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ルネサンスの女神様 - ねえ、電気つけてよ!  作者: 亜之丸
黄金色のプロミネンス
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1-3 街の明かり

 24時間営業のコンビニでは、停電が発生した夜も店員は働いていた。


 店内に明かりもつかずに、POSレジが使えなくなってしまったので、コンビニにやって来ていたお客さんは、まだ買い物が終わっていない状態で外に出され、皆戸惑っていた。

 臨時閉店したコンビニの駐車場では、車で来店した人が、何故かエンジンがかからずに困っていた。

 電源が切れてしまったスマホを相手に、怒っている人もいる。

 既に閉まったコンビニへ、明かりを買いに、慌てて走ってくる人がいる。


 普段であれば、照明により明るいはずのコンビニ駐車場であるが、唯一の明かりである月明りに頼るのみである。

 たまたま梅雨の晴れ間で、月明りが有ったのが幸いであった。


 しばらくすると、施錠されたコンビニ店内には、ガラス越しに小さな明かりが見えた。

 明かりが揺れているので、どうやら店内に蝋燭が灯されたようだ。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 俺は、この店でアルバイトをしている店員だ。

 もう一人のアルバイトと、明日朝までの夜間シフトに入っている時に停電が発生した。


 たとえ停電が発生しても、蓄電池で動作する非常電源に自動的に切り替わるため、店舗は大丈夫であると以前説明されていた。

 しかし、5分待機してもその停電は回復しなかったため、店を臨時閉店する事になった。


 先ほど、店内にいたお客さんは外に出てもらい、一旦入り口のガラス扉は施錠した。

 停電によりPOSレジが使用できなくなったので、会計が行えないために緊急処置での閉店処置である。

 しかし、この状態ではレジ精算や自動釣銭機の補充も出来ないので、レジを締める事もできない。


 停電時には懐中電灯を使用せよとの指示は聞いていたが、その準備されていた大型の懐中電灯がなぜかどれも使用できない。

 いや、懐中電灯に限らず、ロッカーにしまってあった自分のスマホもなぜか使用できない。

 なので、オーナーへの電話連絡もできない。


 店内にある商品を使用する指示は受けていないが、商品である蝋燭と100円ライターを使うことにした。

 今はPOSレジが動いていないので、それらは大した金額の商品ではないので、使った事に文句が出ないように、電気の復旧後に自腹で払うつもりだ。

 それよりも、店内で裸火を使用した事へのお小言の方が大きそうだ。


 店舗運営において停電は想定されていた事項であるが、真っ暗の中で懐中電灯すら使えないと、その緊急対応用のマニュアルを読むことすら出来ない。


 店内に残っていたお客さんには外に出てもらい、入り口に施錠はしたが、お客さんがいなくなったと言って俺達は暇ではない。

 蝋燭の明かりを使ってマニュアルを読むが、まず外部の責任者と連絡する方法が無いのがつらい。


 そうしたアルバイトしかいない状態であるが、時間と共に判断を迫られる事が次々と発生する。


 コンビニにある冷凍食品、アイス製品、チルド商品の温度上昇、逆に温蔵ケースに入れた商品の温度低下。

 商品管理用タブレットすら動かないので、常温のお弁当だって心配である。

 そして、これらは停電後一定の時間間隔で、廃棄処分を始める必要がある。


 初めての経験であり、アルバイトには判らない事ばかりであり、本来であればここで緊急時用のマニュアルが重要なのである。

 POSもスマホも動かないと、その停電からの経過時間すら正確には分からない。 ちょっとしたパニックである。


 さっき店内から出てもらったお客さんだが、しばらく時間もたったはずであるが、なぜかまだ駐車場の車の前でうろうろしている。

 駐車場に残られると、それを見て他のお客さんもやってくるので、さっさとそこを立ち去ってほしい。

 また、お客さんが外からガラス扉を叩いて、トイレを貸してほしいと言われたが、停電で断水中なので水洗トイレは使えないと答える。


 さっき手を洗おうとしたのだが、水の出が悪く、その後すぐに水が止まってしまった。

 それで気が付いて、トイレを施錠し、扉に『断水中に付き使用禁止』の張り紙をしておく。

 トイレは店舗の一番奥にあり、電気が消えたトイレの扉は暗いので、例え張り紙をしておいても良くは読めないだろうが。


 水が流せない状態で水洗トイレを使ってしまうと、その後は大変な状態になってしまう。

 先に気が付いていてよかった。

 少なくとも、俺は他人の排泄物の処理はしたくない。


 1時間しても停電は修復しないので、普段は使用したことがない店舗のシャッターをすべて降ろすことになった。

 次の配送が届く前に、これから大量に出る廃棄商品をバックヤードに下げて、新しい商品への入れ替えを行う必要がある。

 シャッターを閉じた店内では、僅かなろうそくの明かりを頼りに、2人がかりで商品在庫記録と廃棄予定を手作業でノートに書きつけていた。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 私はタクシーの運転手。

