第四章 10 気を付けた方がいいかもね
「……正気ですか」
「勿論正気だとも」
俺は確かに耳を疑った。何せ、先日から行っている亜人の変死事件の調査に、麻倉楓を同行させると言うのだから。
「いや、だからと言って……」
「鳴。ここは恭平さんの意見を聞いてからにしようじゃないか。間違いなく何か考えはあるんだろうしね」
「ああ、そうだけどよ……」
優斗に制止され、俺は引き下がる。
だが、麻倉楓に対する不安は、おそらく少しの説得程度は揺るがないだろうという確信があった。
事務所内で過ごしていても、たびたび指の爪を血が出るほど齧ったり、頭を突然かきむしり始めたり、はっきり言って情緒不安定が過ぎる。
ここに入った時は鳴も似たようなものだったよ、と優斗は言っていたが、流石に俺はこんなことしてた記憶はない。
もっとも、幼少期の記憶なんて、ロクに残っちゃいないが。
「一度実戦経験というのを積ませるべきだと思って。何、調べものがメインだから前線に出るのは他のメンバーに任せるさ。それに。
我々長く亜人狩りをやっていると、ついつい価値観が凝り固まってしまう。
これは長年の勘とか経験っていったものとも言えるけれど、そういったものがない方がかえって良い答えを出せることもある」
少し納得できない部分はあるものの、俺たちは勘に頼った結果仕事をミスしたこともある以上、そこに反論できる余地はなかった。
「いざというときのメンタルケアは詩音に任せる。一番長く楓といるからな」
「ま、ボクに任せてよ。元凶見つかったらすぐぶっ殺してあげるから」
「そういうことではないと思いますけどね」
……やっぱこいつも不安だ。
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「麻倉さん、無理でしたらすぐに言ってくださいね。元々危険な上にグレーな仕事ですから、辞めたいというのであればそれでも構いません」
「わかってる……覚悟はしてるから」
そう言いながら、楓の手は震えていた。
誰だって初仕事はこうなる。ボクだって割と軽い気持ちで飛び込んできたけど、初めての時は結構手が震えたものだ。
「ねえ睦海」
「なんでしょうか。くだらないこと言ったら引っぱたきますが」
「一言多いっつの。ねえ、なんかあの時の恭平さんの言葉、ちょっと引っかかるとこない?」
「……ああ。それですか。確かに、裏に何か考えでもありそうな所ではありましたが」
「でしょ?突っ込んでも無駄だと思ったから言わなかったけどさ。あの人楓をただの新人とは思ってない感じがするんだよね」
「……佐久間さんが楓を利用しようとしていると、そう言いたいんですか」
「アンタって案外直球で物いうよね。まそういうこと。たまーにさ、あの人からやけに冷たい視線っていうか。そういうの感じるからさ。気を付けた方がいいかもね」
確信には至っていないけど、どうも亜人狩り自体もちょっと怪しい部分があるんだよね。
ま、それでもボクは亜人狩りをやめたりはしないけど。何せ、ボクにとって最も『活躍できる場所』がここなんだからさ。
「それって、どういう……」
「楓はあんま気にしないでいいから。ボクの考えすぎかもしんないし。と言っても調査っつってもね」
「ここまで全く進まないのも珍しいですね。それに人間の変死体まで出る始末ですから。本件に関係してるかはわかりませんが」
「……ねえそれって」
「楓?」
楓が血が出そうなほどに右手を握りしめていたのを、ボクは見逃さなかった。
「私の友達……のこと……?」
思った以上に面倒なことになったなぁ。これは。
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「そういや、先週亡くなった『人間の変死体』って、うちの高校の人だったよね」
「お前も学校で聞いただろ。俺のクラスの奴だよ」
天野柚葉。俺はこの女について、ほとんど知っていることはない。ただ知っていることといえば、人の話も聞かずにしゃべり続けることと、やたらとよく笑うことくらい。
そして、ほとんど話もしたことがない俺の見舞いに、わざわざ来るようなやつだってこと。
「あいつについて何か知ってりゃ、もう少し調査も進んだのかね」
と言ってももう死んじまった以上、それもかなわないだろうが。
「…ねえ、先月鳴のお見舞いに来たのって、もしかしてその子?」
「やけに聞いてくるな。そうだよ、俺とほとんど話もしたことねえのにわざわざ来た」
「随分と優しい子なんだね、残念だなぁ。そんな子が殺されてしまうなんて」
嫌に気持ちのこもってない言い方だ。こいつは何を考えてんだ?
「いや、実はね。鳴に学校での友達がいないっていうこと、僕は不安だったんだよ」
「お前は俺の母親か。いきなり何が言いたいんだお前」
「ほら、君って怒りやすいし、たまに人の話も聞かずに飛び出すし、うまくやってけるかどうか心配だったんだよ」
うぐっ……まあ、確かに否定はしねえ。俺の性格に難があるってことくらいな。
「でもさ、その子が君から離れたことに、安心してるんだ」
「随分と、不謹慎なことを言いやがるやつだ。恭平さんに聞かれたら説教じゃ済まねえぜ?」
「そうかもね。何せ、その子だって僕達の守るべき対象だろう?そりゃあ、死んでしまったことは痛ましいことだ。死体の状況からほぼ亜人による仕業だってことはさ。僕達が上手く仕事してれば彼女を守れたかもしれない」
「痛いとこ突きやがる。で、何が言いたい」
「彼女への嫉妬心みたいなのが芽生えちゃってるっていうの、僕って変かな」
そういうことなら安心しろ。お前は。
「お前はいつだって変だよ、優斗」
「ははっ、じゃあ。早速質問をしようか、鳴」
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「友達……ああ、神楽坂高校の生徒っていうなら、その可能性は考えとくべきだったか」
「そもそも、変死事件と事を同じしてこの状態になったのでしたら、真っ先に考えておくべきでしょう」
「そして同じような時に、何人かの吸血鬼の気配がこの街から消えたそうですよ?」
「天野柚葉に関係する人物は、何人か思い出せるかい?」
「そうだ……ははっ、そういやぁ。あいつ『あの名前』を口にしてたなぁ」
「吸血鬼ねぇ。ボクも確かに会ったことあるけど、そういやうちの高校の制服着てたわ」
「善良な吸血鬼だって聞いてたんだけど、それは果たして嘘の顔だったのかな?」
「もし……『その人』がこの事件に関係しているとしたら?」
「ああ、それは確かに」
「あーあー、それは」
「考えたくない可能性だよな」
「考えたくない可能性だよね」
「「何せ、天野柚葉を殺したのは、あの吸血鬼『咲坂芽衣』なんだってことは」」




