第五章 9 目を閉じた理由
※このエピソードは「いじめ」の描写が含まれます
苦手な方は注意してください
「ねーー、あんたさぁ。ぼーっと突っ立ってないでなんか言えば?」
「暗いんだよね、あんたいると雰囲気悪くなんだよ」
その言葉に対して、わたしは何も返すことが出来なかった。突き刺すような視線が怖くて、わたしを見る目に竦んでしまって、ぱくぱくと口を動かすだけで言葉が出てこない。
まるで、今の私は蛇に睨まれた蛙のように映るはずだ。
「だからなんか言えっつってんだよ」
「そういうところがムカつくってんの、わかんない?」
違う、違う。どうして私にそんな目を向けるの。
始まりは、本当に些細なことだった。
リーダー格の女子と、廊下で肩がぶつかったこと。落ちた筆記用具とノートを拾いながら、私は必死に謝った。
私を睨みつけるその顔が、どうしようもなく恐ろしいものに見えたから。
その態度が『ダメ』だった。
引っ込み思案で何も言い返せない私は、恰好のターゲットになった。
今思えば、元から私の事が気に入らなかったんだろう。でも、この時の私はそんなこと考えている余裕は全くなかった。
顔を合わせただけで、ウザい、根暗、陰キャ、思いつく限りの悪口を言われた。
時には、髪を引っ張って掴まれたことまであった。
ブチブチと髪が抜ける音がする。痛い、目から涙が滲む。息が苦しい。その様子に、また何度も罵声が浴びせられる。
机を拭いたばかりの雑巾を口に放り込まれたこともあったなぁ。あの時は本当に気持ち悪くて、おえっ、とえずく声を出してしまった。それを見て、あの女子たちは笑っていた。まるで気持ちの悪い虫でも見るような目だった。
あの子達の私を見る目が嫌で、前髪を伸ばした。
前がとても見づらかったけれど、それでもあいつらと目が合わなかっただけで私は大丈夫な気がしていた。
……気がしていただけだった。
長く伸ばしていたはずの髪も、ハサミでいたずらに切られてしまった。
前髪だけは何とか死守したけれど、昔友達が好きと言ってくれた髪を切られたのは、とても悔しかったし嫌だった。
家に帰って眠っても、いじめの光景が何度もフラッシュバックする。
どうしても悪夢を見て眠れなくて、真っ暗闇の中泣き出したことだってあった。
お父さんにも相談して、学校の先生にもこれを止めてくれ、って頼んだ。でも、ダメだった。
「遊びでやっていることにわざわざ教師が介入することではない」
「それに六月はあいつらと仲が良いじゃないか。何が気に入らないんだ」
腸が煮えくり返る思いだった。面倒だからとっとと話を終わらせてくれ、なんて思いで話を聞いているのが、目を見なくてもわかった。
夏休み前に、お父さんが心労と疲労で倒れてしまった。ああ、もうこの世に救いはないのかな。
独りの夜は何よりも冷たくて、夏のじめじめした空気が、ますます私の心を蝕んでいくような気がする。
私は、どうしたらいいんだろう。
しかも、どういう原因なのか、足に変な痣まででき始めてきた。
まるで魚の鱗のようなそれに、触れてみると人間の肌とは思えない感触がして、気持ち悪くて、怖かった。
何より、これをあのグループに知られるのが怖い。そんなこと知ったら、絶対にいじめのネタにしてくるに決まってる。
病院に行ったりして相談してみたけど、それらも全部ダメで。
それこそ、藁にもすがるような思いで、私は咲坂さんたちを頼ることにした。
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「……ひどい」
咲坂さんは私の話を聞いて、口を手で覆っていた。
「嫌な話ね」
カメリアさんはそんなことを言いながら、それでもその目からは怒りの色が滲み出ていた。
「…………」
金髪の吸血鬼さん…確か、リリスさんって呼ばれていたかな。何か、複雑そうな顔をしていた。
私から何か目を逸らそうとしているような。
「正直、私の側からも喋るのキツかったですけど……でも、夏休みだからあんまり気にしてはいないですよ、今は……むしろスッキリしたくらいですし…」
「いえ、あまり無理はしてはいけません。そのように虐げられ続けていると、心が荒んでしまいます。正直、その学校を去るのも手だと思いますが」
出来る事なら、私だってそうしたいけれど。
「……言ってませんでしたっけ。私中学生なので。高校だったら辞められたかもしれないんですけどね」
そう、今私は中学3年生。受験に向けて、勉強をすべき頃だ。もっとも……今はそんなことを考えてられる心の余裕なんてないけど。
「あ、真魚ちゃんって葉月ちゃ……わたしの妹と同い年だったんだね。同い年くらいかと思ってた。なんか、雰囲気が大人びてたから」
「そうですかね?というか、それは咲坂さんが子供っぽいだけなんじゃ……」
「……わたしそんな子供っぽいかな?」
「わたくしからはノーコメントで」
なんていう、小声の会話が聞こえてきた。
「ところで、わたくしは一つ考えている可能性が一つだけあります。あなたの肉体の亜人化の原因を」
「あ、そういえばその話でしたね……」
「六月さん。あなたは自分が生まれた病院はどこであるか覚えていますか?」
「えっと……それが」
どうだったかはよく覚えてないけれど、確か。
「隣町の病院だった気がします……で、それがどうかしたんですか?」
「ええ。念のためそちらで話を聞こうと思いまして」
「リリスさん、何か考えたの?」
「ええ。と言ってもあまり考えたくない可能性ではありますが……少なくとも六月さんのお父様は人間でした。亜人の因子のようなものも見つからず、完全な人間です」
「あ、そうなんですね……」
「なので、今一度あなたの出生を洗ってみようかと」
「行きましょう、あなたの生まれた場所へ」




