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【完結】Camellia~紅の吸血鬼が紡ぐ物語~  作者: 八十浦カイリ
第五章 人魚はそうして目を閉じた
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第五章 13 せめて目を開けて

改めて寒河江さんと別れてから、再び隣町への道を歩み始める。

その中で、わたしの中にずっと引っかかっていたものがあった。

真魚ちゃんの言う「懐かしい感覚」。それは、わたしが夢で見たリアさんの姿と近いものなのだろうか。

あの時も、リアさんの名前も、顔も知らないはずなのに、懐かしいような、温かいような、そんな感じがした。

「芽衣も生まれは人間なのに、吸血鬼である私の夢を見ていたのよね?」

「うん、見てたよ。あの時になるまで正体はわからなかったけれど……」


でも、結局あの夢の正体は今のわたしにとってもよくわかっていない。だって、予知夢にしても内容の意味がわからないからだ。

「…まあ、予知夢というか、無意識に周囲の情報からそれに近いものを見ることはありますが。ですがその頃あなたは吸血鬼ではなかったのは確かなのですよね?」

「うんうん、当たり前だよ。そもそも、吸血鬼の存在自体知らなかったんだから」

「……あの、何の話してるんですか?」

「ううん、こっちの話。えっとね、真魚ちゃんって夢を見ることはある?」

「ありますけど……最近はなんだか海の中にいる夢をよく見ますね」

「海の中にいる夢。人魚だというのであれば住処は海でしょう。ならば、無意識のうちに海へと惹かれていっている可能性はあります」

「そういうものなんでしょうかね……?」


潮風の吹く道をずっと歩き続ける。

暑さで少しだけ頭がフラフラしてくるけれど、それでももし真魚ちゃんの力になれるのであれば、その暑さも少しだけ気にならなくなってくる。

なんだか心臓が高揚しているような、そんな感じがしてくる。

わたしは決して、彼女が、真魚ちゃんが救われないような結末にだけはならないように、なんとかできることをするしかない。

横を見れば真魚ちゃんも、相当に暑そうな顔をしているのが見えた。

長い前髪から汗が垂れている。ただでさえ暑いのに、あれでは余計に暑そうだ。

「真魚ちゃん、暑くない?」

「暑い……ですよ。でも、もうこの前髪にして1年以上は経つんで…もう今更なんです」

真魚ちゃんにとっては、これだけ暑くてもこの髪は長いままにしておかないと、もう人と顔を合わせることができないんだ。

そこに至るまでの苦しみは、最早わたしが想像するようなものよりよほど、重くて大きなものなんだろう。


「もし、私が人間じゃなくなって、人間じゃいられなくなったとしたら、咲坂さんはどうしますか?」

「どうするって……わたしにはまだわからないよ」

「私……人と目を合わせるのは嫌いだし、何なら人間って生き物自体がなんかちょっと嫌なんですよ。でも、不思議と。自分が人間じゃなくなるのは、嫌なんです」

「……抵抗はあるでしょうね。あなたはもう人間じゃないなんて突きつけられたら。激しく取り乱すのは当たり前です」

「あはは。わたしも最初はそうだったからなぁ。今もまだ迷ってるよ。人間として生きるべきか吸血鬼として生きるべきか。まだまだ、人間としての友達もいるからさ」

あの居場所を失ってなお、わたしはまだ人間でいようとしている。贅沢な願いなのかもしれないと思っている。でも。


「私は……ちょっと考えてるんです。このまま人であることを忘れられたら、楽になれるんじゃないかって」

「真魚、ちゃん……」

「でも、それはもう無理になったんですよ。だって……咲坂さんがこれだけ私に気を色々回してるんですから。それって、なんか咲坂さんを裏切ったみたいじゃないですか」

「芽衣のせいで、なんて言うのはやめなさい。それはあなたの意志を、芽衣に押し付けているだけだわ」

「私はそんな風には考えてないんですよね。だってもう、私の意志の中に、咲坂さんの存在が入り込んできちゃったんですから。この後私がどうなっても、責任取ってくださいね。他人助けるって、そういうことですよ」


「……はぁ、助けられる側が言う台詞ではないと思うのだけど。とはいえ、最後まで責任を取るべきというのは、私も同意するわ。代わりに一つだけ約束してちょうだい」

リアさんが真魚ちゃんに対して向ける視線は、とても厳しいものだった。

わたしには、どうして彼女がそんなに冷たく厳しい目をするのか、わからなかった。

「芽衣に対して、そういう態度を取るのは絶対にやめなさい。あの子が優しいからあなたに何も言わないで済んでいるけれど、相当に失礼なことを言っているわ。

助けられる立場なのだとしたら、あの子の自責を煽るようなこと言わないで」

「……っ。わかってるんです。素直に助けてと言えたら、どんなに楽だったのか。言えないんですよ。私、どうせまたダメなんじゃないかって、裏切られるんじゃないかって、だからそれが怖いから、いっつも突き放しちゃうんです」

「だからと言って、あなたね……!」

「リア」


「それ以上は言っても平行線ですよ。六月さんが極度の人間不信に陥っているのは、わたくしでなくてもわかります。他人に期待していながら、他人に期待していない振りをしないと自分を守れなくなっているんです」

「……私にはよくわからないわ」

「わからないならわからないでいいです。六月さん、ごめんなさいね。あの人は芽衣さんが悪く言われるんじゃないかと思って、怖かっただけなんです」

「結局、私ってどうすればよかったんですかね?すぐわからなくなるんです。皆、いざという時は君が好きな方に向かえばいいって、選びたい方を選べばいいって、いつもは私に好き勝手言うくせに、そういう時だけ責任を負ってくれないんですよ……!」


わたしたちは、何も言えなくなってしまった。

リリスさんだけじゃない、あれだけ食ってかかっていたリアさんもだ。

「真魚ちゃん」

「……今度は何ですか」

「わたしたちは、全部の責任を負えるわけじゃない。だって、人生を歩んでるのはわたしじゃなくて真魚ちゃんだから」

「そんなの、そんなのわかってるんですよ…」

「だからもし、その選択で傷つくことがあるんだとしたら、わたしたちに言ってほしい。一言、助けて、って。それでも全部助けられないかもしれない。信じてくれなくてもいい」

自分でも、正直何言ってるかわからない。言葉がまとまらなくて、思いついたことを一言一言、真魚ちゃんにぶつけていくしかなくなってる。

でも、わたしはそれでも目の前の女の子を放っておけなかった。それは藍さんに対する罪悪感なのかもしれない。一種の偽善なのかもしれない。それでも。


「だから、せめて目を開けて、わたしたちの方を見て。そうやって閉じたままの目じゃ、明るい道だって見えないから……!」

「………勝手なこと、言いますね。咲坂さん」

俯いたままの真魚ちゃんが、ようやく少しだけ顔を上げた。思えば彼女は、今日になってもずっと俯いたままだった。

「ここまで来たらもう、一蓮托生ってやつですよ。途中で放り出したら一生恨みますからね」

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