 先ほど、走行中にもかかわらず、急にエンジンが止まってしまった。

 現在ライトも消え、道路上に停車したままになっているのだが、周囲の車もなぜかこの車と同様に停まっており、お互い何とか衝突せずに停止させることが出来た。


 停止後、何度キーで始動してもセルモータの回転音がしない。

 それどころか、コンソールすら電源が入らず、エンジンはおろかカーナビなど車内の装置のいずれもが動作していないようだ。

 ガスは最近入れたばかりなので、これは車の故障だと思うのだが、タクシー会社に連絡しようにもタクシー無線も自分の携帯電話すらも故障した様である。

 同時に停車した周りの車からも、次々とドライバーが降りてきて、見知らぬ同士が会話するが、いずれの車も同様な症状で車の電源が切れてしまったようである。


 しばらく路上の車は動きそうもないので、さっき通り過ぎたコンビニにまで歩いて戻ってみる。

 確かその時は電気がついていたが、少し歩いて戻るがどこにも その明かりが見えない。


 すると、先ほどは営業していたはずのコンビニが見えてきたが、ここの店舗も明かりが消えている。

 駐車場にはまだ車が停まっているので、さっきまでは営業していたのであろう。

 連絡入れようと、店舗前の公衆電話に近づくが、店舗前に座った若者が声を掛けてくる。


「それ、今使えないみたいですよ」


「あ、停電中でも公衆電話は使えるはずですよ」


 そう言って、受話器を上げ10円を入れるが通話音は全くしない。


「それ、さっきから何人も試してるみたいっすよ」


「お、おう。 そうみたいだね。 ありがとう」


 自動ドアには『臨時閉店』と書かれた1枚の紙が貼られており、既に開かなくなっていた。

 ガラスドア越しに中を覗くと、蝋燭を灯した店内で店員があわただしく何か作業をしているようであった。


 戻る前にお茶でも買って帰りたかったのだが、途中の自動販売機もすべて電源が消えており、結局手ぶらでタクシーにまで戻ることになった。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 コンビニから少し離れた場所にある、大きな病院。

 ここには入院病棟が有る。


 非常用電源に切り替わらなかった病院の中は、天井灯はすべて消えてしまっていた。

 すみやかに、病院の廊下には蝋燭が並べられ、それに火が灯されていた。


 仏様の祭壇用として購入されていた蝋燭ではあるが、キャンドルであることには変わりはない。 明かりは安心感をもたらす。

 しかし、ナースステーションから駆け出す看護師たちにより、その蝋燭の明かりは常に揺らいでいた。


「先生、患者さんが!」


「先生! こちらも診てください!」


 あちらこちらの病室から漏れてくる、苦しそうなうめき声。


 電気が消えた病院で、当直していた数少ない医師や夜勤の看護師だけで対応できることは、ほとんど限られていた。


 電源が切れた生命維持装置をむなしく見つめる看護師。

 普段気丈な看護婦の、押し殺して咽び泣く声があちこちの病室から聞こえてきた。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 駅に向かって走る電車。

