2-5 売切御免
昨夜からの停電のために、町で一番大きいスーパーマーケットでは、朝になっても出勤できない人もいて、開店時間になっても店員が足りずに、暗い店舗は混乱していた。
朝届いているはずの商品がまだ入荷しておらず、停電した状態で温度管理が出来ていない中、生鮮品などが1晩経過してしまった。
町のローカルスーパーである為、社員は近所からの採用が多く、精肉と総菜部門の担当者は自宅がスーパーに近く、この停電であっても歩いて出社してきていた。
しかし開店時間となるが、いまだ停電は復旧していなかったので、担当者判断で店内に残されている生鮮品について、加工調理を行い販売する事に成った。
停電であるが、ガスや水道までもが使えなくなっていたが、幸い店内でカセットコンロとそのガス缶を売っていたので、店内にある商品やミネラルウォーターを使い、残っている材料を加熱や塩蔵にして、すこしでも日持ちできる加工を行った。
鮮魚は昨日中にすでに売りつくされていたので、主に店内に残されていた肉と野菜を主材料にして、とにかく店内にある材料をつかって、調理をしていった。
いつもの業務用の厨房機器に比べれば、カセット式のガスコンロの火力は小さく頼りない炎であったが、それでも今はとても頼りになる炎であった。
店内厨房で作った料理は、その場でパックして店の前に並べられた。
そのパック詰め作業ですら、電気が無いために電熱線でラップが切れないので、横に一人ついてナイフでラップを切ってくれた。
当然ラベルプリンターは動かないので、そのもう一人がマジックで値段だけをラップ表面に手書きしていった。
出社している店員は少なく、POSレジも使えないので、混乱を避けるためにスーパー店内には客を入れず、作った総菜のパックを100円、500円、1000円となるようにし、店の前に並べて行った。
ほとんどの人達が自宅で電気・水道・ガスが使えず調理が出来ないため、作った総菜は近所の人たち中心に、次々と売れていった。
このスーパーには、もともと車で買い物に来る人が多く、歩いてくる人などはほとんどいなかったが、今は多くの人が車を使えず店の前を歩きはじめていた。
そして、たまたま店の前を通りかかったお客さんの多くが商品を買ってくれたので、作る料理が間に合わなくなる状態であった。
店頭では、料理の他に、飲料やハム、ソーセージなどの保存可能な商品も、いくつか1まとめのセット価格にして一緒にテーブルに並べると、こちらもすぐに完売してしまった。
食料、水はもちろんの事、紙製品や布・タオル、トイレ用品のほか、暖をとれる物、雨風をしのぐ物は、テーブルに並べるそばから瞬殺であった。
便乗商法ではないが、停電とは関係なさそうな商品も、テーブルに並べておくと、それすら飛ぶように売れていった。
最後は味噌や醤油と言った保存が利く商品までも、1つ残らず売れてしまい、驚くことに店内や倉庫は空っぽの状態になってしまった。
そのスーパーで食べ物などが販売されている話が伝わったのか? 翌日は開店前から店舗に人がやってきた。
しかし、前日の夕方までに店内のすべての商品はすでに売りつくされており、また在庫の補充もされないために、停電が解消するまでの間は店舗を休業する事に成った。
後からやって来たお客さんは、シャッターに貼られた『休業のお知らせ』の張り紙を見ると、ひどく残念な顔をして帰って行った。
近くの商店でも、そのスーパーの商法を参考に、店舗の前に机を出し、現金での路上販売が始まっていた。
いろいろな店舗では、食料、日用品はもちろん、仏壇屋では蝋燭や、なぜか線香までもが売られていて、しばらく停電が続くのでは?と考えた人により、それらは瞬く間に売り切れていった。
また、避難所に指定されていた施設にも人が集まり始めていた。
最初は、たかが停電ぐらいで避難所に駆け込むなんてと思われていたが、夕方となり明かりを持たない人々は焦りもあり、着の身着のまま取り合えず避難所に集まってきた。
しかし、その避難所の開設を指示するはずの役所との連絡が取れないため、施設の管理人は迷っていた。
単なる停電の場合、それは災害などとは認定されないので、勝手に避難所を開設することはできなかった。
さらに、その避難所自体も停電しており、施設内では火災の危険があるために、そこには電気による明かりしかなく、火を使う蝋燭などの明かりは備蓄されていなかった。
夜の明かりを期待して集まってきた避難所であったが、既に暗くなりはじめた状態でもそこには明かりは無く、これ以上待っていても無駄だと思われると、集まってきた人たちは夜道の中をとぼとぼと歩いて帰っていった。
