11 告白
「ダキア皇国にだって差別はあるぞ」
思いもよらない言葉にエヴァは顔をルーカスに向ける。
「俺は……」
一度口をつぐんだルーカスは草を食んでいるロシュを眺めながら、言葉を探している様だった。
「俺は、兄上と母が違うんだ。皇妃が亡くなったあと、皇帝が人間の母との間に作った子供が俺だ。俺はダンピールで純血の吸血鬼ではない。だから異質というならば、俺も同じだな」
ルーカスの告白にエヴァは目を見張る。
「ダンピール?」
「ああ、吸血鬼でもないし、人間でもない中途半端な存在だ」
「……ルーカス様はお辛い思いをされましたか?」
そっと尋ねてみた。
「どうだろうな。父上も兄上も俺を可愛がってくれている。純血でないから継承争いになることもないし、寿命も短いから敵にもならない庇護すべき存在として見ているからかもしれないけどな」
淡々と言い放った言葉に、ルーカスの葛藤を見たような気がした。
「ただ他の吸血鬼の中には、純血ではない俺が皇族に名を連ねていることをよく思っていない奴らが少なからずいるからな。俺を疎んじている者は多いぞ」
「ルーカス様は寿命が短いのですか?」
「純血の吸血鬼は寿命が長いんだ。ダンピールは、人間と同じ位だ」
そういえば、レイモンドは100歳超えているって言ってたわね。
「失礼ですが、ルーカス様は今おいくつなんですか?」
「22だ。兄上からみたらまだ赤ん坊にも等しい年齢だよ」
私より5つ上なんだ。
「幸いなことに俺の容姿は父に似ていて、吸血鬼の特徴である金髪も赤い目も持っている。吸血鬼の能力である強さも遜色ない。むしろ皇帝の血が入っているからか、そこら辺の純血には負けない」
「強さですか?」
「ああ、吸血鬼の祖先は戦闘民族だったのか力が強い。だから多種族を抑えて皇帝になりえたんだ」
思わずルーカスの身体を見てしまった。戦闘民族と聞くと筋骨隆々のイメージが浮かぶが、目の前のルーカスは細身に見えるけれども身長があるゆえだろうし、体つきはしっかりとして肩幅も広い。ただ辺境伯騎士団員のように、筋肉質で大柄のようには見えない。
騎士団長を務めているだけあって強いだろうとはわかっていたけれど、吸血鬼の血も強さの理由の一つなのだろう。
「俺の体はお気に召したか?」
あまりにジロジロ見ていたのだろう。ルーカスに揶揄われ、エヴァは我に帰った。
「あ、ごめんなさい!」
気恥ずかしさに耳まで一気に熱くなる。
「辺境伯の騎士団員みたいに、身体つきがゴツゴツしていらっしゃらないなと思ってしまって……」
その言葉に吹き出したルーカスが声を上げて笑う。
気恥ずかしくなっていたことも忘れて、ルーカスが声を上げて笑う様子を唖然と見つめてしまった。
「貴女は面白いな。今の話で気になったところが俺の体格なのか。さすが辺境伯の娘だな」
ひとしきり笑った後、眦に涙を浮かべながらルーカスがエヴァを見つめた。
「そろそろ戻る時間だ。もう、花畑は堪能したか?」
「あ、はい!!あ、あのルーカス様?吸血鬼の方が必要な生気は薔薇でなくても良いのですか?他の花でも生気は吸収できるのでしょうか」
「他の花では代用できない。薔薇だけだ」
「そうなんですね。わかりました」
首を傾げたルーカスに言い訳をするように答える。
「ここの花は屋敷の庭には咲いていないので……よかったらお部屋用に摘んでルーカス様に差し上げようかと思ったのです」
尻窄みになっていくエヴァの言葉を拾ったルーカスは、しゃがみ込むと足元の花を摘み始めた。
そして髪の毛を結んでいた髪紐解くと、それを使って花を器用にまとめる。花束のようになったそれを跪いて恭しくエヴァに捧げた。
「失念していて失礼した。これを貴女に」
目を見開き、驚いて声が出ないでいる姿を見たルーカスが爽やかに笑った。
「エヴァ嬢に是非受け取ってほしい」
初めて名前を呼んでくれた。
「は、はい!!」
少し声が震えたが、エヴァは花束を受け取った。
「ありがとうございます」
長い金色の髪が風でさらさらと靡いているルーカスを見上げた。
「花束を貰ったのは初めてです。ありがとうございます!今日はルーカス様が連れ出してくださったおかげで、領地の美しい思い出ができました。今日のこの日を絶対に忘れません」
エヴァの言葉に柔らかく微笑んでいたルーカスの瞳が少し陰ったことに、エヴァは気づかなかった。
花畑と池の周りで自由に草を喰んでいたロシュを口笛で呼ぶと、行きと同じようにさっさと鞍をつけたルーカスが先に跨った。ルーカスの力を借りずに、どうやってロシュの上に座ろうか考えていたエヴァだったが、あっという間に片手で持ち上げられる。
「ルーカス様!自分で上がれますって」
「言っただろう。吸血鬼は力持ちだって。それに貴女は羽根の様に軽いぞ」
行きはロシュを走らせていたが、帰りはゆったりと歩かせているおかげで、馬上でも二人は会話を続けることができた。花畑の側で色々話すことができたからか、少しだけ気安く話ができる様になり話が弾んだ。
「そういや、ここら辺だったな、貴女に会ったのは」
