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19 真相


エヴァが次に目が覚めた時ベットの側には誰もいなかった。

窓の外を見ると、すでに日が高い。遅くまで寝てしまったようだ。


ルーカス様が側にいらっしゃったのは夢だったのかしら。


ノロノロと起き上がると、自分の両手首に包帯が巻かれているのが目に入った。

寝衣のワンピースをそっとめくってみると、太ももにも。そして、切り傷が酷かった足裏にも包帯が巻かれていた。


きっと目に入らないようにグレタが気遣ってくれたんだろう。

昨夜はグレタも側にいてくれたわよね。二人には申し訳ないことをしてしまった。


足を床に降ろして何度か足踏みをしてみたが、痛みは特にない。

そっと立ち上がると、窓まで行って外を覗いてみた。


この部屋は2階にある。窓から王宮の庭園は見えないようで少し残念に思う。


下に視線を向けると、一心に剣を振っているルーカスの姿が目に飛び込んできた。

ドクン、とエヴァの心臓が大きく跳ねる。

前を見据える視線は怖いほど力強い。決して大柄な体躯の持ち主ではないのに、剣を振っている姿は威圧感でより大きく見える。

ルーカスの鍛錬をエヴァは息をするのを忘れたかのように見入っていた。

鍛錬が終わったのだろう。剣をしまったルーカスが何気なく上を向いた時、窓から覗いていたエヴァと目があった。


一瞬ルーカスが驚いたように瞳を見開いたあと、口元を少しあげると部屋の前の木をするすると登り始める。枝を渡り移ってエヴァの部屋のバルコニーへ飛び込んできた。

呆気にとられていたエヴァだったが、ルーカスがバルコニーの窓をノックした音で慌てて鍵を開けた。

「ルーカス様!」

「やぁ、こっちの方が早いと思ったから」

「危ないですよ!」

「体は大丈夫か?痛むところは?」

エヴァの顔を覗きこむ心配そうな瞳と視線が絡み、エヴァの胸が高鳴った。

「大丈夫です」

「そうか、頬の腫れも引いたな」

嬉しそうな微笑んだルーカスの言葉で、口の中が切れていたはずなのに痛みをもう感じないことに気づいた。


「ルーカス様、令嬢の部屋で何をやってるんですか」

低い落ち着いた声が部屋から聞こえてきた。

エヴァが振り返ると、後ろでグレタがルーカスを睨みつけている。

「ご心配なのはわかりますが、ここではマナーを守ってください。敵かと思って攻撃するところでしたよ」

グレタはきつい調子でルーカスへ吐き捨てるように言うと、エヴァに向かって優しく微笑んだ。

「エヴァ様、おはようございます」


「昨夜はルーカス様とグレタに迷惑をかけてしまって、申し訳ありませんでした」

慌てて二人に向かって頭を下げた。

グレタが近づいてきて、エヴァの肩にショールをかけながらそっと微笑む。

「迷惑ですか?ルーカス様、何かそんなことありましたっけ?」

「いや、ないな」

ニヤリと笑ったルーカスに、グレタは冷たく言い放った。

「今はルーカス様が迷惑です。さっさと令嬢の部屋から出て行ってください」

「エヴァ、お腹は空いていないか?後で、食事を運ばせるから一緒に食べよう」

返事も聞かずにルーカスは言い放つと、バルコニーから飛び降りる。

思わず走り寄ってバルコニーの縁から乗り出して下を覗くと、ルーカスは飄々とした様子で上を見上げていた。エヴァを見るとにやりと笑い、王宮の中へ戻って行った。


「さ、エヴァ様、お着替えをしましょう」

グレタの言葉で、自分が寝巻きのままでルーカスと会っていたことに気づいた。

(恥ずかしい。でも、ルーカス様から見たら妹のようなものなのかもしれない)

