17 石の力
重なっていた部分があり、訂正しております。ご指摘ありがとうございます。
目を開いたエヴァは見慣れない天井をぼんやりと見つめた。
(ここは?)
周りに人の気配を感じて頭を動かすと、頭に白いものが目立つ初老の男性が優しい顔をしてエヴァの瞳を覗き込んだ。
「気がついたか?」
「ここはどこですか?」
「王宮の部屋じゃよ。ああ、まだ起き上がらなくていいぞ。わしは宮廷医師じゃ。お嬢ちゃん、安心していいぞ」
「お医者様?」
「ああ、ちょっと怪我をしていないか見せてもらうな」
後ろに控えていた侍女が、湯気が立っているのがわかる温かいタオルで顔や体を拭ってくれる。
とても気持ちがよく、されるがままになる。
侍女が清めてくれたあと、医師がエヴァの両腕や足を調べる。
「腕と脚に青あざができてしまったが数日すれば消えるじゃろう。頬は冷やしておけば良い。足の裏や足首に細かな傷ができているからこの軟膏を毎日塗るように」
裸足で走ったから草で傷がついたのだろう。
「はい、ありがとうございます」
「何があったとは聞かないつもりじゃが、今回は王宮内で起こった為に確認すべきことが一点あった。お嬢ちゃんには申し訳ないのだが、気を失っている間にここにいる侍女と一緒に調べさせてもらっている」
硬い表情でエヴァは頷いた。
舞踏会の夜に男性が女性を王宮内で襲ったのだ。何があったかと想像するのは容易いだろう。調べないと主催者の国王の面子が立たない。
「平気です。調べて下さってありがとうございます」
純潔が失われていないと確認してもらうのは必要だと判ってはいる。
バーク伯爵とのやりとりを思い出して思わず震える手をぎゅっと握りしめた。
気づいた侍女がそっとエヴァの手を優しく包んだ。
「頑張りましたね。もう大丈夫ですよ」
優しい声と温かな手がエヴァの心も解していく。
「心配されて廊下で待っていらっしゃる方がいます。どうされますか?会われますか?」
誰だろう……ルーカス?
どのくらい気を失っていたのだろうか。だいぶ待たせてしまっているのは間違いない。
自分の姿は酷いものだと判っているが、これ以上待たせるわけにも行かない。
逡巡した後、入ってきてもらうようにお願いした。
せめてと体を起こそうとすると、意外に体に力が入らないことに愕然とした。
「時間が経てば体力も回復しますよ」
侍女が体を起こすのを手伝ってくれ、クッションの位置を直して背中をもたれかかれるようにしてくれた。
「ありがとうございます」
お礼を伝えると優しく微笑んでくれた。
扉が荒々しく開かれる音がしたと思ったら、早足でルーカスがベットのところまでやってきた。
「エヴァ、気がついたんだな。よかった。体調はどうだ?」
「ルーカス様、ご心配おかけいたしました」
「本当に大丈夫なんだな?」
ルーカスは宮廷医師の方に向いて再度尋ねる。宮廷医師が頷いたのを見て、息を吐いた。
「俺はこれから一旦仕事に戻るが、また様子を見にくる。ゆっくり休め」
「お忙しいのに、お気遣いくださってありがとうございます。私はもう大丈夫ですので、無理はされないでください」
「俺がそうしたいんだ。気にするな」
優しい声音に思わず縋って甘えたくなる気持ちを堪える。
「あの……ルーカス様、実はお母様のペンダントの石が光って薔薇の枝が守ってくれたのです。何かこの石についてご存じですか?」
「まずはゆっくり休め。調べておこう」
エヴァはこくんと頷く。
「あの侍女はダキア皇国の者で俺の部下だ。信頼できる奴だから安心しろ」
耳元でそっと囁くと、ルーカスは優しく微笑んでから部屋を出ていった。
「さ、わしも部屋に戻るか。今夜はこの薬を飲んで寝なさい。気持ちを落ち着けてくれるから。それと、傷に塗る軟膏を置いておくから1日に何回か塗るように。その辺りはお主に任せていいか?」
侍女が頷いている。
「何かあったら連絡してくれ。お嬢ちゃん、ゆっくり休むんだぞ」
宮廷医師が立ち去った後、侍女がベットの脇までくるとエヴァへ挨拶する。
「私はダキア皇国騎士団所属のグレタと申します。本日よりエヴァ様のお世話をさせて頂きます。どうぞよろしくお願いいたします」
「え?騎士様が?」
「はい。私は騎士というよりルーカス様のなんでも屋みたいなものです。こんなに綺麗なエヴァ様の侍女を任命されて嬉しいです」
見た目はたおやかな女性なのに、はしゃいだように話すグレタを見て面食らった。それでも、明るい表情のグレタを見ていると気持ちが和む。ルーカスの気遣いに改めて心の中で感謝した。
「ここは……王宮ですか?」
「はい、エヴァ様はダキア皇国の要人であるルーカス様、レイモンド様の客人としてこの王宮に滞在しています」
「レイモンド様、ルーカス様の身分は……ダキア皇国の皇子として滞在されているということですか?」
グレタが頷く。
隣国皇子の客人扱いは叔父達やバーク伯爵から守ろうとしてくれる気遣いだろう。ティフリス王国側がエヴァに手を出しにくくなる。
「エヴァ様、よろしければお風呂に入られますか?」
「ええ、入りたいのだけれど……体があまり動かないの」
「力を使いすぎた反動でしょうね。大丈夫です。私がお運びしますから」
「グレタさんが?」
「エヴァ様、どうかグレタとお呼びください。私は一応騎士団所属の獣人ですよ。力があるので、問題ないですよ。さ、お風呂の準備は整っております。行きましょうか」
「獣人?」
「はい、豹です」
思わずまじまじと見つめてしまう。
「あ、尻尾や耳は私は出ていないタイプなんですよ」
自分の不作法さに気恥ずかしくなって思わず俯くと、さっぱりとした口調でグレタが言った。
「出ていないタイプ?」
「獣人と会うのは初めてですか?」
何も知らなくて恥ずかしい思いでいっぱいのまま頷いた。
「人間にもいろんな見た目があるように、獣人も尻尾や耳が出ているタイプや私みたいに出ていないタイプなど色々あるんです」
「そうなのね。何も知らなくてごめんなさい。これからも色々教えてくれる?」
「ええ、もちろんです!ですから、私が抱えて行くこともできますよ。いかがしましょうか」
「いえ!大丈夫です!肩だけ貸してください!」
慌てて返事をした。
グレタが入浴の手伝いをしてくれるという。
誰かに洗ってもらうのは恥ずかしいが、体が思うように動かないので躊躇いながらもお願いした。
ドレスを脱いで改めて自分の体を見ると、青あざが至る所にできていた。両手首には、バーク伯爵の指のあとがくっきりと見えている。伸し掛られた時のものだろう、太ももにも大きな青あざがあった
伸し掛られた時を思い出したエヴァは、湧き上がってくる恐怖感を抑え込もうと必死に努力をしてみるが震えが止まらない。
「エヴァ様、大丈夫です。ここには私とエヴァ様二人だけです。ご安心なさってください」
グレタが優しい声で、何度も何度も大丈夫と言ってくれたおかげで大分震えが収まってきた。
「エヴァ様、髪の毛を洗いますね。目を瞑っていてください。そのまま寝てしまっても大丈夫ですからね」
そういうと浴槽に入ったままのエヴァの髪の毛をゆっくりと洗い流してくれる。
グレタの優しい手つきが気持ちがよくて、言葉に甘えてそっと瞳を閉じた。




