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12 嵐

目の前の二つのお墓に持ってきた花束を供える。


「お父様、お母様、王都へ行ってきます。もしかしたら、もうここには戻れないかもしれないの。でも私は大丈夫だから心配しないでね。二人の娘として恥ずかしくないようにデビュタントをこなしてくるわ。お父様がお母様にプレゼントした緑のドレスを着ることにしたの。お母様のネックレスもつけていくわ。二人にその姿を見てもらいたかったけれど……きっとお母様に似ている私ならちゃんと着こなせるわよね。天国から見守っていていてね」


そっと二つの墓石に唇を落とす。

もうここには帰ってこれないかもしれない。

その覚悟ができていたはずだったのに、とめどなく涙が零れ落ちるのを止めることができなかった。



王都へ出発する日の未明に両親の墓参りを済ませた後、ロジャーとニックのところへ挨拶に寄った。

「ロジャーもニックも今までありがとう。体には気をつけてね」

「お嬢、もう戻らないみたいに言うなよ。またあいつらと戻ってくるんだろう?」

「そうね。戻ってきたいわ」

ニックの少し怒った口調も、ちょっと鼻の頭が赤いのも理由はわかっているけれど、エヴァは分からないふりをしてにっこりと微笑む。

二人にはエヴァの笑顔だけ覚えていてほしい。

「お嬢様、どうかお気をつけて。約束した言葉は本心ですからな、忘れないでくださいね」

ロジャーは薔薇の花びらが詰まった瓶をエヴァに手渡した。

「これは?」

「薔薇園の薔薇の花びらです。隣国からの方々が王都で必要になるかもしれません。もし彼らが必要なければお嬢様が持っていてください」

「ロジャー……あなた……」

「以前エリザベス様と一緒に薔薇園を案内させてもらっていましたので」


ロジャーはレイモンドがダキア皇国皇太子と知っていたのか。吸血鬼だとも、そして薔薇の生気を好むことも。


「ありがとう。頂くわね」

ロジャーの配慮に感謝して、「行ってきます」と微笑んだエヴァは小屋を後にした。




戻ってこれないことを覚悟で荷造りしたのに、結局トランク一つで済んでしまった。

アニーは「お嬢様、物が少なすぎておいたわしい」と言っていたけれど。


「アニーも元気でいてね。ずっと側にいてくれてありがとう。心強かったわ。もし、戻れなくても手紙はちゃんと出すからね」

明るい声と笑顔を意識しながらアニーの手をぎゅっと握る。

アニーにも私の笑顔を覚えていて欲しい。

泣き虫のアニーはすでに涙腺が崩壊していた。

「アニー泣かないで。私は大丈夫だから」


そう『大丈夫』だわ。

自分の心に言い聞かせて今まで生きてきた。これからも言い聞かせていくだけ。




結局レイモンドの一行は、辺境伯家と一緒に王都入りをすることにしたようだ。

遠出をした日から、エヴァはルーカスに一度も会えないままだった。レイモンドとルーカスはほとんど屋敷に戻っていなかったようだ。厩舎を覗いてもロシェや他のダキア皇国の馬がいないことが多かった。

ロシェに会えないことが残念なのか、ルーカスがいないことが残念なのか……厩舎を覗く度にがっかりしてしまう自分の感情を深掘りするのは怖かったから考えない様にした。


今回辺境伯家からは二台の馬車が出ている。叔父一家が乗っている一台とエヴァは使用人達の馬車だ。エヴァの乗る馬車の質は落ちるが、叔父一家と道中ずっと同じ馬車よりずっといい。

王都までは馬車で二日間の旅になる。一日目の今日は途中の街で宿をとるそうだ。


読んでいた本を閉じたエヴァは、馬車の窓にかかっているカーテンを少しずらして外を覗いた。

ロシェに乗って前を向いているルーカスの姿が見える。レイモンド達一行は皆、馬に乗り馬車の周りに位置している。

ルーカスは前を行く叔父達の馬車ではなく、後方のエヴァの乗っている馬車の近くに陣取っているようだ。

まるでルーカス達が私達を護衛してくれているような配置に驚く。

辺境伯騎士団よりルーカス達の方が強いのだろうとは想像はつくけれど、本来は逆ではないだろうか。


視線に気づいたのかルーカスがエヴァの方を振り向いた。マントを(なび)かせロシェに跨っている姿はとても凛々しい。

窓越しに二人の視線が交差する。不意にルーカスの形の良い口が少し上がったのがわかった。

その表情にどきっとしながらも、表情に出ないように意識してこっくりと頷いたエヴァはまたそっとカーテンを戻した。


何度か休憩をとった後、夕方に宿がある街に到着した。レイモンド達も同じ宿に泊まるようだ。

移動中の休憩の度に、レイモンドの側に従姉妹達が押しかけていた。レイモンドの側に従者として付き従っているルーカスの見目の良さも従姉妹達からは好奇の目で見られているようだった。


