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21 裁判

ついに裁判の日がやってきた。


バーク伯爵、叔父のスタール辺境伯が入廷する。

「バーク伯爵の罪状を読み上げる。国民を不当に金銭で買い、ダキア皇国の人身売買組織に売っていたこと。また、人身売買組織よりダキア皇国の国民を買い、闇市場を通じてティフリス王国の貴族や商人達に無垢な子供達を売っていたこと。また、7年前に疑わしいと独自に調査を始めた、スタール前辺境伯夫妻を事故に見せかけ殺害するよう馬車に工作をしたこと」

進行役の文官が叔父に向き直る。

「スタール辺境伯の罪状を読み上げる。バーク伯爵がダキア皇国の人身売買組織に関与していることを知りながら、見返りを求め協力したこと。また、人身売買組織が国境を行き来できるよう便宜を図ったこと。また、7年前に疑わしいと独自に調査を始めた、スタール前辺境伯夫妻を事故に見せかけ殺害するよう馬車に工作をしたこと」

罪状を読み上げた文官が二人をじっと見つめる。

「異論はないか?」

二人とも悔しそうに黙ったままだ。


「最後に何か言うことはあるか?」

叔父がおずおずと手を挙げる。

発言を促された叔父は、おどおどとしながら

「私はバーク伯爵や隣国の組織が、人身売買を行っているとは知らなかったのです。ただ品物を輸出入をしているとだけ」

「それではどんな品物を輸出入をしている認識だったのか述べよ」

「いえ、何か良くないものなんだろうなと漠然としたものです。ただ、人だとは思わなかったのです」

「よく知ろうともしないで、そのことを調べようとした兄を殺害しようとしたのはなぜだ」

「兄上はいつも俺の邪魔をしてくるのです。何をしても優秀で、比べられるこっちの身には溜まったもんじゃない。ちょっと脅しをかけるだけだったんです。手を引いてもらうように。なのに、馬が雷で驚いたのか……殺すつもりはなかったんです!」

「国境の警備を任せられた身として、バーク伯爵がやっていることを知らないで手を貸したから罪がないとは言えないはずだ。知らなかったのであれば、知る行動をすべきなのが本来の辺境伯としての姿ではないか。クラウスはまさに辺境伯としてあるべき姿を見せていた。馬車に細工をすることだって、一歩間違えたら死んでしまうという最悪のケースを考えずに軽率に自分の欲求だけで動いている。他人の生を軽視した自分勝手な振る舞いは人としても言語道断だ」

文官の返しに何も言えなくなったようで、叔父は顔を真っ赤にして黙り込んだ。


傍聴席を眺めると、憎々しげにエヴァを見つめる目に出会う。叔母だった。その横に座っている従姉妹二人は納得いかないような不貞腐れた顔をして叔父を見ている。

叔母の視線からそっと逃げると、裁判に集中することにした。


文官が木槌を鳴らす。

国王から評決が下されるようだ。

「バーク伯爵。伯爵爵位を取り上げる。嫡子がいないため、実質的に伯爵家は取り潰しとする。明日、広場にて絞首刑とする」

ここ数日ですっかりやつれて、白いものが目立つようになり、以前のような獰猛さが影をひそめていたように思われたバーク伯爵だったが、絞首刑と聞いた瞬間に顔に憤怒の表情を浮かべた。

「俺は悪くない!需要があったから手配したんだ。元はといえば、獣人を飼いたいと思う貴族が悪いんだ。俺は悪くない!悪いのは欲しがる奴らだ!」

大声で叫び続けたため、隅で待機していた近衛兵に押さえつけられ猿轡をかませられた。

「購入した貴族も既に調べはついている。彼らについては日を改めて裁判とする。確かに買う人間も悪いが、道徳的配慮もなく物事の善悪を自分の利のみで判断し動いたことには責任が伴う。また、罪の無い前辺境伯夫妻を殺害した罪も重い。明日、刑が執行されるまで、広場の檻に入れておけ」


