第四章 6 だから大丈夫
家の人たちと話し合った結果、ここに泊まらせてもらうのは2週間という話になった。
詳しい事情をこっちから話せない以上、それでも随分と長い間住まわせてもらえるくらいだ。
「しばらくお世話になります。それで……わたしたちからも何か出来ることは……」
「んーそうだなぁ。一応お客にこんなこと頼むのもあれだが……」
「理由ありでも泊めてもらっただけでありがたいので、何かお返しくらいはしたいなと」
「えらいねぇ。んじゃとりあえず庭の掃除と風呂場の掃除、あと食器を洗ってくれ。晩飯の分だけでいい」
「わかりました!」
「おういい返事だ。んじゃ頼むぞ!」
声が大きく豪快な伸治さんに呼応するように、こっちの返事まで大きくなってしまった。ちょっぴり恥ずかしい。
「……あと二週間、ね。その後の事は考えているの?」
「この近くなら泊まる場所も他にもあるでしょうし、探せば良いのでは?」
わたしは知らなかったんだけど、どうもこのあたりは観光地としては知る人ぞ知る場所らしい。
「でも、まずは休みましょう。流石のわたくしも少し疲れました」
「……そうだね。あと、本当に付き合わせちゃってごめんね」
「気にしなくてもいいわよ。こうなったのはあなたの日常を守れなかった私達の責任だもの。それに」
とまで言いかけたところで、リアさんが急に身体の向きを変えてきた。
「……あなたは私の血を吸ったでしょう?そうなった時にはもう一蓮托生。吸血鬼にとっては血を……吸うとはそういうことよ。だから大丈夫。どんなことになってもあなたを守るわ」
ぴったりと身体が密着し、わたしの耳にリアさんの息がかかる。一瞬何が起きたか理解できなかった。けれどその声は、いつもよりずっと甘く聞こえて。
「…………」
身体の火照りが、しばらく収まりそうにない。
「……リア。一体何を言ったのですか貴女は」
「芽衣が責任を感じているみたいだから、もう大丈夫、だと言ったのよ」
「……それ、芽衣さん以外には絶対にやらないでくださいね?」
「ただの耳打ちなのだけど」
本当に、こういうところがずるいなぁ……。
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「麻倉さん。今日はもうこのあたりにした方がいいでしょう。もうだいぶ集中力が落ちています、これ以上は効率を悪くするだけかと」
「関係……ないです……せめて、この的に当てるくらいには……」
通常、武器を扱う訓練は年単位で行うもの。しかし麻倉さんは、それを今すぐにでも使えるようにしてくれと頼みました。
その言葉に応えるよう、私も訓練に同行したのですが。
結論から言うと、麻倉さんはかなり筋が良かった。
いつどこで鍛えたのかというレベルの反射神経。それに何より「標的に物を当てよう」という執念の強さがなかなかに素晴らしい。
ですが、それ故に問題も山積みでした。
「麻倉さん。あなたもしかして、自分が傷付くことに何の躊躇もない方ですか?」
「何を、言ってるんですか……亜人狩りなら、そのくらい覚悟して……」
私は黙って首を横に振りました。まだ訓練中だからこそ、これは単刀直入に伝える必要があります。後で修正が効かなくなってからでは遅いですから。
「あなたのそれは覚悟ではなく単なる自傷願望です」
「えっ…………」
掴みかかってでも来るかと思いましたが、意外にも立ちすくむだけですか。まあ、その方が私にとっては楽なのですが。
「あなたは引くことを覚えることです。それに、詩音から何度も電柱に頭を叩き付けていたと聞いていましたからね」
亜人狩りにとって最も起こしてはいけないこと。それは亜人を倒せないこと以上に亜人の攻撃によって命を落とす、あるいはそれによって再起不能になること。
「先ほども言いましたがあなたは筋が良い。だからこそあなたを失いたくない」
「待って……!なら、私は、どうすれば…!」
「引くことを覚えることです。危なくなったらすぐに一歩下がる。それだけでだいぶ生存率は上がりますよ」
本当はそれだけではないのですが……あまり勝手にべらべらと喋るのも性に合わないですからね。
「私……たまにどうしたらいいのかわかんないです。でも、このまま何もしなかったら私はどんどんおかしくなっていってしまう。自分が自分じゃなくなって、抑えきれなくなっていく気がするんです」
「あなたの身に起きたことは相当ショッキングな事だったんでしょう。ですが安心してください。完全に元のあなたに戻ることはなくても、衝動に突き動かされる回数はきっと減るはずです」
もっとも私に何が出来るのかという話ではありますがね。
「ごめんなさい……」
「何で謝るんですか。必要のないことはしないでください」
「だって……これからも何度も迷惑かけると思うから……」
「人間生きてればいくらでも他人に迷惑をかけるものです」
それを聞いた麻倉さんは、その後は何も言わず涙を流していました。何か間違えましたかね…?
しばらくした後、麻倉さんは「明日も来ますから!」と言ってそのまま訓練所を後にしました。
私が手を振る暇すらないまま飛び出していきながら。
彼女の去った後、私はあることに気づきました。
「睦海ーー、帰んないの?」
ふとドアを叩く音と共に、見慣れた顔。どうやら少しの間ぼーっとしてしまったのかもしれません。
「ああ、詩音ですか。少し考え事をしていまして」
「考え事?珍しいじゃん」
「珍しいでしょうか?詩音よりは普段物を考えていると思いますよ?」
「あんたは一言多いっての。あの麻倉楓って子のこと、もしかして気になってるわけ?」
「少し引っかかる言い方ですが……そうですね。かなり彼女は有望だと思っていますよ。ただ、やはり精神的な方に問題があると言えそうですが」
「睦海は気にしすぎなんだってば。ここで暮らしてりゃ少しは精神も安定するでしょ」
「ならいいのですが……まだ実戦もしていない段階ですからね。なので場合によっては、ですが」
「麻倉さんを亜人狩りからやめさせようとすることも考えています」




