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【完結】Camellia~紅の吸血鬼が紡ぐ物語~  作者: 八十浦カイリ
第三章 円熟した者の愚かしさ
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第三章 17 堕ちる

「…………あ……あ……」

眼前に広がる光景が、理解できなかった。

だって、そこには柚葉ちゃんがいるはずで。でもそこにいる柚葉ちゃんは、身体から血を流していて。

そこに立ってる白衣の女の人は、柚葉ちゃんを。柚葉ちゃんを……殺し……殺した………?


「……ひ……ひっ……いやっ………」

声が出ない。まだ、ここにある風景を現実だと信じたくない。これはきっと悪い夢だ。悪い夢で、朝起きたらまたいつものように葉月ちゃんと一緒に朝ご飯を……。

でも、目が覚めるなんてことはなかった。

悪い夢なんかじゃなかった。


「……気をしっかり保ちなさい」

「まだこのくらいの傷なら手当をすれば助かるはずです」

「で、でも……血が……どんどん、流れて……」

そのまま目線を下ろす。

「め、芽衣……助けて……」

柚葉ちゃんが、息絶えそうな様子ながら、まだわたしの方を見ている。まだ、生きている。


「柚葉ちゃん、助けに行かなきゃ……!」

だが、目の前には女の人が。道を塞ぐように立つ。

「手当なんてさせると思うかい?いやあ、彼女についてはずっとこの1日衰弱させていたつもりだったんだが、思いの外頑丈だったらしい。人間ってすごいねぇ。このくらいの傷でもまだ死なないんだねぇ」

「そこをどいて!!」

「だからさせないって言ってるだろ」

白衣の女性が、手を思い切り振り被る。注意してそちらを見ると、何か、粉のようなものをばらまいていた。

「君たちの筋力を一時的に弛緩させる薬品だよ。これで君たちはしばらく動けない。彼女が死んでしまうのを、ゆっくりと見ていくしかない」

整った相貌が、邪悪に歪んでいた。

その時、わたしは確信した。この人は、絶対に『分かり合えない』存在なんだと。鳴くんや、詩音ちゃんのようなわたしたちと立場で敵対している人達とは違う。絶対的に何かが違うんだ。


「さて……咲坂芽衣。君はこの町の高校に通う高校生、だったかな」

何とか身体を動かそうと、力を入れる。しかし、全く力が入らない。あの人の言っていたことは何かのハッタリなんかじゃなく、本物なんだ。

「うん、つまり人間だ。きっとそれなりに悩み事やトラブルなどはありながらも、平穏に過ごしていくはずの人間『だった』。……今年の6月まではね」

なんとか踏ん張ろうと、足先、つま先だけでも動かそうとする。……けど、動かない。

「君は亜人のなれ果てに襲われて死んでしまった。そこを、その赤髪の吸血鬼が一方的な横恋慕で君を吸血鬼に変えてしまったんだ。あはは。いいねいいね素晴らしい恋心だね」

頭の中に、全く中身を感じない言葉の羅列が入ってくる。

「人間から吸血鬼へと変わった存在っていうのはとても面白い。だからこそ、僕は君に目を付けることにした。脅迫の手紙まで送って、君の友達まで誘拐して」

……何で、何で柚葉ちゃんを誘拐なんてしたんだろう。目的は、目的はわたし?


「だがこうは考えられないかな咲坂芽衣。君が吸血鬼になってさえいなければ、この少女は殺されることはなかった」

あ………あぁ………

「そうだ」

あぁ………

「この少女は、」


「君が殺したも同然なんだよ」


ぷつん、と。何かが切れるような音がした。


意識が、闇へと沈んでいく。

自分が今まで何を考えていたのか、何をしていたのか、それらが全くわからない。

ただ、それは何かが溶けていくような。そんな感覚だった。

まるで、自分の、自分の心が、理性が。


理、性………?


----------------------------


「…………わた、し、何、を………?」

目の前を覆い尽くすほどの、赤、赤、赤。

赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤。

"甘美で魅惑的な"、錆びた鉄のようなにおい。

自分の、身体の下に目を通す。そこには。

血を吸い尽くされた原型の無い人間の死体が、あった。


「あああああああああああああああああああああああああああああ」

声が枯れてしまうほどに、叫んだ。わたしは一体何をしてしまったのだろう。

これだけ大きな声で叫んだのに、誰も返事すら返さない。

まるで、赤黒い血だまりの中にわたしとその死体だけがあったような気すらしてくる。


驚くほど冷静に、あたりを見回してみる。そこには、

血を流して倒れた、赤髪の吸血鬼と、同じようにして倒れ伏した、金髪の吸血鬼の姿が。

「あ、あは……わたし……わたしが……やったんだ……もしかして……全部わたしがやったの……?」

誰も答えてはくれない。

ふらふらと立ち上がって、血の海の中をぺたぺたと、足音をさせながら歩く。

「ねえ答えてよリアさん……リリスさん……これ全部わたしなの……ねえ……」

誰も答えてはくれない。

世界に一人取り残されてしまったようだ。


「誰か、誰か応えて………答えて、よ……」

涙すら出ない。もう、『涙が出る』という感情を表す仕草すら、今のわたしには出来なくなってしまったらしい。


誰が走ってくる音がした。

ドアを開く音がした。

そこには、わたしの大切な、大切な友達がいた。

「よかった、楓ちゃん……。着いてくれたんだね」

しかし、彼女は期待した返事を返してくれることはなかった。


「なんでよ……っ……この、この裏切者っっっ!!!!!!!!!」

そう答えた彼女の瞳は、激しい憎悪に染まっていた。

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