第三章 13 あんた殺されるよ?
「ほら、何ぼーっとつっ立ってんの」
思わぬ形で現れた救世主は、すぐにわたしの方に向き直った。
「ありがとね……今度はほんとに死んじゃうと思ったから」
「なんで吸血鬼ごときにお礼なんか言われなくちゃいけないんだか。第一そいつの正体もよくわかんないわけだしね」
目の前の少女が亜人であることはわかった。でも、「何の」亜人なのかまでは、わからなかった。風に毒針。一つだけならなんとなくこれかな?と思うものはあるんだけど、両方とも使える存在に心当たりがない。
「……ひどいことしますねぇ」
口から血を流しながら、彼女は目に刺さった銃弾を『引き抜いた』。
「へー、それ触れるんだ。亜人なのに」
「舐められたものですね。銀なんかでまさか私が倒せると思われていたとは。とはいえいきなり目を狙ってくるのは礼儀がなっていないのでは?」
詩音ちゃんがより強く、彼女の方を睨み付ける。
「これから殺す相手に礼儀を指摘されるなんてね、面白っ」
「……詩音ちゃん。気を付けてね、その子。よくわからない技を使ってくるから」
「…………ああ、なるほど。随分やられちゃったわけだ。でもボクはそんなへまはしないよ?だって戦闘の経験もセンスもあんたらよりよっぽどあるから」
リアさんの姿を一瞥こそするけど、まるで感心がなさそうな様子だった。
それどころか、あんな状態になっていても眉ひとつ動かさない。目の前の亜人狩りの女の子は、あまりにも冷淡だ。でも、力を借りなければいずれわたしだって殺されてしまう。
生暖かい夏の風が吹く駐車場に、またも一発の銃声が響く。それはやけに、長く反響したような気がした。
「喋りながらリロードしてたんだけどねぇ?もしかして気づかなかった?」
しかし銃弾は少女の肩口に命中しても、何の手応えすらも返すことはなかった。
「知りませんでした?私の身体のこのあたり、すっごく固いんですよ。運が悪かったですね」
また、強い風が吹き始める。死を呼ぶ風だ。これから起こるであろうことを想像してしまい、思わず目を瞑る。
しかし、想像したようなことは起きない。風はコンクリートの地面を引き裂き、まるで地割れのような痕を残した。
「うわ、これは怖いなー。こんなの当たったら一発デッドエンドじゃん、あんたほんと何の亜人な訳?」
「答えると思いますか?これから死ぬ相手に」
未だに余裕の笑みを浮かべる詩音ちゃん。
そろそろわたしも動かなきゃ。すくむ足を奮い立たせて、少女の方へと近づこうとする。
「近づかせません」
「……っ!」
風……いや、これは違う。毒針だ。反応できずに、二、三本だけ当たってしまう。
「怯んでんじゃない吸血鬼!」
遠ざかりそうになる意識が、詩音ちゃんの一喝で引き戻される。毒でぼやける視界から、何とか相手にピントを合わせた。
「驚きましたね、まさかその毒を受けてまだ立っていられるとは」
「どうかな……もう……ギリギリだよ……」
頭がフラフラする。今にも倒れてしまいそうだ。それでも、わたしにはまだ倒れられない理由があった。
柚葉ちゃんのことをなんとか探さないといけない。そもそも、彼女が何でわたしを襲撃したのかもわからない。それがわかるには、おそらく彼女から直接聞き出さなくちゃいけない。
それに、この後もまた襲われないとも限らない。目的は?そもそも彼女は何者?
そんなことを考えていると、ふと銃声が響く。
「……ボクのこと無視するなよ」
「……!!」
銃声の方を見ると、少女が膝をついていた。足からは血が。そう、足を撃ったんだ。彼女が動けないように。
「流石に足撃たれちゃ動けないか」
詩音ちゃんが不敵に笑う。まるで相手を撃つことに慣れているようなその様子に、どこかうすら寒いものを覚えてしまう。
「で、あんたは何者なわけ?風出して毒針も出せる亜人なんて聞いたことないけど」
「一言で言うならば……キメラ、ですよ」
キメラ。複数の生物を合成して作られた動物。彼女がそうだと言うのだろうか。
「私の身体には複数の亜人の血が混ざっています。……もっとも、ただの動物だったりあるいは植物だったりもありますが」
「あはっ!とんでもない化け物じゃん!そりゃあの吸血鬼もズタボロになるわけだわ」
「……それは、関係ないと思うけど」
実際、わたしもあの再生能力が無ければこうして動けているのもおかしいくらいの傷は受けてるんだけど。何だか、その言い方は納得ができなかった。
「簡潔に言えば実験動物、ですかね。もう元々の身分も、自分の名前も顔も全て忘れてしまいました」
淡々と語るその表情からは、何も読み取れなかった。しかし、語っていることはあまりにも過酷なこと。今までの自分すらわからないなんて、そんなことがあったとしたら、わたしならば結局耐えられないだろうから。
「ですが不幸だとは思いません。私を作った人物……その人の役に立てるのですから。むしろ幸福なくらいですよ」
「はーーー。なんでこうも亜人ってのはナチュラルに依存強いわけ?」
詩音ちゃんが呆れたように息を吐く。
「何が言いたいのですか」
「だから、わざわざなんでそうやって依存強い生き方してんのかつってんの。だって話聞いてりゃそいつあんたを改造して化け物にしたわけでしょ?それってすっごい『可哀想』じゃん」
それは。それはきっと違う。彼女はそうは思ってはいない。名も知らぬその少女は、きっと、わたしと「同じ」だ。
「詩音ちゃん……!そんなの、それは……!」
「下手くそな同情するなよ」
背中が凍りつく。それほどまでに、そう言い放った彼女の視線は、まるで氷点下のようだった。
「ボクさぁ。そうやって『いい人ぶって』同情だけするやつ苦手なんだよ。向こうはあんたのこと殺しに来てるわけだよ?」
「殺しに行くつもりでいかなきゃ、あんた殺されるよ?」
それ以上は、何も言えなかった。でも、それでも何だかモヤモヤとしたものが、ずっと胸の中で渦巻いていた。どうにかして、彼女の言葉を否定する何かが出てこないかと、考えてしまっている自分がいた。
「話し合いは終わりましたか?」
「終わったんじゃない?今ボクはすんごいイライラしてるけどね。だからさ、とっとと殺されてくんない?」
銃声が何度も響く。そこに近づかないように、慎重にわたしも駆け出していく。
「感情に任せて乱れ撃ちですか。あなたも相当愚かなようだ」
「ほんとに感情に任せてると思った?」
銃声が止む。銃を投げ捨てた詩音ちゃんが近づいてくるのが見えた。
「何を……!」
一瞬、目を瞑る。
少女の喉が、ナイフで一文字に切り裂かれ、あたりに鮮血を撒き散らした。
「…………卑怯な」
「殺し合いに卑怯もクソもあるかっての」
吐き捨てるように、まるで地面に落ちたゴミでも見るかのように詩音ちゃんは彼女を見下ろす。
「……ねえ、わたしの方から一つ質問いいかな」
このままでは、彼女はいずれ死んでしまう。逸る気持ちのまま、聞きたかった質問が口を突いて出始めた。
「天野柚葉って名前に、聞き覚えはある?」
「ああ……彼女ですか。居場所なら知ってますよ」
「無事は、保証しませんけど」




