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14 贈り物

王都へ着いて数日後、ついに王宮舞踏会が開かれる日がやってきた。


叔母や従姉妹達は舞踏会の準備や王都見物に浮かれていたのか、エヴァのことを忘れたかのように接触をしてこなかったから、エヴァも一人でゆっくりと過ごすことができた。

領地と違いエヴァの髪の色や瞳の色が悪目立ちするだろうと思い、マントを被って街の散策もした。

ただ意外だったのは、街では様々な瞳の色や髪の色の人達を見かける。

田舎の領地よりも、もしかしたら過ごしやすいかもしれないと思えたことは、良い収穫だった。


自分もメイドのふりをし、買い物にきていた貴族の使用人の数名にさりげなくバーク伯爵のことを聞いてみたけれど、噂以上の収穫はなかった。

嗜虐的な性格であり、妻とは全員死別という話しか出てこないと言うことは、本当にそうなのかもしれないとエヴァの心を重くしたけれど、本人に会うまでは噂を信じるのはやめようと決めた。


王宮舞踏会の当日、叔母と従姉妹達は朝から大忙しだった。

案の定、叔母はエヴァのドレスなど全く準備をしてくれていなかった。

「あら、てっきり手配したと思ったのだけれど、エヴァのドレスがないわ。どうしようかしら」

「お母様、私のお古のドレスでよければ差し上げてもよくてよ」

「まぁ、アマンダは優しいのね。良かったわね、エヴァ」

また三文芝居を見せられていたエヴァは、アマンダが持ってきたドレスをみて思わず顔をしかめそうになった。

濃いピンク色で、これでもかと言うほどリボンがついていてお世辞にも上品には見えない。

「ご配慮、ありがとうございます。実は手持ちのドレスを手直しして持ってきております。そのドレスを着たいと思います」

エヴァの手持ちのドレスは自分達のお下がりしかないとわかっているアマンダは、きっとこのドレスより悲惨なはずと勝手に思い込み、それならそのドレスを着なさいと上機嫌でエヴァに告げた。


わかっていたことだが、エヴァの支度を手伝ってくれる人はいない。髪型は、自分でできるような簡単な結い方をアニーと練習してきた。化粧道具もアニーがこっそりと用意してくれたものを持ってきた。

一人で準備をしたあと、母のドレスに身を包む。


姿見に映してみると、そこには“銀の妖精”と領民から喩えられた母に似た美しい少女の姿があった。

「お母様……」

思わず母の名を呼ぶ。

胸元で揺れるガーネットのネックレスをぎゅっと握りしめて祈る。

──お父様、お母様、行ってまいります。どうか私を見守っていてください。


叔父は国王との謁見が舞踏会前にある為、一足先に王宮へ向かったと聞いている。

叔母と従姉妹達と同じ馬車で行くのは気が重いが、この屋敷から王宮まではそこまで離れていない。

数十分の我慢だわ、と自分にいい聞かせて下へ降りていくため部屋を出ようとした時、バルコニーの方から窓ガラスを数回叩くような音がした。


──何?


警戒しながらバルコニーの窓をみると、窓の外で黒ずくめの男性が跪いているのが見える。

顔を俯けているため顔は見えないが、胸元にダキア皇国の国章が見えた。


──この部屋は三階よね?

男の姿を見た時は恐ろしくて思わず息を呑んでしまったが、国章をみた瞬間にルーカスかレイモンドの遣いだろうと直感した。

エヴァは護身用の短剣を隠し持ちながら、恐る恐るバルコニーの窓を開けた。


黒ずくめの男は跪き俯いたまま、静かな声で告げた。

「ご令嬢のお部屋を突然訪ねて大変申し訳ございません。私はルーカス様の従者を務めている者です。我が主ルーカス様より、こちらのものをエヴァ様へと預かって参りました」

そういうと、俯いたままエヴァの方に小箱を差し出した。

──ルーカス様から?

