第四章 12 色々キャパオーバーだよ
「何……してるんだよこのバカ!!!!」
ボクは強引に楓の手を、放させた。流石にこんなことされたら監督責任でボクまでどうにかなる。あの妹らしき少女が人間なのか吸血鬼なのかは知らないけれど、流石に今殺すべき対象じゃないのは確かだ。
「な、で……何で止めるの……」
「咲坂芽衣が例の事件を起こしたとしても、妹は関係ない、ってことくらいわかんないかなぁ?」
「…………」
少女は怯えた目で楓を見つめていた。まるで信じられないという顔だ。
「……めんなさい、ごめんなさい……でも、部長を……柚葉を……殺されたって思ったら……葉月ちゃんまで憎くなってしまっ……て……」
「楓ちゃん…!?何言ってるの……?それに、なんか目も怖いし……何があったの……!?」
あーあー、"めんどくさいことになっちゃったな"
「あなたの姉が……私の友達を殺したって言ってるの……ッ!!!!!」
今すぐにでも飛びかかってまた首を絞めかねない空気だ。まさに一触即発。
「楓ちゃん!!何でそんな…そんなおかしくなっちゃったの!?そっちの子に何か言われたの!?そうなんだきっとそうなんだ……芽衣ちゃんがそんなことするわけないもん!!!」
「あのさぁボクに敵意向けてくるのは違うんじゃない!?」
「その子、その子は関係ないの。これは私の問題だから……」
楓のやつ、まさか咲坂芽衣と……いや、その妹と心中でもするつもりなのか。何もかもがおかしい。そもそも、憎いからと言って妹を攻撃しようもするのもどうかしている。
「何の騒ぎですかこれは!!」
騒ぎを聞き付け、駆け付けてきたのは睦海だった。
珍しく額に脂汗まで浮かべて声を荒げている。それだけで、どれだけの異常事態なのかは理解できた。
「……楓が咲坂芽衣の妹のところまで来てた。しかも殺そうとしてた」
「今の詩音の言うことは本当ですか、麻倉さん」
「本当……です」
「あなたがまだ精神的に不安定なのは理解しています。そんな状態のあなたのもとで『彼女』の名前を出したこちらも責任はあるでしょう。ですが」
「次はありませんよ」
冷たく言い放つ睦海。亜人と対峙する時ですら、こんな冷たい顔はしたことがなかった。近くにいただけのボクですら背筋が冷える程の"マジギレ"だ。
「早くここから離れましょう。あなたは事務所で大人しくしていなさい。先輩からの命令です」
「……うっ……うっ………」
楓は涙を流していた。それは暴走した自分への自責の念なのか、あるいはただ単に感情が抑えきれてないのか。
いずれにせよ、何というか、本当に自分が何がしたいのかわかってないんだろうな。
「詩音。あなたもですよ」
「なんで」
「あなたも大概ですからね。今回は大きなトラブルにならなかったとはいえ、あのまま私が割って入らなければどうなっていたことか……!」
こうなってしまえば、ボクはもう従うしかない。とはいえ今回ボクは何もしてない。むしろ、楓の行動を止めに入った立場のはずだ。
「いずれにせよ……麻倉さんについての対応は考えなくてはいけないでしょうね。事務所に戻ったら話をまとめましょうか」
「あ、あの……」
立ち去ろうと踵を返す睦海に、咲坂妹が駆け寄ってくる。
「どうしました?」
「色々、その……大変なことになってるみたいで……私にも全然わからないんです。なんで、こんなことになってるんだろう……」
「そんなの……私が聞きたいくらいですよ。ただひとつ言えることは。咲坂芽衣という人物の周りで、何か良くないことが起こり続けている。ということだけです」
「芽衣ちゃ……お姉ちゃんのことを何か知っているんですか!?」
「私は一度顔を合わせただけですよ。ただ……そうですね。名乗るくらいはしておきましょう」
「対亜人対策組織、通称亜人狩り、『銀狼の牙』の神原睦海です」
「あはは……なんか……色々キャパオーバーだよ……」
睦海はそうやって彼女に向けて名刺を差し出す。少女は戸惑っている様子だ。
「何か困ったことがあればそちらに電話を。そうだ、あなたのお名前は聞いていませんでしたね」
「咲坂……葉月……です」
そのまま少女……咲坂葉月は名刺を受け取った。
事務所へと戻る帰り道。
道はもう夕方になるというのにまだまだ真昼のように暑かった。
「あんな子のことくらい放っておけば良かったのに」
「何が言いたいのかは大体わかりましたよ。わざわざ麻倉さんを拾ってきたあなたも大概ですけどね」
「だからいちいち一言多いんだってば」
「それにしても……困ったことにはなりましたね。咲坂芽衣。人間から吸血鬼になった少女……ですか。かなり珍しいケースではありますが。彼女の周辺も調べてみるべきでしょうか」
「あのさ」
「何でしょうか」
「楓のやつはどうする気なの?」
「数日の謹慎で済むようには進言しておきます。処遇を決めるのは佐久間さんなので、私だけではどうにもならないかもしれませんが」
何だかんだ、睦海も楓のことはだいぶ気遣ってるらしい。
「ただいまー、あれ?」
事務所へ戻ってくると、楓が隅でうずくまっていた。
「……ごめん、今は話しかけないで」
「わかった」
相当ナイーブな状態にあるようだ。自分でも反省してるならいいんだけど。
「さて……どうしたものでしょうかね」
「何が?」
「改めて彼女の身辺も調査すべきだと考えただけです。しかもそこからは、出来るだけ麻倉さんも遠ざけなくてはいけない。まったく……胃に穴が開いたらどうするんですか」
「開いたことなんてないくせに」
「では胃に穴が開いたら治療費は詩音の懐から払ってもらいましょうか?」
「ちょ、冗談!!悪かったってばいつも気遣わせて!」
「……今のも冗談ですけどね」
一本取ってやった、みたいな睦海の顔に、ボクはなかなか彼女には勝てないんだろうなと、改めて思った。




