1-6 地底からの脱出
山中の深い地下にある宇宙線の観測所で、観測途中に停電が発生した。
電源の復旧が望めないため、観測は装置に任せ、坑内から全員の避難を開始した。
坑内バンの中でも教授は研修資料が入った鞄を大事そうに抱え、あとは東京に戻ってから通信で送られたデータの解析をしようと考えていた。
坑内のコントロールルームにいた観測員たち全員を乗せた2台のバンは、途中から真っ暗になった坑道内で事故を起こさないように、自転車程度の速度でゆっくりと進み、15分ほどかけてようやく出口にたどり着いた。
ライトが照らす両側の坑道の壁が無くなると、壁からの反射が無くなり、まだ周りは暗闇ではあるが坑道を抜け出た事がわかった。
ようやく到着した事務所の前に車を停め、車のライトを消すと、そこには空一面の星空が出迎えていた。
いや、よく見ると空が帯状にうっすらと輝いてすらいた。
「何だ、あれは」
「ひょっとすると、オーロラではありませんか?」
なんと、日本の夜空でオーロラが見えている。
今回強い太陽風の到来であるため、そういった事が起きる事も少しは予想されていた。
地下深くにいるが、天体を観測する者として、見逃したくない現象ではあるが、今はそれよりももっと深刻な事態である。
坑道から出てからは、外灯はすべて消えており、近くの事務棟にも明かりが無く、星明りでそこに事務棟が有ることが かろうじて判る。
ヘルメットのライトを点灯し、皆で玄関に向かうと、セキュリティロックされているはずの玄関扉が開いたままになっていた。
「元の電源が落ちたか……」
ここのセキュリティは、電源の供給が絶たれると電磁ロックが解放され、扉は解放状態となる。
例え外からの電源が落ちても、通常は建物内にあるバックアップ電源が働くために、この扉がアンロックされることは無いはずである。
セキュリティが解除される時は、火事や事故などで人命に危機が迫っている時であり、この場合は避難が優先されている。
やはり事務棟はセキュリティは解除中のようで、玄関の奥にあるスライド式自動ドアも開いたままの状態になっていた。
急いで事務棟の奥に入り、扉から大きな声で叫ぶと、暗がりの中から女性が泣きながら出てきた。
「暗いよー。 誰も戻って来ないので、怖くなって、うぅぅ。 ああ、明かりがこんなに嬉しいなんて。 ひっく」
「ほかの人はどうした? 何が起こった?」
「あ、この声は所長ですか!
私以外は、救援を求めて外に出て行きました。
車がどれも動かなかったので、何人かで方向を決めて歩いて出て行きました。
停電してから2時間ちかく経つのですが、まだ誰も戻ってきていません。
まだ、コントロールルームに入っている人がいるので、私はここで待機しろと言われて、真っ暗の中で一人で待っていました」
「それはすまないことをした。
今、全員コントロールルームから脱出してきたので、後は大丈夫だ。
ところで、ここは真っ暗だけど、壁にある非常用懐中電灯は使わないのか?」
「それは最初に使おうとしたのですが、なぜか電気がつかないんです。
それどころか、スマホも電源が入らず、ライトも着かないです!」
それを聞いて、後ろで鞄やポケットからスマホを出しているが、ライトはつくようだ。
「携帯回線のアンテナは一本も立たないか。 ここは、山の中だからな」
「いえ、この施設のすぐ近くに携帯電話の基地局を作ってもらってあるので、ここの周辺はどこでも電波は入るはずですよ。
コントロールルームや坑道内でも電波が入るように、トンネル内にも中継装置がありますよ」
「教授、これからどうしますか?
まだ深夜ですので、この時間に町まで行っても解決にはつながらないでしょう。
私はここの責任者として、とりあえず夜が明けるまでここで待機し、それから移動しようかと思います。
それよりちょっと気になる事として、うちの事務員の車が動かないと言いましたが、我々は車で坑道奥からここまで避難してきましたよね。
これは、どうもこの事務棟が停電したと言うより、電池で動く懐中電灯や非常灯を含めて、まるで電気が一切使えないように感じます。
これは私の個人的な、冗談のような考えですが、ひょっとして世の中から電気が無くなった?
