2-8 空からの届け物
停電は時々起きる事であり、誰もが停電などはすぐに回復すると考えていた。
特に何かが起きているなどとは考えず、きっと電力会社がすぐに修理して、治してくれるものと思っていた。
そんな状態は長く続くなどとは考えてもいなかった。
復旧はまだか!と文句は言っても、それが永遠に続くなどと考える人は、たった一人もいなかった。
そこは、大きな街の駅近くにある避難所であった。
駅前にある高層タワーマンションから避難してきた人であふれ始めていたが、避難所開設の指示が来ていないので、施設前で多くの人が困っていた。
そこで救援物資の提供は行わないが、場所と毛布の貸し出しだけを提供するとして、施設の管理者の独自判断で開放をした。
避難所には、その高層マンションだけにとどまらず、付近の住宅からも多くの人々が非難して来ていた。
電気が停まった事で、オール電化で統一されたマンションでは何も行う事ができなくなっていた。
風呂や調理はおろか、最悪なのがトイレまでもが使えなくなった。
換気扇は止まり、水も流せなく、トイレは家の中に臭気を放つが、これを止めることは出来なかった。
マンションを出て近くのトイレに行こうにも、エレベータは停止し、高層階から暗い非常階段を手探り状態で昇り降りするしかなく、何度もの昇り降りすることは難しかった。
たった1日で自宅での生活に限界を感じ、多くの人が同じ電気がないのであれば、まだ避難所の方がましだと言う事で、マンションの近くにある避難所に取り急ぎ向かった。
しかし、同じような考えの人たちが多くいて、想定より多くの人が避難を開始したため、仮に開いただけであった避難所であるが、早い時間に定員を超えてしまい、後から来た人はさらに遠い避難所に向かう事になった。
やがて暗闇の時間を迎えると、そこへ避難をしてきた人たちが住んでいる高層タワーマンションから火災が発生した。
タワーマンションのその部屋では蝋燭を使って明かりを取っていた。
外に出る際、部屋が真っ暗なため、靴が玄関のどこに有るかすら見えなかった。
玄関の最後の明かりとして、避難所に向かう際に火が付いたまま蝋燭が室内に残された。
蝋燭は大きなガラス皿の中央に立てられており、少しすれば蝋燭は燃え尽きて自然に消えると考えられ、たとえ倒れても皿の中であるので安全だと考えていた。
ところが玄関扉を閉める際に吹き込んだ弱い風で、壁に貼ってあった一枚の紙がその蝋燭近くに落ちてしまった。
建物は防火材や難燃材で作られている高層マンションであるが、室内には可燃物があふれていた。
室内スプリンクラーは作動せず、火災報知機は鳴らずに、換気口に流れ込んだ炎により、静かに建物に燃え広がって行った。
電気が有れば、すぐに発見されて消されたであろう小さなボヤは、やがてマンション全体を猛火に包んでいく事になってしまった。
外から、『近くでマンションが燃えているぞ』との叫び声が避難所の中にまで聞こえてくる。
避難所はマンションから少し離れていたが、その中層階で小さな炎が燃えているのが確かに見えた。
すぐ戻るつもりで、ほとんど荷物を持たない身軽な服装で避難してきた そのマンションの住民達は、自宅が燃えてしまうとパニックとなるが、今さら炎の中に戻ることなどはできない。
自宅に燃え広がろうとするのが見えて泣き叫ぶ人。 それを見た人は我が家も心配となってきて、急いで戻ろうとする人達で、暗い避難所の中は騒然としてきた。
携帯電話が使えないので、近くに災害用公衆電話がないかと探す人。 さらに、いつまでたっても来ない消防車にいらつく人。
一度は停電の暗い夜を無事に乗り越えることができたが、暗くなるたびに発生する火災に、夜を迎えた人々は恐怖に陥いっていた。
以前であれば夜は明るい時間であったが、夜が来ることを、そしてその暗闇を、人々はとても怖いと感じるようになっていた。
そして、いつでも使えた明かりの大切さを知ることになった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
日本は夜明け前の4時すぎ、大停電発生からおよそ30時間経過した頃、それは空からひっそりと降ってきた。
夏であるのに、それは霰の様な小さな白い塊であった。
短い時間であったが、軒先はパラパラと小さな音をたてたが、まだ皆が深い眠りについている真夜中であり、明かりを持たない人達が暗闇の中でそれを確認する方法はなかった。
多くの小さな粒は、地面に落ちるとそのまま蒸発するように消えていったが、それより大きな5mmほどある塊はそのまま地上に残った。
この周囲に降った物では、中には3cmくらいまである塊も地面に残っていたが、それは軽石のように軽い物であった。
降った事すらほとんど気が付かれることはなかったその小さな塊は、その時はほとんど見つけられずに見逃されていった。
ヨーロッパやアメリカなどでは、日中にそれが発生した。
黒い板の上など目の前に落ちてきたことで、それに気が付いた人も多くいたようだ。
それを見た学者から、それは太陽風に乗って遥か遠くの宇宙から地球に流れてきた、微小流星物質である『流星塵(micro meteorite)』ではないかと考えられていた。
実際には、それは太陽風の通過後、ヴァン・アレン帯外帯の外側 およそ20,000kmの宇宙空間に浮かんでいた物が、地球の引力に引かれて落ちてきた物であった。
そして宇宙空間から等しく降り注いだため、地球の7割の面積を占める海にその多くは降り注いでいた。
川に落ちた石は、そのまま流されていったり、ゆっくり川底へと沈んでいった。
海に降った石であるが、多くは海底まで沈まず、塩分濃度と比重が釣り合うためか? 塊によって異なるようであるが、多くは深さ30mくらいの海中を中心に浮かんでいた。
その深さであれば、以前であれば漁網にかかり、その石は掬いあげられたのであろうが、漁船が動いていないため、それは見つけられていないかった。
海に落ち、海岸にまで流れ着いた石は、波で浜辺に打ち上げられ、海岸線には白い筋模様が出来ていた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「お母さん、これって何?」
道路で見つけた白い石、小さな子供にとって変わった石は宝物だ。
「あら、それどうしたの?」
「家の前で拾ったの。 お母さんにあげるね」
「まあ、素敵なプレゼントね。 じゃあ、お母さんからはお菓子のプレゼントあげるわね」
「わーい」
家の中は停電で暗い為、外で遊ぶしかない女の子は、石を拾った事でお母さんに褒められたのがとても嬉しくて、その後も暗くなるまで、庭や近くの公園で白い石を拾い集め、今度は自分の宝もの箱に大事にしまっていた。