 あと数分で駅に到着と言うところで、車内が停電し、電車はゆっくりと停車した。

 夜の10時を回っているが、そこそこの混雑具合で、吊革につかまっている人や、ドアにもたれかかっているものなど、かなりの人が立ったまま乗車している。

 停電により自動的に動作した非常ブレーキは、一瞬動いた後、電力を失うと解除され、車内では危うく転倒事故が発生するところであった。


 しばらくすると、最後尾の車両に乗っていた車掌が、暗い車内を声を張り上げながら、立っている人を避けながら先頭方向へ歩いて行く。

 途中で何度も乗客に話しかけられるが、緊急時であるためと、車掌は一言だけ断ってそのまま過ぎ去っていく。


 運転指令所との列車無線通信は、停電のために途絶してしまっている。

 先頭車両にいる運転士との車内電話も使えないようで、いま急いで相談に行くようだ。


 車内の非常照明も落ちた状態であり、乗客達を落ち着かせるための車内放送もできない。

 特にこの時間は、各社の終電時間が近く、乗り換えを控えている乗客がいると思われるので、早く対応してあげないと帰れなくなり、このままではパニックが起きてしまう。


 運転指令所の指示を仰げない以上、この車内には自分と運転士の二人しか判断できる人はいないので、至急二人だけで考える必要がある。

 このまま電車が走っていれば、あと数分もあれば次の駅に到着できるはずではあるが、その数分とは、まだ次の駅まで数㎞は離れていることでもある。

 対向電車の情報もない為、乗客をみだりに線路上に降ろすことは危険である。

 さらに、ここは高架を走る路線なので、暗闇の高架の上を歩かせることは、転落など安全面から避けたいところだ。


 かといって、このままここで待っていると、他の路線も終電時間を迎え、乗客たちは帰宅することすら出来なくなってしまう。


 本来であれば何本かの対向列車とすれ違うはずであるが、停車してからはまだ一度も対向車両とはすれ違っていないため、上り下り全線での停電で有ろうと判断した。


 運転士との相談の結果、今夜は幸い天気も良く、月明りもあるので、この電車の前方に歩いてもらい、次の駅まで移動してもらうしかない。

 電源が復旧し、後続の車両が走り出した時に対応のために、運転士はこのままこの列車に残って待機してもらい、車掌が乗客を誘導して次の駅に向かうことになった。

 反対側の架線も停電しているようであるが、その確認はできない為、安全のために線路の外側を歩いてもらう。


 さっき車内を移動したとき、車内に座り込んだ酔っ払いや、暗くて良く解らなかったがハイヒールの女性もいたようだ。


 先頭車両に格納された伸縮式の避難梯子を取り出し、一番前の扉を開け、そこに取り付けた。

 近くにいた若い男性の乗客に事情を説明して、暗がりの中急がないよう電車を降り、彼にお願いして、他の乗客を先導して先頭を歩いてもらった。

 車掌は次々と後ろの車両に同じことを伝え、乗客には先頭車両に移動し、そこから順に降りてもらって行った。

 避難で歩く人の横を何度も往復しながら、途中で困っている人に声を掛け、乗客たちに助けられながら、何とか避難が続けられた。

 全員が夜中の12時までには、なんとか次の駅にまで歩いて到着できるようにと、黙々と線路上を進んでいった。


 奇妙なことに、誰も歩きながらのスマホは使っておらず、スマホの明かりも光っていない。

 それどころか、いつもは高架から見えるはずの街に、明かりが一つもついておらず、街全体が停電しているようであった。


 さらに、普段であれば街の明かりが雲に反射して、たとえ夜であっても街はぼんやり明るいものだが、今は街には光も音も無く、只真っ暗な中、月と星だけが輝いていた。

 乗客も異常事態が起きていることを強く感じているようで、不安の中一刻も早く帰宅したく、次に駅まで黙々と歩いてくれたのが幸いであった。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 停まってしまった電車を降り、高架の上を1時間ほど歩くが、暗くて歩きにくい高架の上には、電車から伸びる長い行列が出来ている。


 次の駅が近づくと、駅前にある高層マンションが明るくなってきた。

 よく見ると、中層の階の部屋が赤く明るく輝いており、どうやら部屋の中で炎が上がっているようだ。

 周りが明るければ、マンションから立昇る黒い煙が見えたであろう。

 駅に近づくにつれ、明るくみえた部屋が徐々に隣や上にと広がって行った。

 大きなマンション火事が起きていると思うが、サイレンなどは聞こえず高架を歩く多くの人の足音しか聞こえてこない。


 隣の高層マンションからも火事は見えているはずなので、気が付いた誰かが消防に通報していると思うのだが、消防車はまだ出動していないようだ。

 多くの人が駅に着くころには、駅前の高層マンションの炎は上層階まで巻き込んだ大きなものとなっていた。

 駅に近い場所なので、たぶん人気の高層マンションであったと思われるが、その駅にまで、人々の叫び声が聞こえてくるようになった。

 混乱した人は大勢いるようであるけれど、そこには消防車やパトカーの回転灯は1台も見受けられず、火災により上層部から落下してくるものがマンションの周囲に降り注いでいるために、人々はそれを遠巻きで眺めていた。



 何とか建物から脱出できた人は、少し離れた場所で燃え盛るマンションを見上げ、肩を寄せ合って震えていた。

 火の周りが早く、誰の目にもこれからでは消火は難しいのではと思われた。

 まだ救急車がこないので、血を流した人には近くにいた人がハンカチなどで簡単な止血をしていた。

 火が付いたままの物は落下しながら、火災が起こす上昇気流に乗って広範囲に飛散し、高層マンション周辺でも火の手が上がり始めていた。

 高層マンションを中心として、駅前の広範囲な延焼が始まっていた。



 この夜、日本の各地で同様な大規模な火災が何件も発生していた。

 いずれの場所でも、緊急車両はおろか、すべての車が走れなくなったため、どの火災現場でも、消防による消火活動や救助活動は行われていなかった。

 せいぜい自転車で駆け付けた警官により、混乱する危険な現場に近寄らせない規制ぐらいしかなかった。


 翌日の午後、雨が降り出すまでの間、大規模に発生した街では火災が自然鎮火することはなかった。

 比較的風が弱かったことと、梅雨で湿度が高いことがあり、これほどの大火ではあったが、翌日の雨で自然鎮火できたのは幸いだったのかもしれない。


 火災の多くは、停電のために明かりを得るために裸火として立てかけられた、蝋燭やオイルライターなどによる火災であった。


 これほど大きな火災であったにもかかわらず、テレビ、ラジオ、インターネット、電話、携帯電話、無線通信など、現代社会に不可欠な情報伝達手段はすでに沈黙していたため情報は伝わらなかった。

 この夜だけで、何人の方が亡くなったのかわからないが、それを知る方法すらこの世界には残っていなかった。

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