「ええ、この近くに野いちごの群生地があるので、摘みに行っていたのです」
「野いちご?ああ、かごを持っていたな」
「すごく美味しいのですよ。この前はパイを作りました」
「貴女が作ったのか?」
「ええ、厨房で料理長の姿をずっと見ているうちに自分もやりたくなってしまって、お菓子作りなら結構できるんですよ。ルーカス様は甘いものはお好きですか?」
「嫌いではないな」
エヴァはいつかルーカスにお菓子を作ってあげたいと思った想いを心の中にひっそりとしまった。
自分は婚約するし、ルーカスは国へ戻る。
もう二度と会えない人ってことを忘れない様にしないと。来るはずのない日のことを考えてはいけない。
「貴女を森で見かけた時はあまりに綺麗な人がいたから驚いたんだ。森の妖精に惑わされたのかと思って警戒してしまった」
突然の言葉に驚いてエヴァの心臓が止まりそうになる。
思わず体を固くしてしまったエヴァに気づいたルーカスが訝しげに大丈夫か?と後ろから顔を覗いてくるものだから、なかなか平常心に戻れない。
どうしてこんな台詞をさらりと平然とした顔で言えるんだろう。
ルーカスの端正な顔がいきなり近くに来るのも心臓に悪い。
エヴァの心臓はうるさいくらいに早鐘を打ち続けている。
どうしよう、この心臓の音が聞こえてしまうかもしれない。
「ルーカス様、ありがとうございます。容姿を褒められることに慣れてないので……驚いただけです」
「貴女が言われ慣れてないことの方に驚くが」
「ルーカス様が女性への褒め言葉を言い慣れているのではないのですか?」
「それは俺の褒め方が上手だという賛辞として受けておくよ」
「ふふふ……」
「何を笑っている?」
「こんな風にルーカス様と気安くお話できるのが楽しくて。幼馴染以外に友人がいないので……とても新鮮です」
「そうか。それは良かった」
ひっそりと笑った様な声が聞こえた。
手元にある小さな花束を見つめる。
大きな体のルーカスが自ら摘んで作ってくれた野花の小さな花束。
今日のことを私は一生忘れないだろう。
本物の皇子様と馬で遠出し、花畑の傍でおしゃべりを楽しんだ上に、花束まで頂いてしまった。
完璧でこれ以上望むものはない、領地での思い出だ。
今日という日を糧にしてこれからも生きていける。
だから、私はこれからもきっと大丈夫。
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屋敷に戻ったルーカスは自分の気持ちに戸惑っていた。
なぜあの令嬢を構ってしまうのか。
どうして自分から、ダンピールだなんて話してしまったのか。
彼女はもうすぐ婚約するという。
なぜ苛っとしてしまったのか。
面白い奴だと思う。
妖精かのように美しいのに、自分の容姿に全く自信がない少女。
脆弱に見えるのに、芯が強く気の強さや聡明さも持ち合わせている少女。
今日も何度か無防備な彼女と一緒にいる時に衝動的な吸血欲求に襲われた。
白くて細いうなじに噛みつきたい欲求を馬上で耐えていたと言ったら彼女は怖がるだろうか。
「兄上、今戻った」
「ロシュと一緒に気分転換はできたか?」
「ああ」
「それなら良かった。戻って早々に悪いが、調べてもらいたいことができた」
「例の件でか?」
「そう言うこと。はい、これ」
渡された書類を読んだルーカスは、思わずレイモンドに問いただす。
「兄上、これは……」
「うん、事実と考えていいと思う。あとは証拠は集めかな」
「そうか……今から行ってくる。数名の部下を連れていくけどいいな」
「いいね、その顔。誰のおかげで変わってきたのかな、お兄ちゃん妬けちゃうな」
にやにやと笑うレイモンドをルーカスが睨みつける。
「何を言ってるんだ。数日戻らないと思う」
「報告だけよろしく」
レイモンドは、慌ただしく出発したルーカスを見送った。
ルーカスは、吸血鬼の父と人間との間の子だ。
歳がだいぶ離れた弟の成長を見るのが楽しくてしょうがなかった。最初は自分より早く死んでしまう弱い子だと思って、庇護欲が出たのかもしれない。
でも、ルーカスは弱くなかった。
ダンピールなのに純血の吸血鬼より強い。
皇帝の子として周囲を納得させるだけの強さを得たのは、遺伝だけではないはずだ。陰で鍛錬を積んでいたのも知っている。
頭脳明晰でもあり、国で一番強い騎士団長の彼が努力しても得られないのは純血だけ。
出来すぎる弟が純血の吸血鬼だったら……それでもレイモンドはルーカスを可愛がったのかなと思うことは何度かあった。
ルーカスが、あのエリザベスの娘に興味を持っている。
国でどんなに美しい令嬢達が秋波を送っても全く心を動かされていなかったのに。
初めて経験した吸血欲求に素直に従ったルーカスの吸血鬼の本能が磨かれていく様を近くで見るのは面白い。
今まで何かを諦めながら生きてきたような弟が自分の欲を満たそうと動き始めた。
可愛い弟は、本当に僕をずっと楽しませてくれる。
飽きてしまうほど長い吸血鬼の人生の中で、弟の存在がこんなにも充足感を与えてくれるなんて。
ティフリス王国に連れてきて良かった。
もっと僕を楽しませてよ。