「申し訳ないのですが、あなたのお顔を見せて頂いてもいいですか?」

エヴァの言葉を聞いた男が顔をあげる。

確かに辺境伯の屋敷でルーカスと共にいるところを見たことがある顔だった。


少し躊躇った後、小箱を受け取る。

「中を見てよろしいのでしょうか?」

「はい、それはエヴァ様のものでございます」


開けてみると中には、大きな雫型にカットされたガーネットのイヤリングが入っている。


「まぁ……」

思わず声が漏れてしまうほど、素晴らしいものだった。


「こんな素敵なものを頂くわけにはまいりません」

思わず小箱を黒ずくめの男に返そうとすると、男は口を開いた。

「ルーカス様から伝言がございます。今日の王宮舞踏会で身につけて欲しいとのことです」

嬉しいけれど、こんなに素敵なものを貰ってもいいのかしら。

黙ってしまったエヴァの内心の葛藤が伝わったのだろう。

「エヴァ様が着けてくださらないとルーカス様が悲しみます」

少し柔らかくなった声音で背中を押すように男が言う。

「わかりました。ありがたく頂戴いたします。ルーカス様へ感謝の気持ちをお伝えいただけますか?」

「承知いたしました」


男は返答するや否や姿を消した。

思わずバルコニーの手すりから下を覗き込むが誰もいない。

──もういない。すごいわね。


手元に残った小箱をぼんやりと見つめる。

ルーカス様……私が何も宝飾品を持っていないことをご存じだったから気を遣ってくださったんだ。

小箱を開けて、イヤリングをもう一度眺める。

ルーカス様の瞳の色、そして母の形見のネックレスの色。


姿見の前でイヤリングを着けた。動くたびに、雫型が耳元で揺れる。


ルーカス様、ありがとうございます。

胸を張って出席してきますね。


心の中で呟くと、お腹に力を入れ姿勢をただしてエヴァは階下へと向かった。



案の定、王宮へ向かう前にエヴァの姿を見た叔母達は眉をひそめた。

酷い格好をしてくると思って嘲笑うつもりでいたのだろう。

予想以上に美しく着飾っているエヴァを見た叔母からしつこく注意を受ける。

「エヴァ、あなたは()()ではないのだから、決して王子の前へ出てはなりませんよ」

従姉妹達も忌々しげにエヴァを睨んでいる。


王宮側が手配した馬車に乗っていく為、三人は露骨にエヴァに手が出せないのはエヴァにとって唯一の救いだった。何か騒ぎを起こせば王太子妃の座に関わるからだ。

三人からのねちねちとした言葉と視線を意識の外に追い出してやり過ごせば、もう王宮だった。


王宮はとにかく広かった。

門から舞踏会が開かれる宮殿までも馬車で数分かかり、広大さに驚きながらも窓からの景色を楽しんだ。

王宮には立派な庭園や薔薇園があると聞いている。今夜、見に行ける機会があるといいのだけれども。


馬車が舞踏会の会場に着くと、王宮のポーターが馬車から降りるのを手伝ってくれる。

降り立ったエヴァ達は王宮の絢爛さに圧倒された。


会場には家名を呼ばれてから入場となる。下位貴族より呼ばれるため、辺境伯令嬢であるエヴァ達は後の方だ。

入場待ちしていると、出席者からの視線を痛いほど感じてしまう。


「スタール辺境伯様、ご機嫌いかがですか?」

ねっとりとした声音の男性が合流してきた叔父に挨拶をしてきた。

「これは、バーク伯爵。おかげさまで。伯爵もお元気そうですね」

「私の将来の妻は……」

にやりと笑いながら、視界にエヴァを捉えると身体中にまとわりつくような視線を寄越してきた。

「これはこれは……お噂通り美しい妖精のようですな」

ニタニタとした笑みを浮かべながら、エヴァへ挨拶をする。

エヴァも失礼がない程度の挨拶を返したが、全身が粟立つような感覚を覚えていた。

「それでは辺境伯、また後でお話しましょう」

伯爵は目配せをした後、ほくそ笑みながら去っていく。


やりとりを面白そうに見ていた叔母や従姉妹達がくすくす笑っているのが視界に入る。


あの人なのね。

無遠慮にエヴァの全身を隈なく物色するような視線を受けて、身体中に走った粟立つような感覚が忘れられない。思わず身震いをした。


やっていけるかしら。

すでに第一印象から苦手意識が出てしまっている。

覚悟は決めていたはずなのに……と気持ちが落ち込んでいく。


そうこうしている間に、辺境伯家が呼ばれる順番が近づいてきた。

叔父は叔母のエスコートを。

従姉妹達はそれぞれ、叔母の親族である子爵子息達がエスコートをするようだ。

子爵子息達はエヴァのことが気になるのかちらちらと横目で見ている。

それが従姉妹達は気に食わず苛ついているのだが、バーク伯爵のことで頭がいっぱいになってしまったエヴァは気づかなかった。

エヴァをエスコートする人は誰も用意されていない。エヴァとて、エスコート無しはマナー違反になると知っている。

叔母達の嫌がらせだとわかっているエヴァは、どうでもいいと投げやりな気分でいた。

入場して暫くしたらすぐに抜け出して終わるまでどこかに隠れていようと考えていると、人々のざわめきが大きくなる。

何事かとざわめいている方を見ると、肩下まである光り輝く金色の髪を一つにまとめ、端正な顔を真っ直ぐエヴァの方に向けて歩いてくるレイモンドの姿が見えた。


近くまで来たレイモンドはエヴァへ笑顔を向けた後、叔父の辺境伯へ声をかけた。

「辺境伯、ご機嫌よう。先日はお世話になりました。今夜エヴァ嬢のエスコートをさせていただくお許しを頂きたいのですがいかがでしょうか」

その言葉を聞いて最初に反応したのは、従姉妹達だった。

「コーキノス子爵様、私と是非行きましょうよ」

「ええ、エヴァではなく私と是非!」

レイモンドは顔に浮かべた笑顔を崩すことなく、優しく二人に答える。

「お二人にはすでにエスコートされるパートナーの方がいらっしゃるではないですか。お二人をエスコートできる名誉を彼らから奪うつもりはありませんよ。舞踏会に参加するつもりはなかったのですが、急遽参加することになり私もパートナーがいないのです。エヴァ嬢もいらっしゃらない様子なので、パートナーがいない者同士、ぜひエスコートをさせて頂きたいのです」