(あ、またボニーがルーカス様の腕に触っている)

(またマチルダがルーカス様に体を押し付けている)


ルーカスの方を見る度に側に群がる従姉妹達の行動が目についてしまう。

エヴァは心がむずむずするのが嫌で、休憩の時は皆から離れた場所で一人でぼんやりと過ごしていた。


宿では使用人部屋をあてがわれた。叔父達はレイモンドたちの前でエヴァを貶めることを隠すのはやめたらしい。娘達が王太子の婚約者候補だということが、気を大きくしている理由だろう。


流石に個室を与えられたが、入ってみるとベットがあるだけの狭い部屋だった。

(ベットがあるだけマシね。ここで十分だわ)

流石に半日以上馬車に揺られ続けていたので、疲れを感じる。はしたないと思いつつもベットの上に体を投げ出すように横たわると、引きずりこまれるような眠気に襲われたエヴァはそのまま瞳を閉じた。


ぼんやりと覚醒したエヴァが窓の外を覗くとすっかり日が落ちている。空腹を覚えたエヴァは体を起こすと大きく伸びをした。


もう叔父達やレイモンドの夕食は始まっているだろう。どちらにしてもエヴァが夕食に呼ばれることはない。何か厨房でもらってこよう。

置いてあった水差しと(たらい)で顔を洗ったエヴァは、すっきりとした気分で部屋を後にして厨房へと向かった。


意外に大きな宿だったようだ。すぐに見つかると思っていた厨房の場所がわからず途方に暮れていたエヴァは宿の従業員がいないかときょろきょろと探し歩いていた。ちょうど夕食どきで忙しいのか、従業員が見当たらない。


どうしようかと立ち止まって窓の外をみると、大きな湖が見えた。ぼんやりと眺めていると、遠くから雷鳴が聞こえた。同時に大粒の雨が降り出し、風で激しく窓ガラスを雨粒が叩く。

突然、空が光って雷が湖に落ちた。

(嵐が来た……)

嵐は嫌な思い出しかない。雷鳴と雨粒が叩きつける音だけの世界に、頭が真っ白になる。

思わず窓から後ずさると、どんと何かに背中がぶつかった感触がした。振り返ろうとした瞬間、窓の外が明るく照らされ、バリバリと空気が割れるような雷鳴が鳴り響いた。悲鳴をあげたエヴァは、突然後ろから抱き止められ頭が混乱する。

「エヴァ!俺だ!ルーカスだ」

耳元で繰り返し伝えられる言葉を漸く理解した時、エヴァはぎゅっと抱きしめられていた。

エヴァが離れようと身を捩ると、絡められた腕にさらに力が入って抱き込まれる。

耳元で聞こえていた単語を寄せ集めると、今エヴァを抱き込んでいるのは……

「……ルーカス様?」

「ああ、落ち着いたか?」

腕の力が緩んでエヴァが自由に腕の中で動けるようになったのがわかった。

「私……何を?」

恐る恐る視線を目の前の胸元から顔の方へとあげていくと、間近にルーカスの整った顔が飛び込んでくる。柔らかな赤い瞳を見つめると、ルーカスがほっとしたように息を吐いた。