近衛兵が暴れないように、縄でぐるぐるに縛り付けたバーク伯爵を外へと連れていった。


次は叔父の番だ。

バーク伯爵の顛末をきき、顔色が悪い。

「スタール辺境伯。辺境伯爵位を取り上げる。爵位は一時王室預かりとする。明日、広場にて絞首刑とする。そして、スタール辺境伯夫人と実子二名は貴族籍から抹消とする」

傍聴席に座っていた三人から悲鳴が上がった。


「辺境伯としての任務を理解して遂行できなかった罪は重い。国境警護の重要性を考えて行動すべきだった。本来模範となる自身の兄を害した罪も重いものだ。バーク伯爵と同じく、明日の刑が執行されるまで広場の檻に入れておけ」

叔父はもう覚悟が決まったのか、反抗する気力を失ったのか……騒いでいる叔母達をぼんやりと見た後、肩を落としたまま近衛兵に引きずられるように連れて行かれた。


傍聴席からヒステリックな声が上がる。

「あいつはなんで貴族籍が抹消されないのよ!」

「バーク伯爵と婚約しているあいつも抹消すべきだわ!」

「あいつのせいだ。魔女が呪ったんだわ!」

叔母と従姉妹達がエヴァを指を差して、口々に喚いている。

近衛兵が三人に近づき、バーク伯爵と同じく猿轡をかませると拘束した。

「ああ、最後に伝えておこう。エヴァ嬢とバーク伯爵との婚約は受理されていない為、無効である。また、エヴァ嬢は両親を其方達の夫、父であるスタール伯爵に殺された被害者である。これ以上エヴァ嬢を貶める発言を繰り返すのであれば、南部の作業所送りにするぞ」

南部の作業所は環境が厳しい更生施設と有名だ。

平民ですら耐えられない場所に貴族だった三人が耐えられるわけがない。

青い顔をした三人が慌てて口をつぐんだ。


国王陛下の気遣いに感謝しながらも、エヴァは虚しさを抱えていた。

父と母は、あんな人たちに殺された。ただ脅しをしようとしただけだと言う二人には、全く反省の色もない。両親の命を軽々しく扱われたことが悔しかった。

けれど、今さら彼らに何を言っても届きはしない。命を奪ったことを明日の処刑までに悔やむとは思えない。それにエヴァとて、謝って欲しいわけでも悔やんで欲しいわけでもない。

