第四章 19 日常を送れる場所は
「あれー?睦海、どうしたの?珍しく疲れた顔して」
「やはり詩音でもわかりましたか。実は昨夜考え事をしていまして、あまり眠れなかったのですよ」
朝、鏡の前に向かった自分の顔を見て絶句しましたとも。
珍しく髪はボサボサになり、目の下には濃い隈を作り、だらしなく口は半開きになっていました。
少なくとも詩音には見せたくないような形相になっていましたよ。
「考え事……っていうと、楓のこと?」
「他にないでしょう。何せ、彼女には……」
この先を言うかどうかは迷いました。詩音に余計な先入観を植え付けてしまえば、この先麻倉さんと仕事をする上でそれは障害になる。
それは避けたい。ただ、昨日あったことだけは報告すべきだとも思いました。
「ええ。何でもありません。ただ、昨日亜人の成れ果てと交戦しました」
「……へぇ、最近多いねぇ。実は僕も鳴と一緒に戦ってたんだ、そいつと」
「……あなたもでしたか」
傍らにいる有栖川さんを見ていると、小さいですが腕に怪我をしているようでした。ガーゼで止血をしている程度なら、大した怪我ではなさそうですが。
「お前らも交戦したっていうなら、相当増えてんだな、成れ果て。何か目的があって増やしてるやつがいるとしたら気持ち悪くて仕方ねえぜ」
「え、何?黒幕がいるってこと?」
「俺たちは少なくともそう考えてる。出現する頻度が異常だ。襲われて病院に運ばれたやつもいるらしくてな。早いとこ対処しないと更に怪我人が増えるぞ」
「そうですね。本当に大変な時期に新人が入ってきたものです」
果たしてこの状況で麻倉さんを本当に加入させるべきか。私と詩音で彼女を制御できる保証があるなら、それ以外選択肢はない状況なのですが。
「そろそろ麻倉さん?にも協力して貰わないとね。ところで彼女、今日は来てないのかな」
「はい、そうですね……」
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家に帰った後、私はまずお父さんとお母さんにものすごく心配された。
最初はすごい怒られると思った。だって……こんなに家めちゃくちゃにしちゃったし。
でも、そんなことはなかった。まず、私の無事を喜んでくれた。
家は片付けられていたけれど、暴れていた爪痕がまだいくつか残っていて、私はそれを直視できなかった。
まだまだ夏休みは長い。夏休みの宿題はありつつも、しばらくはずっと学校からは離れる日々だ。
でも、学校に行っても部長……柚葉にはもう会えない。
芽衣にだって、もし顔を合わせたら自分が何するかわからない。
妹さんの顔を見た時ですら、訳のわからないまま気づいたら首を絞めていた始末だったのだ。
あの日から、自分の気持ちが全く制御できなくなってしまった。
衝動のような何かに襲われて、身体の制御が出来なくなっていく感覚。
でも、その間確かに自分の意識はあるのだ。だから、それらを自分の意思で行っていたことは間違いない。だから、次何かやってしまったら、その時は自分でしっかり責任を取ろう。
ベッドに横たわって眠ったら、驚くほどにぐっすりと眠れてしまった。
朝起きて、時計が示した時刻は朝の10時。夏休みとはいえ、こんな遅い時間に起きるのは初めてだ。朝ごはんを取ることも忘れ、すぐに着替えて私の足はある場所へと向かっていた。
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「…おはようございます!」
事務所のドアをノックし、息を吸い込んでから一言。あまりにも勢いよく言ったせいで、声が裏返ってしまった。
「あのな……学校じゃねえんだからそんな思いっきり挨拶する必要はねえんだぞ」
「勢いがあっていいじゃないか」
「あはは、やっぱおもしろーい」
一気に注目されて赤っ恥。そりゃ、流石に勢いよく言い過ぎたかなって思ったけど……!
「ここに来たということは、正式に私たちの仲間になる決心が固まったということでよろしいですか?」
「……はい。あの後色々考えたんですけど、やっぱり私にはここしかないなって思いまして」
「ここしかない、ですか。そう思った理由は?」
睦海さんの顔が険しくなる。私何か変なこと言っちゃったかな……?
「私……あれから自分の気持ちが抑えきれなくなることがあって。家に帰ってからも全然落ち着かなくって。でも、詩音や睦海さんと一緒にいれば、もうちょっと自分を抑えられるかな、って思いまして」
「……そうですか」
納得したように、あるいは呆れたようにか。その意味は読めないけれど、私の言葉に対し睦海さんが顔を伏せた。
「……睦海」
「どうしたんですか」
「楓が戦力になるっていうのは確かだろうし、そこで躊躇ってても仕方ないんじゃない?」
「ですが……」
「ある程度まともじゃない方がやれると思うんだよね。それにここで受け入れないってなったらほんとに楓に居場所なくなるけど?」
「まさか詩音に説得されてしまうとは。いいでしょう」
そのまま睦海さんはこちらに向き直る。
「私たちの仲間としてここにいることを受け入れます。ですが再三」
「……はい」
「この先あなたは何度も傷つき、命の危険に晒されることもあるでしょう。そのことについて私たちは責任を取ることが出来ません」
「はい」
「そして……もし辛ければすぐに辞めていただって構いません。それについて私たちが引き留めることもありません」
「その……いいんですか?機密事項とかあるはずですし」
「命を散らされるよりは良い、という佐久間さんの考えです」
「なるほど……」
本当に、これから大変なんだろうと思う。
でも、もうおかしくなりつつある私を留めてくれる場所は、ここしかないんだろう。
もう、私に穏やかな日常を送れる場所は、少なくとも今はないんだと思う。