「よかった。戻ったな」

「戻った?」

「ああ、ずっと……悲鳴をあげていた」

「……悲鳴を?」

雷が湖に落ちて驚いたところまでは覚えている。思わず窓の外をみると、大粒の雨はまだ降り続いているが雷雲はもう過ぎ去ったようだ。

エヴァの頬をルーカスの親指が拭っている。思わず固まってしまったエヴァに優しくルーカスが声をかけた。

「悲鳴をあげながら泣いていた。何があった?」

自分でも頬を触ってみると、涙を流した跡があった。


エヴァは「ルーカス様、ご迷惑をおかけし申し訳ありません」と言いながら、ルーカスの腕から逃れようと動いてみる。

「ルーカス様?」

吸血鬼の力は強いと言っていたことを思い出す。ルーカスが力を緩めてくれないと抜け出せない。

「ルーカス様、もう落ち着きました。どうか……離してください」

今、周りに人はいないとはいえ、宿の廊下だ。いつ何時、誰が通りかかるかわからない。

ふーっとルーカスが大きく息を吐いた。

「わかった……離すから、何があったか教えてくれ」

いいな?と念を押されたエヴァがこくこくと頷くと、漸くルーカスが体を離した。


「取り乱してしまい申し訳ありませんでした」

ルーカスに頭を下げた。

「いや、ちょうど通りかかった時に貴女を見つけたから声をかけようとしたんだ。声をかけたせいで驚かしてしまったのなら申し訳ない」

「いえ、違うんです。取り乱していた時のことを覚えていないのですが、雷のせいなんです」

「雷?苦手なのか?」

「雷が鳴り響く嵐の日に両親が馬車の事故で亡くなったのです。その夜、私はずっと窓の外を見ながら両親の帰りを待っていました。雷が何度も鳴って、何度も光っていたことを覚えています。どうしてもさっきみたいな天気の時は事故を思い出してしまって……ただ、いつもは取り乱すことはないのですが、今日はどうしてか……迷惑をかけてしまい本当にすみませんでした」

「今日は……ずっと馬車に乗っていた、からかもな」

取り乱した状態を見られたことや迷惑をかけたことが申し訳なくて俯いていると、ふわりと頭にルーカスの手が乗せられたのがわかった。

「今は怖くないか」

「はい、もう平気です」

まるで幼子にするかのようにエヴァの頭を撫でるとルーカスの手が離れた。

大きな手を追うようにエヴァが顔をあげると、柔らかな瞳に見つめられた。

「まだ、顔色が悪いな。もう夕飯は食べたのか?」

「いえ、まだだったので厨房で何かもらおうと思ったのですが、場所がわからなくて」

「迷子だったんだな」

口元をあげたルーカスは、エヴァの手をとると「厨房にいくぞ」と歩き出す。


「ルーカス様?」

「俺もまだだ。一緒に何かもらいに行こう」

「え?でもレイモンド様とご一緒だったのではないのですか?」

「貴女の従姉妹達が煩わしかったから、逃げてきた」

「逃げてきたって……よろしいのですか?」

「女性の扱いは兄上の方が上手いから任せておけば良い」

繋いでいるルーカスの手が温かい。

従姉妹達がベタベタとルーカスに触っていたことが不愉快だった気分が溶けていくようだった。


難なく厨房に辿り着いたルーカスは2人分の夕食を頼むと、厨房近くにあるテーブルにエヴァと共に席に着く。


「ルーカス様はどこかへ行く途中ではなかったのですか?」

「あー……そうだな、貴女を探していた」

少し顔を背けてルーカスが答える。

「私を?何かありましたか?」

「いや、移動中の休憩時間に貴女の姿が見えなかったからちょっと気になって」


ドキッとして肩が跳ねる。私のこと気にしてくれていたのかしら?私ったら子供っぽく従姉妹達の行動に目くじらを立ててしまったのに。


思わず狼狽えたエヴァの顔が赤くなったり青くなったりするのを、じっと見ていたルーカスはふっと口元を緩めた。

「もしかしたら、貴女の従姉妹達が俺に構うから避けていたのか?」

「あ、えっと……そうです。申し訳ありません。私なんかがそんなこと思うのは烏滸がましいのですが、二人がルーカス様にベタベタ触っているのを見るとなんだか胸の辺りがむずむずしてしまって……」


あわあわしながら話していたエヴァは、ちらりとルーカスの様子を窺うと見開いた赤い瞳と視線が絡み合う。ルーカスは口もとを手の甲で覆いながら、照れくさそうに目線を外した。


