第四章 11 不都合な真実
考えたくない可能性だった。
善良だと見たから見逃したし、協力もした。あれが嘘の顔だったのか、はたまた暴走でもしたのかはわからないが。
天野柚葉の遺体はそれはもう悲惨な状態だったのたという。
直接見たわけではないが、その説明を聞いただけで俺は胃の中から嫌なものがこみ上げてきたほどだ。
何にせよ、「あれ」をやったのがあいつだとするならば、それを止められなかったのは俺の責任だ。
考えたくない可能性だった。
元は人間だった。憐れな存在だから見逃した。
望んでか望まずになのかはわからないが、どうせ望んで吸血鬼になったなんてことはないだろう。
人は基本的に変化を嫌う生き物で、ましてや化け物になるなんて望んでやるバカはいない。
そんな吸血鬼が人を殺してしまったなんてことになったら、それこそ憐れみなんてものじゃ済まない程に可哀想だ。
だから心のどこかで、ボクはそいつの善良さを信じていたのかもしれない。
考えてもみない可能性だった。
いや、ある程度察しはついていたのかもしれないが。
明らかに精神に異常をきたした『新入り』と、その直前に起きた殺人事件。自分はなぜそこに関連性を見いださなかったのだろうか。
少し考えてみればわかることじゃないか。
新入りに刺激を与えないために出来るだけ話題にすら出さないようにした、女子高生が惨殺遺体で見つかった事件。
あれこれと考える前に、シンプルな目の前の出来事を追うべきでしたね。
興味がない。
新入りにも、その前に起きた惨殺事件にも。
僕にとって大事なのは愛すべきパートナーのみだ。
亜人を狩るのはあくまで仕事であり、そこに正義感も感慨も感傷もない。それは最早単なる「作業」に近しいものだった。
だから、今回のことも僕は全く興味がない。
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「まさに不都合な真実、と言っても良い代物ですね。考えてもいない可能性でした」
「ボクは考えてたけどね。考えたくはなかったけど。……?」
ギリギリと、何かを削るような音が聞こえた。振り返ると、楓がものすごい形相で歯軋りをしているのが見えた。
「それ、ほんとなのよね……?」
初めて見掛けた時と同じような、一切そこに光を宿さない瞳で、楓はボクを睨み付ける。
「確証は持てないけどね。ただ……そいつももう討伐対象になりそうだから、はっきりと確定してからなら殺してもいいよ」
そういえば……楓は吸血鬼を殺したい、って言ってたっけ。なるほどそいつと知り合いなんだったら、全てが繋がる。
どういう経緯でそいつらに何が起きたのかまではまだわからないけれど。
ただ、おおよそ何らかの原因で「暴走」でも引き起こしたんだろう。一緒にいた吸血鬼の仲間は何をやってたのかって話なんだけど。
「…………っ、…………っ」
肩で息をしながら、未だにボクの方を睨み付ける楓。その姿はまるで暴走寸前の亜人のようだった。
「……まだ、殺しちゃいけないって、こと……?」
「どっかのバカが誤射したことがあるからね」
あくまでも冷静に、冷静に答える。
「…………」
「ちょっと!?」
楓はボクをもう一度睨み付けた後、背を向けて駆け出していった。
その時、ボクに向けて何か言ってきたように聞こえたが、あいにくとそれを聞き取ることは出来なかった。
「……ボサッとしていないでください。追いかけますよ」
「わかってる!」
「あの状態の彼女を放置はできません、きっと私達は……」
ここでボクはようやく気づく。
ボクたちの役割は麻倉楓の『教育』だけではなく、『監視』でもあったということに。
まったくあの腹黒所長は……!!
「はーーーっ、はーーーっ」
探し回ること約20分。7月の30度を越える暑さは予想以上に人間の体力を奪うらしい。すっかり疲れてボクも睦海もへたりこんでいた。
「とりあえずこれを飲みましょう。水分補給は大事ですからね」
睦海がカバンから凍らせたペットボトルを取り出す。中に入っているのはどうやらスポーツドリンクのようだった。
「気が利くじゃん」
「元は自分用ですけどね。自分だけ涼しい顔してても意味がないでしょう。なので三本持ってきました」
そういうとこを含めて気が利くって言ってんだけどね。
あの脳筋バカなら自分のだけしか持ってこなさそうだし。
何てことを、あえて口には出さずに、しかし睦海の顔は見ながら考えていた。
「それにしてもどこに向かったのやら……」
「考えられるなら一つしかないでしょう」
「あーーー、そう」
「咲坂芽衣さんの自宅では?」
もしや……いや。その場合少し面倒なことになりそうか。
「『咲坂』の表札、探そうか」
少しずつ溶け始めているスポーツドリンクを飲みながら、再び立ち上がり歩き始めた。
確か、通学路の近くで一度会ったのは覚えているから……
どこを歩いても景色の変わらない住宅街を歩きながら、目的の表札を探しにいく。
気が狂いそうなほどの暑さと、動かしすぎてもう棒になりそうな疲れた脚を動かすのは、流石にもうキツくなってきた。
「詩音、もしかしてあなた少し運動不足なのでは?」
「はぁ?まあ、ボクはもともとインドア派だけとさ」
「もう少し筋力をつけた方がいいのでは」
あんたはボクの母親かっての。ただ、運動不足は少し痛感する所で耳が痛い。
そこから少し道を歩いたところで、見慣れた姿を見かけた。
どうやら彼女もそこに着いたところらしい。
それにしても、真夏にパーカーのフードを被るなんてどうなってんだか。
ボクなんて薄着でも暑くてたまんないってのに。
なんて呑気なことを考えている場合ではなかった。
それを見てボクは一直線に駆け出した。
「何……してるんだよ、バカ!!!!!」
何故なら、
麻倉楓が、咲坂芽衣の妹らしき少女の首を、思い切り絞めている真っ最中だったのだ。