ただただ虚しかった。

皆が退席した後も、エヴァは一人傍聴席に座ったまま、叔父達が座っていた席を眺めていた。




翌日、叔父の辺境伯と伯爵の刑が国民が見守る中、王宮近くの広場で執行された。

一晩、広場に置かれた檻の中で過ごした二人は、国民から石や卵を投げつけられ、酷い様相になっていた。


グレタに付き添ってもらい、エヴァは広場まで刑を見届けにやってきた。

「エヴァ様、人も増えてきたので、これ以上前に行くのはやめられた方がいいかと」

民衆は、狂気を孕んだ熱狂の様子を見せている。人身売買という非人道的な罪の処刑であり、普段は偉ぶっている貴族をおおっぴらに断罪できる機会でもある。

「そうね、ここでいいわ」

マントのフードを目深に被って髪や顔を隠しているが、これ以上人混みに入ると貴族とばれてしまう可能性がある。


刑の執行がはじまった。

叔父と伯爵が檻から出され、絞首刑へと登っていく。

叔父は覚悟を決めているのか、歩みは遅いが自分の足で登っていく。

伯爵は嫌だと叫び暴れながら、兵に引きずられるように連れて行かれる。

エヴァは両手を白くなるまでぎゅっと強く握り締めながら、二人を見つめていた。


突然握りしめていたエヴァの手に温かいものが触れる。


驚いて手を見ると、誰かの手が優しくエヴァの手を解こうとしている。

「エヴァ」

声を聞くだけで誰なのか、もうわかってしまう。

その人は、力が抜けたエヴァの手をそっと(ほど)くと、手と繋いで横に並んだ。

エヴァがぎゅっと力を込めると、その手もぎゅっと握り返してくれた。


一言も交わさず、処刑を最後まで一緒に見届けてくれた。

全てが終わると、黙って横に立って手を繋いでいてくれたその人は、手を引いて人の波を縫うようにして王宮の裏口まで連れてきてくれた。


「ルーカス様、一緒にいてくださってありがとうございます。気持ちに一区切りがつきました」

「そうか、よく頑張ったな」

優しく細められる瞳に胸が痛む。

「早めに王宮を出ようと思っています。グレタをつけてくださってありがとうございます。ルーカス様とレイモンド様には色々とお世話になりました」

「ここを出るのか?」

「はい」

「……王太子と婚約するのか?」

「いいえ」

「……どこにいくのか決まっているのか?」

「とりあえず、領地に戻ってから、どこか違うところへ行ってみたいと思います」

「ダキア皇国へは?」

肯定も否定もせず、エヴァはにっこりと微笑んだ。

もう、ルーカスには甘えられない。

ルーカスも第二皇子として生きていかなくてはならない場所へ戻るのだから。


「ルーカス様が今回動いてくださったおかげで事件が明らかになったと伺っております。両親の事故についても調べてくださってありがとうございます。ルーカス様も国に戻られると伺いました。どうぞお体にお気をつけてお過ごしくださいませ。これからのご活躍を陰ながら応援しております」


瞳を見開いたままのルーカスにもう一度最後に微笑みかける。

これで最後ならば、笑っている顔で別れたい。

「ここからはグレタと二人で大丈夫です。失礼しますね」


グレタに目で合図をして、その場から逃げるように立ち去った。

「エヴァ様、よろしいのですか?」

「何がかしら?」

「王宮を出られてしまうのですか?」

「私は処刑まで一時的に置かせてもらっていただけだもの。もうそろそろ出て行かなくてはならないわ。グレタも今までありがとう。グレタがいてくれたおかげで色んなことを乗り越えられたわ。本当にありがとう」

「こちらこそですよ!エヴァ様のおかげで念願の侍女になれました!」

「グレタはこれからどうするの?」

「どうするんでしょう。ルーカス様が決められるので。でも、私はまたエヴァ様のお側で働ける気がします。私の勘って当たるんですよ」

ふふふとグレタが笑った。

また私の側?

もうルーカス様の近くには行かないのに。

でも……

「またグレタに会えるのなら嬉しいわ」

エヴァも微笑みを返した。



夕食までの時間、ぼんやりと窓の外を眺めていたエヴァは思いついたようにグレタに声をかけた。

「ね、グレタ。最後に王宮の薔薇園をちゃんと見ておきたいの」

「薔薇園ですか?エヴァ様……大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫、だと思うわ。結局あの事件の後から一度も訪ねてないの。ここの薔薇園は見事だと聞いていたのにちゃんと見ていないのは残念だし、事件のせいで見に行かないのも悔しいもの」

ずっと迷っていた。

本当は怖い。あそこへ行ったら事件のことをまざまざと思い出すのではないかという恐れはある。けれども、事件のせいでせっかくの薔薇園を楽しめないのは悔しい。


「わかりました。それなら、暗くなる前に行った方が良いですね」

外は夕暮れの気配が迫っていた。

「グレタ、私一人で大丈夫よ。まだ日が残っているし」

「いえ、駄目です。ご一緒させてください」

「ありがとう。心強いわ」

グレタの気遣いが嬉しかった。



「さすが王家の薔薇園ですね。見事です」

「グレタ、改めてありがとうね。グレタが私についてくれて良かったわ」

「私もこんな美しい方の侍女を務めることができて幸せでした」

「ダキア皇国でも侍女をやってみたらどう?」

「お仕えしたいと思う方がいらっしゃらないんですよね。みんな個性が強すぎて。ルーカス様が寄ってくる女性に辟易するのもわかります」

「ルーカス様やレイモンド様は婚約されている方はいらっしゃるの?」

ずっと知りたくて、でも聞けなくて……最後にちゃんと聞いておこう。決して夢なんか見ないように。


「お二人ともいませんよ。候補の方はたくさんいますけどね。候補同士の争いがすごいんですよ。特にルーカス様の方。候補者の方がルーカス様がエヴァ様とお話されている姿をみたら卒倒しちゃうと思います」

