1-7 ブラックアウト
世の中では、たびたび予言の書が話題になる事が有る。
昔発行された予言集の事を誰かが思い出し、ネットなどに書き込むと、マスコミはそれを取り上げ、ちょっとしたブームになる事もあった。
その書は、『大言集』と言うタイトルであり、様々な予言の言葉が書かれていたが、その中の1節が今 世間の話題となっていた。
『太陽から生まれし黄金の龍が天を駆け抜けた時、
邪神は世界を暗黒に葬り去るだろう。
白き魂は新たな力を与え、枯れゆく命をも満たすだろう。
蝕まれた大地は、新たな女神により芽生えを迎えるだろう。
ああ、美しき女神よ、開かれし幕に迷いは無い。』
今話題になっている金色の太陽プロミネンスの事が書かれているとテレビ番組で放送され、コメンテータは「魔王がやって来るのですかね」などと、楽しそうに語られていた。
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停電の夜、慌ただしかったのは、やはりその停電を発生させてしまった電力会社であろう。
停電は彼らが原因ではなかったが、その時にはそんな事は誰も知る由もなかったし、そもそも原因はどうであっても、実際に停電が続いている事実から逃げるわけにはいかない。
夜通し復旧作業が行われているにも関わらず、数時間経過した今でも原因は全くつかめていない。
長時間の停電は、確実に生死にかかわる問題となる。
「だめです! 先ほど停止してから、どの装置も動いていません。
どの復旧手順も受け付けません。 再起動ができません!
課長! モニタ表示が消え、制御卓自体の電源も落ちてしまったので、各装置の動きが判りません!」
「ばかやろう! そんな時は自分で現場まで走って、ポンプや配管の動きを見てくるんだ。
発電機と言う患者に触れてみろ。 そうすれば、どの装置が止まっているかくらいは解るだろう!
五感を研ぎ澄まして、熱を感じろ! 震えを感じとれ! 配管に流れを聞け! 変な匂いはしていないか! そして舐めて味わえ! あ、それは無いか」
「行ってきます!」
真っ暗闇の中を、蝋燭の明かりだけを頼りに部屋を飛び出していく職員。
電気を作っている発電所なのに、その電気が使えないと言う、想定外の事態に皆が慌てふためいていた。
「課長! 燃料ポンプが停止しており、ボイラーへの燃料噴射が出来ていないようです。
監視窓からも内部での燃焼は確認できませんでした。
蒸気温度や蒸気圧は完全に下がってしまっているようで、近くに寄っても熱を感じませんでした。
どうやら、ボイラー停止により、タービンが完全停止しているようです」
多くの発電所では汽力発電方式をとっており、ボイラーの熱で水を沸騰させ、発生する高圧蒸気の力でタービンを回し発電する
ボイラーは、燃料に石炭や石油、天然ガスなどを燃やすことでお湯を沸かしている。
ちなみに原子力発電であっても、核反応の熱でお湯を沸かしているだけで、発電自体の仕組みは汽力発電方式と同じだ。 原子の力が電気に変化している訳ではない。
これら発電所では燃料供給量を調整する事で、発電電力量を調整できる。
その燃料を供給するポンプは電気で動いているので、電気が止まると電動ポンプが回らなくなり、電磁弁も操作できず、発電システムは止まってしまう。
「まだ、電気は戻らないのか?
なぜ外部電源に切り替わらないんだ!」
「課長、回路は外部電源を受け入れているはずですが、この発電所まで電気が来ていないようです!
どうやら、我々の電力管内すべての発電所が同時にロストしていることが考えられれます!」
「ばかやろう!
そんな恐ろしいことを、口に出すんじゃな! フラグが立つぞ!」
発電所でも初期起動などに電力を使用するために、通常であれば他の発電所で発電された外部電源が使用される。
いくつかの大型発電所が同時に停止すると、小さな発電所では管内の必要電力を賄えなくなり、順にブレーカーが落ちていく。 ブラックアウトの発生である。
何重もの停電対策がなされているので、全ての電源をロストするなどという事は通常ありえないが、もしそうなると原子力発電所への電気供給も停止する事を示している。
原発は電力を供給する側だと思うかもしれないが、もし原発が止まって自分で発電できなくなった原子力発電所では、核燃料の冷却に大きな電力が常に必要となる。
原子炉では複数の核燃料が収められており、自分や近くに置かれた核燃料棒からの核反応により熱を発生する。
いくら制御棒で燃料同士による核反応を遮断しても、核燃料単体の発熱はゼロにはならない。
そのため核燃料が収められ、燃料を冷却し続ける水の循環が止まると、核燃料の周りの水はすぐに沸騰しする。
冷却水が蒸発で失われていく事で水位は下がり、冷却水から核燃料が顔を出してしまうと、冷却を失なった核燃料は太陽活動のように高温となり、すぐに炉心溶解となる。
予備電源を含めて原発で完全電源ロストが発生すると、その事態を引き起こす可能性がある。
よその原子発電所の事を心配している時間は無く、まずは一刻も早く自分の火力発電所の再起動を行わないと大変な事になる。
電力の供給は、人の命につながっているため、職員は蝋燭の明かりだけを頼りに必死で作業を続けていた。