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【完結】Camellia~紅の吸血鬼が紡ぐ物語~  作者: 八十浦カイリ
第五章 人魚はそうして目を閉じた
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第五章 11 美しかったもの

再び水谷家を待ち合わせ場所にしたわたしたちは、改めて隣町まで向かうことになった。

「行ってらっしゃい」

「はい、行ってきます!」

伸治さんからの挨拶は、まるで我が家のようなやり取りだった。

人の温かみ。それが胸の中へと沁みていく。


ここまでこの街で出会ってきた人達は、皆優しい人だった。

寒河江さんも少し変わった人だったけど、それでもわたしたちと一緒に食事をとってくれた。

でも、真魚ちゃんの周りだけは違う。彼女の周りにはずっと悪意が渦巻いていて、その渦巻く悪意に目を開けることができない。

その苦しみは、痛みはわたしひとりには想像できない程のものなんだろう。


「えーっと……ここからとなり町までは……」

スマホで地図アプリを開く。歩いていくには……2時間かかるみたいだ。

「いかんせん町ひとつ移動するわけですが、遠いですね」

「うん……結構大変かも?真魚ちゃんも日傘使う?」

「日焼けしたら嫌ですし、使いますよ。でも良いんですか?」

「余りがあるのよ。いざという時に破けたり使えなくなったりした時のための予備。予備なしで動くのは少し不安だけれど問題ないわ」

「なるほど……ありがとう、ございます」

小さく頭を下げる姿に、リアさんも同じくらい小さく頷いた。


「とりあえず……歩きながらじゃ確認できないから、分かれ道になったら確認するね。歩きスマホは危ないし」

「本当に助かります。わたくしも調べてみたのですがいまいち使い方がわからなくて……」

「色々機能あって迷っちゃうもんね……」

正直、わたしでもまだ完璧にスマホを使いこなせている気はしない。買ってもらえたの、高校に入ってからだし。

「どうにも文明の利器には慣れないのですよね」

「歳じゃないかしら」

「わたくしより使えてないのによく言いますねリア」

「あ、気になってたんですけど。吸血鬼ってだいたい何年くらい生きられるんですか?」


「何年ですか?まあ……わたくしの周りに寿命まで生きた吸血鬼はなかなかいなかったのであくまで推測ですが、大体1200年くらいと言われてますね」

せ、せんにひゃく。まさかの4桁の数字に、流石に動揺が止まらない。

「えっと……400ってことは大体人間でいうと20代後半……くらいですか?」

「単純計算なら。厳密には違いますけどね」

「いえ、そこの赤髪の方の人が割と子供っぽいんで意外だと」

「真魚ちゃん……」

リアさんが案外子供っぽいのは、出会ってすぐの頃から何となく感じていた。

吸血鬼はずっと姿が若いままだから、それに引っ張られて性格までそうなるようなところはあるのかもしれないけど。

でも、真魚ちゃんは相変わらず直接言い過ぎだよ!


「……芽衣」

リアさんがわたしの袖を掴みながら、ゆっくりと目をこちらに向ける。

「私ってそんなに子供っぽいかしら」

「うーん……私にはあんまり、わからないかな?でも、リアさんのそんなところもわたしは好きだよ」

「そう…そうだったのね……」

そう呟いた後、顔を伏せながらしばらく押し黙ったリアさん。もしかして、そんなに気にしてたのかな……


「ああ見えても意外と繊細ですからねリアは」

「なんか……吸血鬼っていうと遠い存在みたいですけど、そんなことないんですね」

「ふふ、まあわたくしなんて元々街中に住んでいましたから。たびたび挨拶を交わす相手などというのもいましたよ」

遠い世界の存在。先月の始めまで、わたしにとってもそうだった。

それが、今や隣を歩くような存在になっている。もしかしたら、真魚ちゃんにとってもわたしが、わたしたちがそういう存在になりそうな、そんな気がしてきた。


気づけば、日に照らされた道を一時間は歩いていた。

時々話をしながら、町の景色を見ながら。

そうしながら歩いたら、時間はあっという間だ。

「それにしてもこの町ってほんとに何もないですよね」

「そうかな?いっぱい色々あったと思うけど」

「電車だって1日数本ですよ」

「そ。それは確かに不便だけど……」

神楽坂町にいた頃は、いつでもすぐに電車が来てくれたからなぁ。

よく考えれば、あれも相当便利だしありがたいものだったと思う。


「でも、ここの海、きれいだなぁ」

道の端から少し遠くの景色を見ると、そこは陽の光で照らされた海が見えた。

光を反射して、きらきらと輝いている。それはまるで水の上に無数の宝石が浮かんでいるような美しさだった。

「……芽衣、どうしたの。足なんか止めて」

昨日見た時とは、また違ったきれいさ。思わずその景色に、わたしは魅了されてしまったようだ。

「ごめん、なんか、すっごくきれいだなって思って」

「まったく……そんな場合じゃないですよ…」

「真魚ちゃんも、ほら」

「って、私は別に見慣れてる景色なんでわざわざ見なくて……も……」

真魚ちゃんも息をのむ美しさに、思わず足を止めたらしい。


「こんな時間にここの景色、見た事なかったから……」

「あれ、六月さん、あなたもしかして…」

真魚ちゃんの方を見る。彼女の頬には、光を反射してきらりと光るものが1つ、流れていた。涙だった。

「どうしてなんでしょうね……これまで、ずっと嫌なものばかり見てきましたから、でも……この街にも、綺麗なもの、あったんだなって……」

「人の生というものは、常に優しいわけでもなければ、厳しいわけでもないんです。幸せと不幸は必ず合わせてゼロになるわけではありませんが、醜いものも美しいものもどちらもあってこその世界です」

「リリス……あなたにとって、美しかったものは見つかったのかしら?」

「……ふふ、どうでしょうリア。もう既に"見つけている"あなたからそう聞かれるのは、少々イジワルなのではないでしょうか?」

「別にそのような意図はないけれど、随分と曲解されたものね」


「私…まだずっとこの街で生きたい。どんな酷いことがあっても、この海さえ見られれば、立ち直れる気がします」

「海、もっと近くで見て行こっか」

「はい」

そういって、わたしたちは海岸へと向かう。わたしたちの足は、自然と歩くよりもずっと速い速度で、海を目指していた。

きれいな海が見たい。

その一心だけで、砂浜へと駆けだしていた。


けれど、わたしたちが見たものは期待とは大きく違っていた。

確かに、そこにあったのは昨日も見た砂浜だ。ただひとつ、ひとつだけ異様なものがあった。


「……っ、襲われた……出た、出たんだよ……」

「………!」

肩から血を流している、寒河江さんの姿がそこにはあったのだから。

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