3-2 新たな生活
若い人は電子マネーをメインで使っていたので、これまでも日ごろからキャッシュレス生活であり、財布に現金などほとんど入っていなかった。
ところが、いざ停電になると、どこに行っても電子マネーは使えない。
多くの人があわてて銀行のキャッシュコーナーに走ったが、電子マネー化の影響でATMの利用客が減り、以前であれば近所にあったはずの銀行のATMは、気が付かない間に廃止されてしまっていた。
コンビニも店舗が閉じており、駅や街角の相互利用のATMすらどこも動いておらず、預金口座に入っているはずの自分のお金が引き出せない。
日頃現金という物を使っていなかった若い人は、そこで初めて、お金とはいったい何だろうと真剣に考えるようになっていた。
企業は給料日が数日後に迫まるが、従業員に給料を払うことが出来ない。
事務所のパソコンからネットバンキングが使用できず、取引先への月末支払い予約ができない。
すべての銀行が閉店しており、リアル店舗まで駆けつけても、店頭での支払いや引き出しもできない。
巨額なお金を銀行に預けてある企業は、自社が持つ資金が金融機関の口座の中にすべて凍結されてしまい、1円たりとも動かせなくなってしまった。
それは資金が失われ、実質的に手足をもがれたも同然であった。
ちょっと電気が消えただけで、お金と言うシステムまでもが、世界から喪失してしまった。
停電状態でも、小さなお店の店頭では現金が使えており、現金を持っていた者は強者となり、それは貴重なる現金とみられていた。
しかし、場所にもよるが、現金で物品を販売していた店舗も、この3日目くらいからは激減し、人々は『現金』で取引できる場所が無くなってきた事に気が付きはじめた。
残った食料や物品にこそ『価値』が有り、現金なんかで商品を販売してしまうよりも、自分や家族の将来の為に、残された商品は温存した方が良いと言う考えに傾いて行った。
物価が高騰するインフレとか、暴騰するハイパーインフレは、通貨の価値が下がる為に発生する。
しかし、通貨の価値が大きく目減りしたところで、たとえ僅かではあってもその価値は残っているものであるが、今回は通貨を使ったシステム自体が完全に崩壊していた。
その為、日本銀行と刷られた紙幣や、日本国と刻印された貨幣は、もはや通貨としての価値は完全に失われており、お金による商取引という行為自体が消失した。
いや、別に日本の通貨だけが価値を失ったわけではなく、これはドルでも、ポンドでも、フランでも、さらには元でも、通貨と呼ばれる物は一様に価値を失っていた。
それは、手元に残っていたお金から、価値が蒸発する如く消え失せていった瞬間であった。
その時からは、物を持つ者同士が、互いに見合うと思う価値の『物』と『物』とを交換する、お金という物が出来る以前の『物々交換』の取引に変わっていた。
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ここは主に食肉を保管する大きな冷蔵冷凍倉庫。
電気を失ったこの倉庫でも冷却コンプレッサーが停止し、責任者は苦悩していた。
停電から2日間は、低温に保管されてきた大量の商品自体の温度と倉庫自体の断熱構造に何とか助けられ、温度維持とまではいかないが、外気温よりは低い温度で庫内を維持できてきた。
しかしさすがに3日目となると、それは限界を超えており、これ以上停電が続くと預かっているすべての商品がダメになってしまう。
この停電がいつ復旧するという話は、電力会社からまだ聞こえてはこず、それどころか この倉庫に商品を預けている企業とすらも連絡がまだ取れていない。
これ以上、この倉庫で商品保管を行う事は困難であると倉庫の責任者は判断した。
預かっている商品は、すでに指示されている鮮度維持ができる温度範囲を超えたため、このままここで保管すると、他の商品にまでも悪影響が出る。
また、商品の所有者との連絡が取れないため、契約にある倉庫側で廃棄すべきレベルに達したと判断された。
腐敗臭が発生する物品について、他の製品に匂いが移らないよう、大至急倉庫の中から運び出す事になった。
しかし、廃棄業者との連絡も取れない為に、『生もの』をこのまま常温の屋外に放置する事はできないため、有効活用する事となった。
たまたま冷凍倉庫の隣は食品加工の会社であり、これまでは互いの会社の交流などはなかったが、加工会社も材料入荷が止まり作業を停止していたので、緊急事態ということで、初めてお互いに協力し合うことになった。
そして、互いの報酬は、加工した食品の分配である。
倉庫と工場の前には、近所の工場で造ってもらったドラム缶に穴を開けた簡易的なスモーカーが置かれ、加工場の機械が動かないため、大きな包丁で解体された肉により、燻製肉を作り始めた。
そう、長期保存が出来そうなビーフジャーキーの製造である。
塩や調味料は加工場に沢山あったので、塩漬けや燻製のベーコン、ソーセージなども作られていった。
水について、水道は各自治体レベルで管理されており、地域により取水や給水方法が異なっている。
丘陵地などがある地域では、送水ポンプにより高い場所に儲けられた排水池などに水が一度持ち揚げられ、そこに貯められ水が高低差により各家庭に送水されている地域が有る。
そこでは貯められた水が無くなるまで水道が使用できた。
しかし平野など一般的な地域では、浄水場や中継をする調整タンクから、送水ポンプで加圧した水が水道管を通じて各家庭に送り出されている。
それら地域では、電気で動くポンプが止まってしまうと水圧が急激に下がり、停電から僅かな時間で水が出なくなってしまった。
