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18 温かな手

どこからか悲鳴が聞こえる。

「エヴァ!大丈夫だから!!」

必死な声はルーカスのだろうか。

誰が悲鳴をあげているの?悲痛な声が耳につく。


「エヴァ!」

ゆっくりと目を開けると、必死な形相のルーカスとグレタがエヴァの顔を覗き込んでいた。

ルーカスの腕の中にいるようだ。


「エヴァ?」

泣きそうな顔のルーカスが優しくエヴァの名を呼ぶ。

「ルーカス様?」

うん、と頷いたルーカスの赤い瞳には安堵と後悔の色が見える。


「……私」

叫んでいた?

「お水を飲む?」

首を振ると、ルーカスはそっとエヴァをベットに横たわらせる。

「……叫んでいましたか?迷惑をかけてごめんなさい。ルーカス様もグレタも戻って寝てください」

「わかった。エヴァが寝付いたら部屋に戻るから。それまでグレタも俺もここにいるから安心して目を瞑って」

「でも……」

柔らかい声で被せるようにルーカスが尋ねる。

「手を繋いでも怖くないか?」

「……はい」

剣だこのある、固くて厚い、温かな手。


「ルーカス様は優しすぎます」

うとうとしながらエヴァは呟いた。その優しさに甘えるが心地良い。

手から伝わる温もりに安心する。


「ルーカス様……私の居場所がどこにも無くなってしまいました」

自嘲気味に呟いた自分の言葉が夢か現かわからないまま、温かな大きな手に守られているような安堵感と一緒にエヴァは微睡の中へまた戻っていった。



◆▲◆▲◆▲◆▲◆▲


エヴァにつけていた影から連絡が入った。

ちょうどその時、ルーカスは作戦の指揮をとっていたところだった。

「影からの連絡です。バーク伯爵がエヴァ様を部屋に閉じ込めたようです」

瞬間的に湧き出た殺気を感じ取ったのか、報告してきた騎士の顔が青ざめている。

影は生死に関わる時しか対象者の前に出てこない。万が一、エヴァが襲われていても見ているだけだ。


「リコス!キオン!」

「はい、ここに」

自分の腹心二人を呼ぶ。

「作戦の状況は」

「はい、今さっき最後の連絡が入り、無事に全ての作戦が完了した旨を確認しました」

「わかった。今から俺は王宮へいく。手の空いている奴を付いて来させろ。まだ公にはできないから隠密に動くように伝えろ。今からここの指揮は撤収までキオンに任せる」

「承知しました」

キオンが答えた。


「リコスは俺と来い。今からエヴァのところへ行く。俺についてこれるな?」

「もちろんです」

そういうと、駆け出したルーカスに続く。二人はあっという間に夜の暗闇に消えていった。


ルーカスとリコスがエヴァの血の香りを辿って、王宮の薔薇園に着いた時、鼻から血を流し髪の毛を振り乱したバーク伯爵が薔薇の枝が絡まった巨大な塊に向かって叫んでいた。

「出てこい!!馬鹿にしやがって。絶対に許さない!」

絡まっている薔薇の枝を取り除こうとしても、鋭い棘があって触れないでいるようだ。


(あの塊はなんだ?薔薇の枝が伸びてできているのか?)