「あれ?私、何か変なこと言いましたか?」

「いや、違う……違わない。貴女が……」

はぁと大きく息をルーカスが吐き出した時、タイミングよく、料理がテーブルに届けられた。

「ほら、食べるぞ!」


ルーカスが食べ出したのを見て、慌ててエヴァも目の前の食事に集中することにした。


食事が終わったあと、ルーカスはワインを頼み、エヴァは温かいハーブティーをもらった。


「顔色がよくなったな」

ワインを飲みながらルーカスが瞳を柔らかく細めた。


「はい、ありがとうございます」

「この町から王都へは近い。明日の昼過ぎにはつくだろう。タウンハウスへ行くのか?」

「はい、そう聞いています。ルーカス様達は……王都のどこに滞在されるのですか?」

流石に王都に着いてまで、辺境伯のペントハウスに行くのは考え難い。

「ああ、こういう時のための邸が一つあるんだ」

「そうなんですね。……それでは、明日でお別れですね」

ぎゅっと手元のハーブティが入ったカップを両手で包み込むようにもつ。


なんだか無性に寂しい。


「ああ、でも、王宮の舞踏会に兄上が出席するかもしれない」

「え?そうなんですか?」

「ルーカス様は?出席されないのですか?」

「正装とかダンスとか面倒くさいだろう。従者として入れば会場まで行かなくてすむ」

従者は会場には入れず、待機室までしか入れない。

「それに、俺や兄上の容姿は目立ちすぎるんだよ。二人も行く必要ない」

確かに二人とも、端正な顔に輝くような金色の髪を持ち、均整の取れた体躯をしている。

物語に出てくる王子様そのものだ。ましてや、ティフリス国では目立つ色を持っている。

叔母や従姉妹達の行動を思い出すと、舞踏会へ行けばもっと女性が寄ってきて大変だろうと想像に難くない。


「それではルーカス様とはもう会えないのですね」

エヴァはぽつりとこぼした。

「なんだ、俺に会いたいのか?」

揶揄うようにルーカスが言った言葉に素直に頷いた。

「はい、こうやってルーカス様とお話する時間は楽しいです。幼馴染以外にお友達もいなかったので……。でも、ルーカス様も近いうちに国に戻られるでしょうし、私も婚約をしたらこうやってお話することもできなくなるでしょうし……」

上機嫌に見えたルーカスの表情がみるみるうちに硬くなった。

「婚約したって話せるだろう」

「いえ、私の想像ですが、もう領地には私は戻れないと思います。叔父が私を連れ帰るつもりがあるようには見えません。舞踏会の時に婚約の書類を交わしてそのまま向こうの家に連れていかれるでしょう。そうしたら、もうお会いすることもできなくなります」

「それでいいのか?」

「いいも悪いも私に選択権はありませんから。両親の墓にもそのつもりで挨拶をしてきました。心残りは薔薇園だけですが、ロジャーが引き継いで上手に育ててくれると思います。だからこれからも辺境伯領にお見えになった時は、あの薔薇園にぜひお立ち寄りくださいね」

複雑そうな表情をするルーカスに、エヴァは微笑んだ。

「そうだルーカス様、緑の手って言葉知ってますか?」

「緑の手?」

「ええ、父がいうには母は緑の手の持ち主ですって。園芸が上手な人のことをその様に言うそうです。私も母の様に、緑の手を持つ人になりたい。次の場所でも花に携われたらそれでいいのです」

私は大丈夫だという気持ちを込めてにっこりとルーカスへ微笑んだ。


暫く静かにお互いの飲み物を飲む。

二人の間に落ちる沈黙の時間もエヴァは嫌いではなかった。

皇子のなせるわざなのか、悠然と構えたところのあるルーカスと過ごす時間は心に平穏を与えてくれる。

両親の死後、なんでもないように表面では繕いながらも、いつもエヴァは心の中でびくびくと怯えていた。泣かない強い子でいなくてはと必死に心に鎧を纏っていた。

ルーカスといると頑張らなくていい、素のままでいられる気がする。きっとルーカスの自信に満ち溢れた雰囲気に守られている気がするのだろう。

こんなやりとりが最後かと思うと少し感傷的になってしまう。


「ずっとお忙しそうでしたよね。ロシュと出かけられていたんでしょう?」

「ああ、兄上の指示であちこちに、な。人使いが荒いんだ」

「お疲れではないですか?」

「大丈夫だ。貴女の薔薇園のおかげで助かった」

「薔薇の生気を吸収することは、吸血鬼の方にとっては吸血行為と同じくらいの英気を養えるという認識であっていますか?」

「まぁそうだな」


暫く逡巡した後、エヴァは思い切ってルーカスに尋ねた。

「ルーカス様は血を飲みたいって思うことはありますか?」

エヴァが薔薇の棘で指から血を流した時、ルーカスがエヴァの指を口に含んだことが忘れられなかった。


驚きながらもルーカスは悪戯っぽく笑いながら答えてくれる。

「血ならどんなものでも良い訳ではない。それぞれに香りがあるんだ。自分にとって芳しいものであれば甘く感じるんだ。だから、その匂いを嗅ぐと吸血したいと思う」

「芳しい香り、ですか」

私の香りはどうだったんだろう。甘いと思ってくれていたら嬉しいな。


ふっと心に浮かんだ思いがまるで吸血してほしいって思っているみたいだと気づいたエヴァは心の中で一人あたふたしてしまった。


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