そして、ここの加工場でも必要な水は、すでに停まっていた。
そこで、これも冷凍倉庫内で保管されていた、袋入りのカチ割り氷が溶かされ使用されていった。 コンビニなどで売られている、お酒の水割りなどで使うアレだ。
この2日、その氷は倉庫内を冷やすのにも役立ってくれていたのだが、この廃棄作業により倉庫内の冷凍品の在庫も減ってきたので、どうせまもなく溶けて水になってしまう物だからと、遠慮なく貴重な氷を使う事になった。
とにかく、解凍が始まっている肉や魚について、急いで処理を行わないと、時間と共にどんどん腐敗していく。
そして、今足りないのは、その加工を行う人手である。
屋外で大々的に行われているスモークにより、倉庫の前での作業は近所の人の注目を集めており、倉庫や加工所の壁に貼られた『求人募集』の張り紙を見た人は、その募集に集まってきた。
普段は人が集まりにくい加工場の仕事であるが、立ち上る燻煙は宣伝効果としても抜群であったようだ。
特に、食料不足に対して心配を始めている人にとって、使えない現金を貰うよりも、賃金として食料をもらえる作業は、非常に魅力的であった。
仕事が止まってしまっている周辺の工場や倉庫もこの仕事に協力する事となり、そこは作った肉を乾燥させるための場所へと変わっていった。
付近一帯を巻き込んだ加工作業により、この周辺はしばらく食糧難になることは無かったようだ。
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そんな世間の状況ではあるが、カノ島から留学中の高校生 原田耕平は、山の中にポツンとある一軒家の農家で一人暮らしをしていた。
この家の持ち主の爺さんは、最近まで農家に住んでいたらしいが、今は街の老人ホームに入居しているらしい。
そんな爺さんの個人情報まで、ぺらぺらとしゃべってくれた不動産屋のおやじの情報だが、それなりに背景は判った。
山中にある農家まで、電柱を麓から建てて電気だけは敷いていたらしいが、それ以外の公共インフラはもともと山の中までは来ていない。
この農家に水道は来ていないとの事であるが、家の中で蛇口をひねると、そこから水は出る。
これは、農家から少し山を登ったところに、湧き水を貯める浄化水槽が設けられており、そこから引き込まれた水が、さらに農家の近くにある大きな樽の中に流れ込んでいた。
樽は屋根より高い山側に置かれ、その高低差で蛇口から水が出る仕掛けであった。
確かに水道代はタダだけど、数ヶ月に一度、それと雪が降る前後には掃除したほうが良いぞと不動産屋は笑って言っていた。
いや、これは冗談ではなく、浄化水槽と樽に蓋はつけてあるらしいが、水の中で動物が死んでいたら笑い事じゃないと思う。
そのような作業をする際に、山の中に立ち入る事が有ると思うので、その場合どこに確認すればよいのかと聞いたら、どうやらこの山全体がこの農家の大家である爺さんの持ち物らしい。
だから、特にどこかに連絡の必要は無く、竈で燃やす木が必要であれば、自分で山から調達しても良いし、山火事さえ起こさなければ、何してもいいよと言われているとの事。
また、その農家の屋根には何か黒く薄い物が乗っていた。
最初はソーラー発電パネルなのかと思ったのだが、よく見ると違っていた。
それは、太陽熱で水を温めるソーラー温水器というものらしく、昔からある物らしい。
屋根の上で作られた温水は、台所と風呂、そして農作業が出来る納屋に配管されていた。
配管と言っても、以前の主人が塩ビパイプを自分で継ないげ、パイプに断熱材を巻きつけた手作り配管であった。
しかし屋根のソーラー温水器だけでは水温が足りなかったのか、以前は竈でお湯を沸かして風呂に足し湯をしていたようだが、さすがに近年はガス湯沸かし器を追加したようだ。
その為に納屋の軒先には、何本かの大きなLPガスのボンベが設置してあった。
不動産屋に聞いた話では、この地域の積雪はそれほど多くないとの事であるが、ここは山の中である。
雪が積もり始める季節になると、孤立した場合は長期間の自給生活となる場合に備え、冬の間に必要な燃料であるプロパンガスや灯油などは、一般の家庭よりも大量に保有していた。
それらガスや石油は、麓の燃料屋さんがこの山の中まで配達してくれていたようである。
しかし農家につながる狭い山道は、2台の車がすれ違う事も出来ない。
そのような山の中への配達なので、今時から新規の契約は断られるとの事で、不動産屋のアドバイスで、これについては以前からの契約者の名義を引き継がせてもらう事になった。
電話については、携帯電話の基地局が麓にも出来たので、山が開けた見通しが良い方角では山の中でも電波が入るところでは、なんとか電話も使えるようになったらしい。
耕平は、携帯電話を持っていなかったので、それすら関係はないが。
なので、家の中の何か所かに『電話可』と書いた紙が貼ってあって、最初はその紙の意味する事がわからなかったのだが、どうも携帯の電波が入りやすい場所にそれが貼ってあるようだ。
もっとも、スマホすら持たない耕平にとって、そんな事はどうでも良い事であった。
そもそもこんな辺鄙な場所で畑をやってみたいと言う耕平みたいな若者は貴重であり、長い年月をかけて爺さんがコツコツと作ってきた家だから、この家が荒れ果てない事を願っているらしい。
この家であれば、納屋のランプを使う事で、例え電気が無くともこれまで通り生活する事は出来る。
世間の状況に影響されない、自給自足で自由な高校生であった。