気恥ずかしさと理由のわからないがっかりしたような感情に複雑な気持ちになる。


「グレタ、私、ドレスを持ってきていないの」

昨日着ていた母のドレスは汚れてしまって着られる状態ではないだろう。

「大丈夫です。こちらで用意しております」

そう言うと、部屋のクローゼットを開けた。

色とりどりのドレスが並んでいるのが見える。

「全てエヴァ様のドレスです。お好きなものをお選びくださいませ」

ドレスの下にも幾つもの靴が並んでいた。


あまりの光景に言葉が出てこない。今までこんなに衣装を持ったことがない。


「……ルーカス様が用意してくださったの?」

「ええ、余り種類がなくて申し訳ありません」

昨夜遅くにこの部屋にきたはずだ。そんな時間にここまで用意できたことにも驚く。

「お気に召すものはございませんでしたか?」

グレタの問いに慌てて答えた。

「違うの、こんなにたくさんのドレスを見たことがなくて……驚いてしまっただけなの。選び方がわからないから、よかったらグレタが見繕ってくれないかしら」

グレタは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに嬉しそうに微笑んで「喜んで!」と答えた。

「エヴァ様には青緑色系のドレスが似合うと思うのです」

張り切ったようなグレタがそう言って取り出してきたのは、藤の花のような淡い青みのある紫色のドレスだった。

袖がたっぷりと長めに作られている。

きっと包帯が目に入らないように気遣ってくれているのだろうと、心の中でグレタに感謝した。

「素敵ね」

「お気に召されたのであれば今日はこれにしましょう。そして髪型もお任せください」

にっこりとグレタが微笑んだ。


鏡に映っている自分がどんどん変わっていく様子を呆然と見つめていた。

グレタが勧めてくれた藤色のドレスは、自分でもそう思うほどよく似合っていた。

着替えた後は鏡台の前に座らされ、簡単なお化粧をしてもらう。

「エヴァ様はお肌に透明感があってとっても美しいので、化粧で隠すところがないんですよね。少しだけ足す感じにしますね」

眉を整え、唇にほんのりと口紅をつけてくれた。

「髪型は希望はありますか?」

首を振ると、グレタは嬉しそうに「それでは私が似合うと思う髪型にさせていただきますね」と言いながら、銀色の髪の毛を丁寧に櫛で梳かし始める。

昨日髪の毛を手入れしてくれたおかげだろう。見たこともないくらい艶々の髪になっている。

「今日はこの髪の艶を前面に出したいんですよね」と言いながらグレタが手早く髪の毛を結ってくれた。

「いかがですか?」

髪を上半分だけ編み込んで結んでくれているから、残り半分は長いままだ。


「グレタは騎士なのにお化粧も髪を結ぶのもとても上手なのね。ありがとう。初めてこんなに綺麗にしてもらえたわ」

「エヴァ様は何をしてもお似合いになるので、やり甲斐があります。私、ずっと侍女の仕事に憧れていたんです。なので、今回エヴァ様のお世話をさせて頂けて嬉しいんです」

嬉しそうなグレタを見て、エヴァの心の中も温かくなった。


暫くしたのちに、二人分の食事を持ってルーカスがやってきた。

グレタが磨き上げてくれたエヴァを見たルーカスが目を細めたのを見て、エヴァは心が満たされたようだった。


食事の後グレタが淹れてくれたお茶を飲んでいると、ルーカスがエヴァを見つめながら口火を切った。

「昨日のことを話しても大丈夫か?」

ルーカスの顔が皇太子のそれになっている。それだけ重要な政治的な話がくるのだろう。

「はい、大丈夫です」

覚悟を決め、お茶を置いて居住まいを正したエヴァが答える。


「まず、バーク伯爵のことだが、バーク伯爵は人身売買に関与していた疑いがあった。ダキア皇国で年に数名行方不明者が出ていて、不審に思って調べ始めたんだ。ダキア皇国の人身売買組織と通じていたのが、バーク伯爵だ。昨日捕縛されて取り調べを受けているから、被害者の詳細は明らかになるだろう。前妻達はダキア皇国へ売られていた」

……死別したと言われていた前妻達が人身売買の被害者。

自分もその道を歩む予定だったのだろう。背筋に冷たいものが走る。


「ダキア皇国の被害者は主に獣人の子供達だ。ティフリス王国の貴族の家で保護された子もいるが……」

ルーカスの表情が翳る。間に合わなかった子もいたのだろう。

「もしかして、ルーカス様が辺境伯領で調べていらっしゃったことって……」

「ああ、この件だ」

「叔父も関与していたのですね」

閉鎖的な国だからこそ、国境の行き来は目立つ。国境を管理する辺境伯を買収して協力させた可能性は高い。

「国境を行き来する手伝いをして、賄賂を貰っていたようだ」

ああ……人として尊敬も好きにもなれなかったが、父の遺した辺境伯領地を治めてくれると信じていた。

「実は前辺境伯は、伯爵の動向に疑いを持って調べていたようだ。その矢先に馬車の事故があったんだ」

目の前が真っ白になった。喉がカラカラになって言葉がうまく出ない。


「それは……誰かが故意に事故を起こした可能性があると言うことですか?」

「ああ、これからの取り調べで詳細が明らかになるだろう。辺境伯も昨夜捕縛されている」


膝においた自分の手をじっとみる。

容姿は母のエリザベスに似ていると言われていたエヴァ。父クラウスがよく拗ねた様子で言っていた言葉があった。

『エヴァの手の爪の形は父様と一緒だぞ。見た目のいいところは母様にとられてしまったけれど、爪は父様だからな。爪を見たら父様を思い出してくれ』


「エヴァ?大丈夫か?」

気遣うようなルーカスの言葉にエヴァは弱々しく微笑み返す。

「父は……辺境伯として不正を正そうとしたのですね。そんな父を誇りに思います」

「今回のことを含めて、兄上とティフリス国王がエヴァを呼んでいる。後で二人に謁見してほしい」

「承知いたしました。部屋に待機しております」


背筋を伸ばして居住まいを正したエヴァはルーカスの赤い瞳を見つめた。

「ルーカス様、今まで色々と心砕いてくださりありがとうございました。事件のこと、叔父のことも教えて下さってありがとうございます。私は大丈夫ですから、ルーカス様はお仕事にお戻りください」


今回の事件の後始末が山ほど残っていると言うルーカスを見送るエヴァに対し、どこか複雑そうな表情を浮かべていたが、グレタに何やら指示を出すと慌ただしく出て行った。



見送った後、エヴァはもう一度ソファに座り込む。

伯爵と叔父が隣国との人身売買に手を染めていたこと。

父と母がそれによって殺されたかもしれないこと。

無意識に母の形見のペンダントの石に手をやった時、昨日この石が光ったこと、薔薇の枝がエヴァを守るように伸びてきたことをルーカスに相談するのを忘れていたことを思い出した。


これから、私はどうなるのだろう。

叔父は二国間の重犯罪に関与していたから、処刑や爵位剥奪は免れないだろう。

婚姻先である伯爵家も同じだ。


私はこれからどうしよう。もうルーカス様には甘えられない。

元々住む世界が違う。そして、ルーカス様の国民を害した罪人の家族だ。


何かお咎めがくるのであれば、甘んじて受け入れよう。

もしお咎めがなければ……もう戻る場所はない、だったらやりたいことをしよう。

ダキア皇国に行く許可をレイモンドに貰おう。市井に降りて、ダキア皇国で自分の居場所を探そう。


そう覚悟すると少しだけ心が軽くなった。


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