笑顔で二人を黙らせた後、レイモンドがエヴァへ向き直る。

「エヴァ嬢、今夜のエスコートの栄誉を私にいただけませんでしょうか」

突然のことに驚いていたが、エヴァとしても助かる話だった。

「コーキノス子爵様。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」


入場の順番が近づき、列に並んだ二人は周りに聞こえないような音量で挨拶を交わした。

「エヴァちゃん。今日の姿は一段と美しいね」

「ありがとうございます。レイモンド様、今日は子爵として参加されるのですか?」

「まだ子爵の仕事が残ってるんだ。それと、可愛い弟の心配事を取り除いてあげたくて」

「ルーカス様の?」

何を心配されているんだろう。

レイモンドは首を傾げたエヴァに笑顔を向けると、視線を耳元へとうつした。

「そのイヤリング、とても君に似合っているね」

「あ、はい!ルーカス様から頂いたものです。持ってきてくださった方へお礼を伝えて頂くようお願いはしたのですが……今日はルーカス様はレイモンド様のお付きの方として王宮に来ていらっしゃるんですか?」

恥じらって頬をほんのり赤く染めたエヴァにレイモンドが揶揄うように言う。

「ルーカスに会いたかったかい?残念だけど今は王宮にいないんだ。急遽できた仕事を大急ぎで片付けている頃だと思うよ」

「いえ、そんな……そうですね……もしお会いできたら直接お礼をお伝えしたかったのですが。お仕事が大変なのですね」

「ふふふ。弟が今回の旅で、ものすごく成長してくれてね。お兄ちゃんは寂しいやら嬉しいやらなんだよ」

レイモンドはにこにこと嬉しそうだ。

「ご兄弟で仲が良くて素敵ですね」

「うん、ちょっと前までは反抗期とかあって、それも可愛かったんだけどね」

「反抗期……今のお姿からは想像できないですけれど、とても可愛らしいお話を聞いた気がします」

ふふふと思わず声が出てしまった。


口元を緩めたレイモンドがエヴァを見つめた。

「どうかされましたか?」

「なに、今のエヴァちゃんは領地で初めて会った時よりもずっと幸せそうだ。君にはそうやって笑っていて欲しいと思うよ」

「今の私は幸せそうに見えますか?」

レイモンドの言葉に驚いて思わず問いかける。

頷いてくれた姿に、ルーカスが重なる。

幸せそうに見えるなら、それは……

「きっとルーカス様のおかげです。領地には何でも話せる友人がいませんでした。ルーカス様とは私の出自のことも含めて色々お話ができたのです。そして、自信も与えてくれました。だから……レイモンド様からそう言って貰えるのかもしれません」

「うわぁ!本当にエヴァちゃんいい子だね。ルーカスに聞かせてあげたかったな」

「恥ずかしいからそれはやめてください!」

あははは……と笑うレイモンドがひとしきり笑った後、

「ルーカスをちゃんと見てくれる人がエヴァちゃんでよかったよ」

「どういうことですか?」

「あの子の出自を聞いた?」

「ええ、教えてもらいました」

レイモンドとは異母兄弟で、純血の吸血鬼ではなくダンピールだと教えてもらった。


「あの子の場合は出自も身分も邪魔して、話せる相手が余りいないんだよ。国では一番強くて騎士団長だしね。だからあの子も君に会えて良かったなと思ったんだ」

「そう言ってもらえると嬉しいです。でも……もうお会いすることは難しくなりますが」

さっきのバーク伯爵のことを思い出して一気に憂鬱な気持ちに襲われる。

「どういうこと?」

「おそらく今夜にでも、私の婚約が書面で取り交わされると思います。そうなるとルーカス様とは会えなくなるな、と」

「なるほど。でも多分そうはならないと思うよ。あの子も頑張ってるからね」

「えっと、それは……どういうことでしょうか」

「ふふふ、そのうちわかるよ。さ、そろそろだね。気持ちの準備は大丈夫?」

「はい、緊張していますが……レイモンド様とご一緒できて心強いです。お気遣い下さってありがとうございます」

「僕もエヴァちゃんのデビュタントのエスコート役になれて光栄だ。さ、行こうか」


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