そして、地下深くにいた僕らの持っていた装置だけは、電気が残った? みたいな。
教授はどう考えられますか?」
観測所の所長も、やはり学者出身であるので、いろいろと考えているようだ。
「私は宇宙が専門だが、確かに今回の太陽活動とニュートリノ観測施設に何か関係あるのかもしれないな。
太陽活動は、電離層や人工衛星など、電波や電気に影響を与える事は確かなので、ここに供給されている電気が落ちるということは、かなり大規模な電力事故が起きたとも考えられる」
「そうですね。
でも、私は単なる電力事故だけではないと考えます。
この施設も防災について定期的に点検し、懐中電灯や坑内の安全灯については先月バッテリーを一斉に定期交換したばかりです。
先ほど走ってきた際、トンネル出口付近に近づくと非常灯のLEDランプが消えていました。
それに、この建物内の非難誘導灯すら消えています。
外に止めてあった車ですが、電気が無くなった車は走りません。
それらから、少なくともこの山の外の一帯は、電気というもの自体が消え失せてしまったように思えるのです」
「ははは、所長。 いくらなんでもその考えは、科学者としては飛躍すぎてはいないかね」
「そうですかね。 それだと良いのですが」
そう言って、所長は肩をすくめるのであった。
そして、ヘルメットのLEDライトに照らされた室内で、朝まで待機する事になった。
このあと、この事務棟の奥にあるサーバルームに行き、そこで記録ストレージや通信装置の電源が落ちていることを知ると、教授は再び坑道奥のコントロールルームに戻ると言い出した。
しかし、時間が経ち、残してきた発電機により坑内は既に酸欠であると考えられるため、皆で説得した。
すっかりと気落ちした教授はソファーで、若い人は床に新聞紙を引いて、寝転んでいた。
そんな暗闇の中で、1か所だけライトがそのまま付けられている場所があった。
「なんだこれは!」
事務棟の壁に据え付けられている、点かなくなった非常用懐中電灯を分解していた職員が声を発した。
その声に反応して、寝ずの番をしていた所長が覗き込んだ。
「所長、これ見てください」
LEDライトで照らされたのは、非常用懐中電灯の中に入っていた、まだ新しいはずの電池であった。
「電池の金属部分が変色しています」
そう言って見せられた電池は、プラスとマイナスのメッキされた両端部分が黒く変色していた。
「いくつか電池を見たのですが、どれも同じように黒くなっています。
ちょっとナイフで表面を削っても、中まで真っ黒ですね。
電池が膨れたり、中から液漏れはしておらず、変色以外に電池に変な点はありません。
あと、LED周りにある銀色であった光の反射板も、黒く変色していますね。
というより、中の電池と接触するメッキされた金属もすべて黒く変色しています」
懐中電灯を分解し、各部品を調べるごとに、金属はすべて黒く変色していることがわかってきた。
「建物内をちょっと調べて見よう。
まだ起きている人がいましたら、ちょっと手伝ってください。
今電気が来ていませんが、どうも電気製品がおかしいようです。
近くにある電気製品を調べてください。
あと、君は今光っているライトがどうなっているかも確認してくれ」
結果、同じように事務棟にあった電気のプラグなどはすべて黒く変色しており、被覆を剥いてみた電線も同様に黒くなっていた。
デジタルテスターは電源が入らなかったので、針式の古いアナログテスターを持ってきたが、それでも導通や電池の電圧は調べられなかった。
もっともどちらのテスターも、電気を測るプローブ先端の金属部分が黒く変色しており、どのレンジにまわしても、針はピクリとも動かなかった。
調べた限り、銀色に光る金属を1つも見つけることが出来なかった。
最も、使えるのが小さなLEDライトの光しかないので、室内全体を見渡せたわけではないが。
周りが騒がしくなってきたので、ソファーに横たわっていた教授も起きてきた。
「あ、教授。 おはようございます。
どうも、やはり何かが起きたようですね。
ひょっとすると私たちは浦島太郎のように、穴の中で時を過ごしているうちに、知らない世界へとやって来てしまったのかもしれません」
今回の停電の原因は、この施設だけの影響なのか?
原因が太陽からの影響であるのかは まだ分からないが、夜が明けさえすれば、その原因はすぐに分る事であろう。
ニュートリノ以外の宇宙線の影響を受けにくいように、地中深くに作られた施設だけの事はある。
今回の停電で死んだと思われた坑道奥の施設ではあるが、実は唯一生き残った施設なのかもしれないな。
なんて話は、後で笑い話にでもなりそうだなと、この時は所長はそう思った。