表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/47

16 棘

残酷な描写、暴力的な描写があります。

苦手な方は飛ばしてくださいませ。

「辺境伯はこうなることを了承したよ。さぁどうやって楽しもうか」


エヴァは下卑た薄笑いを浮かべるバーク伯爵を睨みつけた。

「絶対にあなたの思い通りにはならない」

お腹に力を込めて、エヴァは近付いてきたバーグ伯爵の顔に自分の頭を思い切りぶつけた。

「ゔ……」


どうやらバーク伯爵の鼻にエヴァの頭が当たったようだ。鼻から(おびただし)い量の血が流れ落ちる。

余程痛いのだろう。エヴァの上に覆いかぶさっていた体が離れ、鼻を押さえて床に(うずくま)っている。


エヴァは飛び跳ねるように起きると、扉まで走った。

扉を開けて外に出ようとした時、後ろから腕を引っ張られ、また室内に戻されてしまった。

扉を背にしたエヴァは、鼻から血を流したまま憤怒の表情を浮かべているバーグ伯爵と向き合った。

「気の強い女は好きだが、やりすぎだ。私を怒らせたな」

額に青筋を張らせ、目尻を吊り上げたバーグ伯爵が怒りと苛立ちを含んだ声で言う。


エヴァは伯爵を睨んだまま、気付かれないようにそろそろと後ろ手で扉のドアノブを探りあて、握りしめる。


「悪ふざけはここまでだ」


バーク伯爵との間合いを計る。

一度しかチャンスはない。


(今だ!)

バーグ伯爵がエヴァに向かって一歩足を踏み出し、二歩目を踏み込んだ時に、股を一気に蹴り上げた。


蹲って動かなくなった伯爵を横目で見ながら、扉を開けたエヴァは廊下を駆け出す。

闇雲に走っていると、先ほど通った見覚えのある回廊に出てきた。

(ここを真っ直ぐ走ったらホールだわ)

ほっとして後ろを振り向くと、追ってくる伯爵の姿が見える。

(まだ追ってくるの?)

エヴァは慌てて走り出したけれど、恐怖で足が強張りドレスの裾も邪魔をして思うように走れない。振り返る度に、距離を縮められている気がする。

どうしよう、このままではホールに辿り着く前に追いつかれてしまう。


気持ちばかり焦り、思うように動かない体にやきもきする。


そんな時、夜風に乗った薔薇の花の香りをエヴァは感じた。一気に焦っていた心が静まるような感覚を感じる。薔薇の香りに誘われるように、エヴァは回廊から外へ飛び出した。

青白い月の光が、辺りを明るく照らしている。

いつの間にか靴は脱げ、裸足で王宮の薔薇園に向かって走っていた。


薔薇の香りが濃くなり、薔薇園まで来たとわかった。

「俺によくもこんな仕打ちをしやがって……」

後ろから怒気を孕んだ声が聞こえてくる。

(もう追いつかれてしまった)

薔薇園の中でエヴァは呆然と立ちすくんでしまう。


隠れるところがない。


覚悟を決めたエヴァは、声の方に向き直った。

怒りで赤くなった顔のバーク伯爵が肩で息をしながらエヴァを睨みつけている。

「ふん、逃げ回りやがって。もう許さない。俺をこけにした分は倍にして痛めつけてやる。お前の純潔をいたぶりながら散らした後、隣国へ奴隷として売ってやろう。俺にはむかったことを一生後悔して生きていくんだな」


(お父様、お母様、どうか私を守って)

エヴァは首から下げていた、母の形見のペンダントの赤い石をぎゅっと握りながら祈る。

(どうかこんな卑劣な男に負けない力を貸して)


突然、手の中にある石が光り輝き出した。


それと同時に周りの薔薇の枝が一斉に伸びはじめ、みるみるうちにエヴァを覆い始める。

エヴァは驚きの余り足元がふらついて地面に座り込んだ。

まるで意思を持っているかのような薔薇の枝はドーム状になってエヴァを覆い隠してしまった。


薔薇の枝に囲まれた空間で呆然としていたエヴァは、バーク伯爵が何か叫んでいる声で我に戻った。ぎゅっと握りしめていたままだった手をゆっくりと広げてみると、ペンダントの赤い石はまだ淡い光を放っている。

「綺麗な光……守ってくださったのね。お父様お母様、ありがとうございます」

もう一度石をぎゅっと握りしめ、額に押し当てたエヴァは静かに涙を零した。


バーク伯爵の叫ぶ声が一旦止んだと思ったら、大勢がやってくる足音が聞こえた。

薔薇の枝に囲まれたエヴァには外が見えない。息をひそめて薔薇の枝の中で身を縮めた。


「エヴァ、無事か?」

耳障りのいい優しい低い声音がエヴァを呼ぶ声が聞こえる。

ルーカス様?

