第三章 11 あなたと殺し合いがしたい
コンビニから出た後、わたしたちはその駐車場で食事を取ることになった。
「……何だかよくわからなかったわね」
昼御飯のおにぎりの包装を剥がしながら、リアさんがそんなことを言う。
「どういうこと?」
「そのままの意味よ。前にあの亜人狩りに会ったときは、対話の余地もなく殺しに来るタイプだと思っていたのだけど」
詩音ちゃんの思考回路は、実のところよくわからない。というより。わたしたちのことをどう思ってるのかがわからない。
「とはいえ、思ったより会話が通じるのだとしたらそれに越したことはないわ。最も厄介なのは考えなしの亜人狩りだもの」
ふと、初めて亜人狩りの襲撃を受けた時のことを思い出す。あの時は、会話の余地も何もなしにいきなり切りかかられた。それはもしかしたら、詩音ちゃんよりもあの男の子の方が、危険だということになるのかもしれない。
「リアさんも、もしかして何度か狙われたの?」
「亜人狩りの歴史は長いわよ。少なくとも200年前には存在していた。……殺されかけたこともあった。何よりも困るのは、その相手を殺してしまったら私達は日常を送れなくなるのに、相手は私達を本気で殺しに来るところよ」
そう語るリアさんの目からは、何か深い闇のようなものが見えたような気がした。
「もっとも、世の中にはそんなものより余程恐ろしいものが存在しているから。亜人狩りなんて脅威でも何でもないわ」
リアさんの人生は、わたしよりもよほど長い。けどそれは、それだけの長い時間を『生き延びてきた』ことを意味する。命を狙われる恐怖は、わたしにもよく理解できる。けれど、それが続くなんてことは……
「心配はいらないわよ、さあ。捜索を続けましょう」
いつの間にか食べ終えていたコンビニのご飯のごみを片付けながら、リアさんは立ち上がる。
それに合わせて、遅れてわたしも立ち上がった。
その時。
強い風が、急に吹いた。
立っていられない程の強い風に、思わずわたしは膝をつく。
「リアさん!大丈夫、です……か?」
隣の方に、振り返ろうとする。その瞬間、頬に生暖かい嫌な感触があった。おそるおそるそこに手をやると、べしゃっという嫌な音で、その正体を理解する。
「…………!」
「芽、衣……逃げ、て……!」
そこには、左腕を『吹き飛ばされた』リアさんが、まだある右腕で切り口を庇いながら膝をついていた。
「そんな、こと、言っても……!」
「何かの、襲撃だわ……早く、体勢を、整えて……」
リアさんは顔に脂汗を浮かべながら、必死の形相で立ち去ろうとする。けれど、片腕を失った状態ではバランスが取れないのか、ふらふらとゆっくり歩くだけだった。
それを嘲笑うかのように、また強い風が吹く。
逃げようとなんとか足を踏み出そうとするけれど、それは叶わなかった。
目の前が真っ赤な血飛沫で染まる。
すぐに、それが自分の身体から出てきたことを理解する。
痛みに悶えながら、地面に這いつくばる恰好になる。
しかし、一瞬の間に痛みと出血は収まった。
ゆっくりと、立ち上がる。
歩き出そうと一歩を踏み出した瞬間。また、あの風が。
「あああああああああっ……!!!」
今度は、左足を吹き飛ばされた。
足の付け根から鮮血を吹き出し、そのまま地面に転がり落ちた。
一体、これは誰の仕業なんだろう。そして、何を目的にしてこんなことをしているのか。
ぐるぐると頭を悩ませながら、なんとか駐車場から抜け出そうとする。
立ち上がるたびにまた身体を切り刻まれ、そしてまた倒れる。
5回、10回、いやもっと繰り返したかもしれない。頭も働かないまま、ふと。後ろを振り返る。一緒にいたあの人はどうなっているのかと。
そしてすぐに、振り返ったことを後悔する。
だって、そこには、
そこにあった『もの』が、最初は何だったのか全く理解できなかった。
血の海の中に、人間の手足、胴体、バラバラに引き裂かれたそれらが沈んでいる。
でも、その中でもひときわ存在感を放つ『赤い髪』が、その正体を嫌でもわたしに伝えていた。
「……う、うえっ……」
胃の奥のものがせり上がってくる不快な感覚がした。
「………っ、………」
しかし、そこにいた『彼女』は、まだ弱弱しい呼吸をしていた。
間違いなくただの人間だったらこんなの、生きている方がおかしい。でも、だとしたら、全身をズタズタに引き裂かれていたとしてもまだ『死ねない』痛みと苦しみは。
「うえええええっ……」
口から酸っぱいものが吐き出される。何で、さっきまで一緒に話してたのに、何で、こんな、こんな、ことに……!
うずくまっているわたしのもとに、気づけばひとつの人影が近づいていた。
「これで…邪魔者は一人片付けられましたね。さて、本番を始めましょうか。……咲坂芽衣さん」
向き直ったその女の子の顔は、まるで人形のようだった。
顔立ちは人間離れして整っている。それでも、その顔からは全く生気が感じられなかった。もし何も喋らずその場に立ち尽くしていたら、絶対に生きている人間とは思えないほどに。
「ほ、本番って……それに……あなたが……リアさんを……」
「簡単ですよ。私はあなたと殺し合いがしたい。それに、別に死んだ訳じゃない。あの程度ならすぐに蘇生します。あなたは吸血鬼だというのにそのくらいも把握していなかったのですか?」
抑揚のない声で、詰るようにわたしの方に近づいてくる。その様子には嫌な迫力があって、その顔からは目を離せなかった。
「こ、ころし、あい、って……」
「言葉通りの意味ですよ。私はあなたの実力を試したい。それとも、意味がわかりませんでした?」
「そ、そん、なの、できるわけ……」
「あなたに断る権利はありません」
女の子はそのまま、懐から刃物を取り出した。
そして、それを隣で倒れ伏しているリアさんへと突き付ける。その意味は、嫌でも理解ができた。
「断るのならばその吸血鬼を殺します。どうせ当分動けないのですから抵抗はできないでしょう。私とあのお方には、彼女は必要ないので」
そう、淡々と告げられる。
今首を横に振ればその瞬間心臓に突き立てられそうな程に、刃がもうすぐそこに迫っていた。
「芽、衣……」
リアさんがゆっくりと口を開く。
「リア、さん……」
こんな状態になっていてもまだ彼女は、わたしに何かを伝えようとしている。
「私のことは……最悪……見捨てても……いい……から……だから……」
「あなたの……したいことを……して……」
瞬間、私の胸の中に、何か熱いものがこみ上げてくるような気がした。
さっきの、胃の奥からせり上がってくるような不快なそれではない。
この感情の正体は。
大切な人を、目の前でここまでボロボロにされた、怒りだ。
「絶対に、あなたを、止めて見せる」
「それでこそですよ、ここまでやらないとあなたは動いてくれないと思ってましたからね」
人形のような少女は、口の端を動かしてわたしたちを『嘲笑った』。
その表情に、わたしの中に燃え上がるものに余計に火が付いた気がした。