「あら、どうして?」

「だって、鉄仮面ですよ。女性と話す時のルーカス様。女性に優しい顔でお話されている姿なんて見たことないですもの。エヴァ様とだけですよ」

「きっと、妹とか手がかかる人っていう認識だと思うわ」

「そうでしょうかね。ルーカス様も意外に押しが足りないんですね」

グレタが何やら言っているが、エヴァのことをルーカスが女性としてみているとは思っていない。

そう勘違いしてはいけない。

それほどまでに、ルーカスはとにかく優しいのだ。




辺境伯領地はスタール辺境伯の分家の当主でもあり、辺境伯騎士団の団長が爵位相続をすることなった。

最終決定に時間がかかったのは、エヴァの今後の身の振り方待ちだったようだ。エヴァが王太子と婚姻すれば、その子供を辺境伯にする予定だったのだろう。

事実、王妃から王太子との婚約の打診が再度あった。後ろ盾がないことを理由に断ったが、母の実家となる隣国の公爵家との繋がりは、国としても政略的にもエヴァとの婚姻に旨味があると言うことだった。


少し前の自分だったら引き受けていただろうとは思う。

母の望みだったかもしれないと少し迷ったが、エヴァは断った。


一度辺境伯屋敷に戻って皆に挨拶をした後、ダキア皇国の祖父母に会いに行こうと思っていると王妃に告げた。

祖父母へは、王妃経由で手紙を送った。

王妃からも、エヴァについての報告が嘘だったこと、どのような状況だったかということは謝罪と共に手紙で祖父母に送ったと聞いていたが、エヴァも自身の言葉で、祖父母に会いたいと思っていることを伝えたかった。そして、一度訪ねたいとも書き添えた。

昨日王妃が、祖父母から来たエヴァ宛の手紙を渡してくれた。


手紙には、今までエヴァに会いに行けなかったことについての謝罪。祖父母もエヴァに会いたいが年齢的に国境を越える旅は難しいから来てくれたら嬉しいと思っている旨が書いてあった。



薔薇を眺めながら決意する。

明日、王宮を出ることを王妃に伝えよう。

祖父母に会いに行って、両親がどんな人達だったか伝えよう。あなた達の娘は異国で、父からも領民からも愛された素晴らしい人だったと伝えよう。

母の形見のネックレスの石をそっと握りしめた。


王家の薔薇園に植わっている薔薇は多種多様で、一つずつ香りや花を楽しんでいる内にいつの間にか日は暮れて、置かれたランタンに火が灯りはじめた。


「ランタンの光の中でも、薔薇が映えるように設計されているのね」

「日の光の中も綺麗ですけれど、ランタンの光で照らされた薔薇も神秘的な感じがしますね」

「グレタ、申し訳ないのだけれどもう少しだけここにいてもいい?」

「ええ、エヴァ様が満足されるまでいましょう。寒くないですか?ショールをお持ちしましょうか?」

「持ってきてもらえるの?お願いしたいわ」

風が出てきて肌寒さを感じていた。

「薔薇園の外に騎士が待機しております。中には入りませんが、警護しておりますので」

事件の後から、男性が苦手になってしまったエヴァへの配慮だろう。警護であっても、エヴァからは見えない位置に配置してくれるようになった。


「ありがとう。ここでゆっくり見てるから急がなくても大丈夫よ」

「いえ、エヴァ様との時間が好きなので、できる限り早く戻ります!」

グレタは相変わらずエヴァに好意があることを隠さずに表現してくれる。

くすぐったくて嬉しい。


エヴァはベンチに座ってグレタを待つことにする。


薔薇を眺めながら、とめどなく思い起こされるのは、ルーカスのこと。

出会ってからずっとルーカスはエヴァを守ってくれていた。

最初は無愛想な人だと思っていたけれど、会う度に沢山の表情を見せてくれるようになった。

今日の処刑の間、ずっと横で手を繋いでいてくれた。それが、どんなに心強かったか言葉では言い表せない。



突然ペンダントの石が触れている肌がチリチリと痛み出した。

思わず石を触ってみると熱を持っているわけではないのに、チリチリとした電気が流れるような痛みが襲う。


なんだろう。

この石のことは、祖父母にも手紙で書けなかった。会ってから聞いてみようと思っていたのだ。

チリチリとした感覚がだんだん強くなる。

──危険なことがあるの?

そう思った瞬間に耳元を何かが掠めた。


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