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【完結】Camellia~紅の吸血鬼が紡ぐ物語~  作者: 八十浦カイリ
第四章 その刃はどこへ向くのか
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第四章 17 私にできること、私のしたいこと

「……どうされたのですか」

「私……いったん、家。帰るね。色々暴れちゃったの、謝らないといけないし」

「そうですか……」

そう、あの時戻った。"無意識に蓋をしていた私の記憶"。

完全に目をそらしていた、今の私がやるべきこと。


「そうだ、楓」

「どしたの?」

「これ。護身用っていうか、お守りにね。佐久間さんから持たされたやつなんだけど、すっかり渡すの忘れてた」

詩音は、そう言って銀に光る刃物を手渡してきた。眩しいほどに光を放つそれは、亜人狩りとして活動する上で絶対に必要であろうものだ。

バタフライナイフくらいのサイズだけど、このくらいなら扱いやすそうだ。軽いし。

「麻倉さんはあまり筋力がない方なので、軽い武器の方が持ちやすいと考えたそうですよ」

所詮ちょっと前までの私はいわゆる文学少女。武器の類なんて、扱える方がむしろどうかしている。

詩音が軽々持っている銃だって、きっと私が持てば手にズシリと来る重さのはずだ。


「念のため送っていきましょうか。もう外は暗いですし」

「いやいや、そんないいですよ!」

確かに彼女なら……睦海さんならきっと頼れるはず。でも、これ以上彼女に気を遣わせるわけにはいかなかった。

「外はもう暗いですし、それに昨今は亜人のなれ果ての出現報告も増えていると聞きます。夜道を歩いていた人間が怪我をしたとか。武器を持たされたとはいえ、あなたはまだ戦えません」


「その、亜人のなれ果て……ってなんですか?」

「暴走して完全な怪物となり果てたやつのこと。こうなるともとには戻れなくなるから、ボクたちが"処理"する必要がある。元々この街は亜人が多いけど、普通に生活してるだけじゃこうはならないから数は少ないんだけど……最近妙に多くてさ」

この間遭遇した化け物も、もしかしたらそういう類のものなんだろうか。あの時は……助けてもらった!っていうのでいっぱいいっぱいだったなぁ。

「ま、そういうわけで最近不穏なんだよね。大変な時期だけどよろしくね」

軽く言い放つ詩音だったけど、どこかその表情からは私を心配しているようにも見えて、そこに私は妙な安心感を覚えてしまった。


「ぼけっとすんな、ほら早く帰った帰った!」

「……ふふっ」

「睦海……何笑ってんのさ」

「いえ、素直じゃないなと思いまして」

半ば押し出されるような恰好で、私は詩音の家を出た。

素直じゃないのは、確かにそうだなと思った。


「睦海さんって、いつからこの仕事してるんですか?」

「私ですか?ずっと前からですよ。私の家は代々そういう家柄なんです」

「そうだったんですか?その……亜人狩り以外の道を進みたいって思ったことって、ありますか?」

自分でもデリカシーのない質問だとは思う。けれど、私の中には詩音は勿論、睦海さんのことももっと知りたいという確かな衝動があった。

「ありませんよ。他の選択肢なんて。ただ、今の自分の生を不幸だとは思ったことはありません。選択肢があることが常に幸せとは限らないんです。それに何より……」

少し顔を伏せてから、睦海さんは私の方に向き直る。

「この仕事は嫌いではないですからね」

少し、困ったような睦海さんの笑顔。きっとその言葉は、嘘偽りのない本心なのだろうと、私は確信した。


「麻倉さんにはあまり、危険な仕事には足を踏み入れてほしくないという気持ちはあるのですけれどね」

「やっぱり……危険だからですか?」

「それもありますが、人に近いものを殺すということはそれだけそういう部分の感覚が希薄になっていきます。それはすなわち、亜人が人間の心を失うのと同じだと、私は思っています」

亜人という生き物が、どのようにして人の心を失っていくのかはわからない。けれど、睦海さんなりに、それは他人事ではない、と恐らく言っているのだと思う。

「それに今あなたは精神的にも不安定な状態ですから、それだけリスクも大きいです。ただ……あなた自身にしたいことがあるのであれば、力を貸したいとも思っています」

私自身に、したいこと。今の私に、出来ること。


「友達がいたんです。同じ部活で、いつも3人で遊んでた。そういう日常が、ずっと続くと思ってた」

睦海さんは、私の話に対し返事をするでもなく、それでいて時々私の方をちらりと見ている。

「でも、ある日急にそれは終わったんです。友達の一人が……殺されたんです。何でなのかはわかんないですけど、別の友達が……亜人だったのを隠してたのが原因らしくて」

「私があの子の違和感に、気付けなかったのもあると思うから、だから。蹴りをつけたいんです、動かないでいた私の責任でもあるから」

気づけば、私は歩みを止めていた。それに合わせて、睦海さんの動きも止まる。


「もしあの子が本物の怪物になっていたとしたら、私の手でそれを終わらせないといけない。そうしないと、私の……私の気が……」

「麻倉さん。無理はしないでください」

いつの間にか流れていた涙で、視界が滲む。

「あなたの事情は理解しました。実は……あなたのような人は結構多いのです。だから……本当にあなたのしたいことをしてください」

あくまでも、すべきこと、ではなく、したいこと、と睦海さんは強調して言う。とても、とても大事なことなんだろう。


蹲っていた身体を起こして、再び歩みを進める。

それなりに見慣れていたはずの家への帰り道が、何だか何倍にも遠く感じた。

「……麻倉さん!!」

ぼんやりと道を歩いていると、突如睦海さんの叫び声が響く。

目の前には、前にも遭遇したような黒いモヤモヤが"立っていた"。

「突然大声を出してすみません。まさかこのタイミングで現れるとは」

「あの、大丈夫ですか!?」

「少しだけ掠りました。ですがこの程度でしたらすぐに討伐できるので、先に向かっていてください」

頬に一筋、引き裂かれたような傷が彼女の顔に残る。

傷口から流れている血が、とても痛々しい。

「怪我してるじゃないですか!」

「麻倉さん、下がって!」

「はっ……はい!」


睦海さんは懐から短剣のようなサイズの銀のナイフを取り出し、怪物の攻撃を受け流す。目で追うのがやっとなくらい、その動きは一瞬だった。

「思ったより素早いですね……」

怪物の動きも速くて、彼女はそれを防ぐので手一杯な様子だった。

このままぼんやりと見てしまっては、今にも押し切られ……ダメだ。最悪の結末が頭をよぎる。


私の手は、自然とポケットに仕込まれていたナイフに向かっていた。

「ーーーーーーーー!!!」

形にならない叫びを上げながら、その刃物を……思い切り振り抜く。

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