけて殺害した件で絞首刑になり刑が執行された。叔母もまたエヴァの両親の事故に関与していた上に、エヴァを害そうとしたため貴族籍剥奪のみならず、厳しい環境と有名な南部の労働所送りとなっている。両親の罪を背負った従姉妹達も貴族籍剥奪となり市井に降りたと聞く。


エヴァの纏う空気が変わったことに気がついたのだろう。

後ろからルーカスが優しい声音で話しかけてきた。

「エヴァ、もしかしたら叔父達のことを気にしているのか?」

「両親の事故のことも叔父や叔母の心の弱さも全て、なんでこうなってしまったのだろうって虚しく思ってしまって」

「過去は変えられないが、エヴァのこれからは自分自身で決めることができるんだ。エヴァは何も悪くない。胸を張って屋敷の門をくぐるんだ」


どうしてルーカスはいつも欲しい言葉をくれるのだろう。

自信に満ちた言葉を聞いていると、霧が晴れるように迷いがなくなっていく。乾いた心に染み入っていくようなルーカスの言葉に心が満たされてしまう。


「ルーカス様は優しすぎて困ります」

エヴァはぽつりと呟いた。

「ん?」

「ルーカス様が優しいからつい甘えてしまう癖がつきそうです」

「甘えていいぞ。俺は別に誰にでも優しい訳ではない」

「これ以上甘えると、駄目人間になってしまいそうで怖いので、気をつけます」

「駄目人間か。エヴァがそんな風になるとは思えないけどな」

「私が自分を嫌いになりそうなので駄目です」

「甘やかされるのが嫌なのか?」

「自分が自分でなくなってしまいそうで嫌なんです。それに私もルーカス様に頼ってもらえるような強さが欲しいので」

「ははは、そうか。俺が頼っていいのか」

「はい、どんと頼ってもらえるよう強くなるので!」

顔は見えないけれど、ルーカスの機嫌のよさそうな雰囲気が伝わってくる。


そんな話をしていると、あっという間に屋敷の門の前に到着した。門を前にエヴァの心が再びキュッと引き締まる。

使用人達はどんな思いで叔父一家の顛落の結果を聞いたのだろうか。


「お嬢様!おかえりなさいませ!」

飛んできた門番が笑顔で門を開けて迎え入れてくれて、ひとまずほっとする。

「ただいま戻りました。皆変わらない?元気していた?」

「ええ、ええ、皆お嬢様のお帰りをお待ちしておりましたよ。ルーカス様もようこそいらっしゃいました。ご無事で何よりです」


声を聞きつけたのだろう。

辺境伯騎士団の団長であり、次期辺境伯となるアーサーが屋敷の中から出てきた。

「お嬢様よくお戻りくださいました!」

「アーサー様!」


先にロシュから降りたルーカスの手を借りて馬上から降りたエヴァは、真っ直ぐにアーサーに駆け寄った。


「アーサー様、色々とごめんなさい」

「何を謝っているんですか?お嬢様が謝ることは一つもありませんよ。ある程度の話はルーカス様や王宮の使いの方から聞き及んでおります。ようこそ、帰ってきてくださいました。使用人一同お待ちしておりましたよ」

「ルーカス様からも?」

思わず後ろにいるルーカスを振り返る。


ルーカスはちょうど馬丁にロシュの手綱を預けているところだった。

「ここに滞在していた時、騎士団の練習に参加させてもらっていたと言ったろ。アーサー殿とは剣を交えて親しくなったんだ。今回こちらに立ち寄る日程を連絡した時に、王都で起こった状況だけ伝えてある」

「ルーカス様、いえ、ルーカス殿下。前回の滞在の際は不敬な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした」

「前回はこちらが身分を偽っていたんだ。気にしないでくれ。それに、できれば前回と同じように扱ってくれるとこちらも助かる」

「しかし……」

「今夜は俺の部下達が、明日には兄上達と被害にあった子供達が到着する。世話になるが、よろしく頼む」

「はい。かしこまりました」

アーサーが深々と礼をした。


アーサーの後ろから、妻のリリーが出てきてルーカスへ挨拶をしたあと、エヴァを向くと涙を浮かべた。

「お嬢様、よくお戻りくださいました。お待ちしておりました」

リリーの優しい声音がエヴァの気持ちを柔らかくする。

「お二人とも長旅でお疲れでしょう。どうぞ、ゆっくりなさってください。立ち話はなんですから、まずは屋敷にお入りくださいませ」



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