エヴァの血の匂いはその枝の塊の中から漂ってくる。

あの中にエヴァがいるのは間違いない。


「エヴァ」

叫んでいる伯爵をリコスに拘束させ、ルーカスは塊に近づいて声をかけた。

「俺だ、ルーカスだ。エヴァ、聞こえるか?」

「ルーカス様?」

「エヴァ、この中にいるんだな?」

「はい」

弱々しかったが、エヴァの声が聞こえて胸を撫で下ろす。


兄上へ使いを出し、目の前のうるさいバーク伯爵を拘束してリコスに連れていくよう伝える。

皆に指示を出したあと、薔薇の枝がエヴァを覆って作っている要塞の前まで戻ってエヴァに声をかけた。


枝がみるみるうちに縮んでいく。あっという間に何事もなかったかのような薔薇園の様相に戻った。

自在に収縮した薔薇の枝に驚きつつも、ドレスに血の染みがいくつも付いているエヴァを見た時は心臓が止まったかと思った。

「エヴァ、怪我は?血の匂いがする」


何が起こったかは、影からの報告とエヴァの様子を見れば想像がつく。

真っ青な顔でポロポロと蒼い瞳から涙を流すエヴァを見て、抱きしめたくなる気持ちを抑える。怖がらせてしまうかと思うと触れることが躊躇われた。


着ていた上着を肩にかけ、部屋に連れていくため触る許可を得てからエヴァを抱き上げる。

触れていいとエヴァが頷いてくれた時は泣きそうなくらい嬉しくて、自分でそんな感情を持ったことに驚いた。


「もう会えないと思っていたので、ルーカス様にお会いできて嬉しいです」

抱き上げたエヴァは気力が限界だったのだろう。最後にルーカスを見あげ、柔らかく微笑んだまま意識を失った。


エヴァの言葉にルーカスの心が震える。

漂ってくる甘い血の匂いと、赤く腫れた頬、泣き腫らした瞼、そして自分の腕の中でぐったりとした姿を見て、ルーカスの心の中は荒れ狂っていた。

バーク伯爵とスタール辺境伯への怒り、守れなかった自分自身への怒りと、このままずっと抱きしめていたい気持ちが葛藤していたところに、エヴァからの一言でルーカスの理性が飛んでしまいそうだった。


壊れ物を抱きしめるかのように、そっと意識を失ったエヴァを抱きしめる。

口の中が切れたと言っていたな……。

すまない、エヴァ。治癒行為だ。

心の中で謝罪なのか言い訳なのかわからない言葉を吐くと、ルーカスはエヴァの唇に深い口づけを落とした。





「兄上、お話が」

ルーカスがレイモンドの部屋に入ると、まだ執務机の前で仕事をしていたレイモンドが顔を上げた。

「戻ったか。エヴァちゃんの様子はどう?」

「宮廷医師に診てもらいました。体についた痣などは数日で戻るだろうと……ただ心の傷は深そうだ」

腕にくっきりと残ったバーク伯爵の指の跡を見た時は、怒りが再度込み上げてきたのをエヴァに気づかれないようにするのに精一杯だった。


今日の任務の報告やら事後処理などを済ませて、もう一度エヴァの部屋へ様子を見に行ったルーカスがグレタと打ち合わせを終えて部屋を出ていこうとした時、悲痛な悲鳴が上がった。振り返るとベットに横たわって眠っていたはずのエヴァが、起き上がり体を震わせて泣き叫んでいる。思わず駆け寄ったルーカスが声をかけても、全く耳に届いていないようだ。

思わず、エヴァを抱きしめ、耳元で大丈夫だと言い聞かせ続けた。

しばらくして覚醒したエヴァはまた眠りについたが、グレタは心配だからと言って今夜はずっと側についているという。


グレタにエヴァの手首の痣を包帯で隠すように指示したルーカスは、レイモンドのところへ聞きたいことがあって訪ねたのだった。


「そうか……。さっさとこの件はこちら主導で終わらせたい。ティフリス国のやり方は手ぬるい。今夜は聴取を任せたが、明日朝からは我が国の騎士団が聴取を行う。ルーカスも聴取に参加するか?」

「……いや、得意なやつに任せる。俺が行くと、刑を受ける前に殺しかねない」

「ふふ、そうか。エヴァちゃんには辛いだろうが、状況を説明をしなくてはならないな。明日聴取を終わらせたらティフリス国王と一緒にエヴァちゃんに話をすることになるだろう」

「聴取の方法は兄上に任せる。その代わり、エヴァへ、兄上とティフリス国王が会う前に俺から事情を説明しておいてもいいか?」

「ああ、いいぞ。その方がエヴァちゃんも落ち着いて話が聞けそうだ」

「あと……兄上はエヴァの持っているネックレスについて、何か知っているか?」

「ああ、エリザベスの形見だというものだろう?今夜、薔薇の枝がエヴァちゃんを守ったらしいな。きっとその時、力が覚醒したんだろうな」

「力が覚醒?」

「ああ、きっとあの石がエヴァちゃんを正式な後継者として認めたってことさ」

レイモンドはにっこりと笑うと、ルーカスにソファに座るよう促した。

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