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暗くなり始めた街では、停電であっても、あちこちで明かりが見え始めた。
キャンプ好きの人は、持っていたキャンプ用ランタンにオイルを入れて天井から吊るしていた。
ガスの炎を明かりの替わりにしようと思った人もいたが、それはうまくいかなかった。
都市ガスはガス基地からの供給が止まっている為、ガスは供給されていなかった。
しかし、各戸に直接ガスボンベを配布するプロパンガスを使用した住宅では、ガスは出た。
しかし、プロパンガスは出るものの、それでお湯を沸かすことは難しかったのだ。
つまみを回した状態でガスを出し、マッチで火を点けると火はついた。
しかし、回したつまみから手を離すと、そこでふっと火が消えてしまうのだ。
つまみを手で回したまま、ずっと押さえ続けているわけにもいかず、結局諦めてしまった。
近年の家庭用ガスコンロには法律で安全装置が入っている。
ガスが消えた原因は、予期せず火が消えた際にガスを自動的に停止させる、立ち消え安全装置と呼ばれる部品が付いているためだ。
つまみを回していると、ガスバーナーからガスが出る。
点火装置によりガスに火がつくと、そのバーナーの脇に付いた小さく尖がったセンサが炎で熱せられる。
このセンサには、熱により電気を発生する熱電対と呼ばれる素子が使われている。
その熱電対が発する電力でガスの電磁弁を開き、熱電対が熱せられている間はつまみから手を放しても、電磁弁を通したガスが供給する仕組みになっている。
煮こぼれなどで予期せずに一度火が消えると、電磁弁が閉じてガスの供給は停止し、自動的にガス漏れを防いでいるのだ。
電気という物が失われてしまったため、熱を加えても熱電対からは電流が流れず、電磁弁は動作せず、つまみから手を離すとすぐにガスが止まる。 なんとも困った状態になっていた。
ところで、マッチではガスに火を点けることが出来た。
マッチは化学変化で発火するために、電気を必要としていなかった。
圧電式ライターや、少し高級な電子式ライターは、電気を使っているために火花が出ずに着火できなかった。
しかし、オイルライターや安い100円ライターなどでは着火することが出来た。
これはライターの着火部にフリントと呼ばれる発火石が付いており、円筒状のやすりを親指で回転させ、やすりで発火石を削る事で火花を飛ばし、それで着火できた。
キャンプで使用する、オイルランプやガスランタンなどの器具を持っていた人は、停電の中でも自宅の明かりを手にすることが出来ていた。
また、クリスマス用品などを押し入れから引っ張り出し、キャンドルポッドで大きな蝋燭を用いる人たちもいた。
しかし、新たな燃料はすでに売り切れて入手が困難である為、限りある燃料は永く使用できることは出来なかった。
火を扱うのに 正しい器具を用いた人たちには問題はなかったが、蝋燭をそのまま机の上に立てたり、また屋内で木材を燃やす人達までもいた。
しかし、それらは、次の災害を呼び込む事になった。 そう、一番危険な住宅火災だ。
消火したくとも水道からは水が出ず、さらに消防車もこない。
住宅密集地で一度発生した火災は、飛び火により、瞬く間に周辺に燃え広がり、最初は小さな出火から、街全体が消えていく事に成った。
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多くの出火では、水道から水が出ないことで、初期消火に失敗していた。
そして、消防車が来ないこともあるが、街の消火栓も使えず、町全体を炎が包むことになって行った。
東京の下町、隅田スカイタワーのお膝元は木造家屋が密集して建ち並ぶ、いわゆる木密地区である、
恐れていた通り、ここでも出火が発生した。
それも何か所から同時に出火したため、周囲一帯は火の海に変わるかと思われた。
密集地区で一番怖いのが、飛び火による延焼である。
しかし、この木密地区は以前より火災に対して敏感であり、普段の生活からあらかじめ準備がされていた。
町のいたるところには雨水を貯めたドラム缶が置かれていたり、防火用水が地下に準備され、それを汲みだせるような手動ポンプが設置されていた。
そして一番大きな事は、そこに住む人々の防火意識が高く、ボヤを見かけると町内の人びとが結束して、消火活動に参加した。
そのおかげもあり、小さな炎が見つけられると、バケツを持った多くの人がそこに駆け付け、貰い火により類焼しかけていた周囲の木造家屋も、ほとんど被害なしに無事に残った。
安全と思われた近代的な高層ビルやその周辺の街が大火となり、大火災の危険があると言われた地区が無事に生き残ることが出来たのは皮肉な物であった。