「俺だ、ルーカスだ。エヴァ、聞こえるか?」

「ルーカス様?」

「エヴァ、この中にいるんだな?」

「はい」

「そうか。うるさいのを片付けてくるから、少しだけそこで待っていてくれるか?」

安堵のこもったルーカスの声に安心して、張り詰めていた気持ちが緩む。

「わかりました」

「また声をかける。側にいるから心配するな」


そういうとルーカスはどこかへ向かったようだった。

外の音がぼんやりと聞こえてくる。

何か喚くような声が聞こえたと思ったら、大勢の足音と一緒に声が遠くなっていく。


しばらくすると、また薔薇の枝の外からルーカスの声が聞こえてきた。


「エヴァ、もう大丈夫だ。出てきていいぞ」

「ルーカス様、どうやって出ればいいのかわからないのです」


棘のある薔薇の枝がしっかりと絡み合っているのがわかる。エヴァを守ってくれた枝を切るのは忍びない。

どうやってここから出ればいいのだろう。


「外はもう安全だから、そこから外へ出たいと念じてみろ」

「はい、やってみます」


エヴァは石をぎゅっと握りしめて念じる。

(私を守ってくれて本当にありがとうございます。ルーカス様が来てくださいました。もう安全だそうです。どうか私を外に出していただけますか?)


手の中で淡く光っていた石がまた明るく光り輝き出した。

薔薇の枝がするすると解け、元に戻っていく。エヴァを覆っていた枝があっという間に無くなった。

何事もなかったかの様に、元の薔薇園の様子に戻ると手元の石も光を失った。


座り込んでいるエヴァの前に立っていたのは礼服を着たルーカスだった。

ルーカスはエヴァを覆っていた薔薇の枝がなくなると、エヴァの前で跪き、硬い表情で覗き込んできた。

「エヴァ、怪我は?血の匂いがする」

思わずルーカスの視線の先をみると、首元から胸元にかけて血がついている。

「これはバーク伯爵の血です。……お母様のドレスが汚れてしまいましたね」

がっかりしながら自分のドレスを見下ろす。胸元には血のシミがいくつもできている。庭にしゃがみ込んでしまったから、裾も土で汚れているだろう。


「顔を叩かれたのか?」

顔をあげたエヴァを見たルーカスが、悲痛な声で尋ねながら腫れた頬に手をそっと当てる。

「そういえば叩かれました」

逃げることに必死で痛みを忘れていたが、気がついてしまうとジンジンとする痛みと熱を感じ始める。

「来るのが遅くなってすまなかったな」

泣きそうな顔のルーカスをぼんやりと見つめた。

(なんでルーカス様が泣きそうな顔をしているの?)


「ルーカス様が助けにきてくださって助かりました。ありがとうございます」

ヘラヘラ笑った顔になったかと思うと、エヴァの瞳からポロポロと涙が落ちた。

「あれ……すみません、泣くつもりなかったのに……止まらない」

「よく頑張ったな。もう大丈夫だ」

ルーカスの言葉に込み上げてくる涙を止めることができなかった。

跪いていたルーカスが、自分の上着を脱ぐとエヴァの肩にかけて優しく囁いた。

「さ、行こうか」

上着からふわっとルーカスの香りがする。見上げると不安そうな表情のルーカスと視線がぶつかった。

「エヴァに俺が触れても大丈夫か?」

状況から何があったのか察知しているのだろう。

一瞬考えたエヴァは、こくんと頷いた。

泣き笑いのような顔をしたルーカスが、エヴァを横向きに抱き上げると歩き出した。

「ルーカス様?私歩けますよ」

予想していなかった状況にエヴァは慌ててしまう。

ルーカスの腕がさらに力を込めてエヴァを引き寄せたのがわかった。

「靴を履いていないだろう。エヴァを抱き上げて歩くくらいなんともない」


心地よい振動にだんだん意識がぼんやりとしてきた。

色々聞きたいことがあるのに、段々と口を開くのが億劫になってくる。

エヴァの様子に気づいたルーカスが口元をあげて囁いた。

「目を瞑っていていいぞ。またゆっくり話そう」

「ルーカス様、イヤリングを送ってくださってありがとうございます」

「ああ、とても良く似合っているな」

ルーカスは満足そうにエヴァの耳元を眺めた。

ぼんやりとしたまま、エヴァはルーカスの端正な顔を下からじっと見つめる。

「どうした?」

「もう会えないと思っていたので、ルーカス様にもう一度お会いできて嬉しいです」

柔らかく微笑んだエヴァはそのままぷっつりと意識を失った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