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【完結】Camellia~紅の吸血鬼が紡ぐ物語~  作者: 八十浦カイリ
第三章 円熟した者の愚かしさ
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第三章 8 素直じゃない人ですね

なんだか不思議な人だった。

冗談としか思えないけれど、まさか本当に「吸血鬼」だったなんて言われたら、ちょっと信じちゃいそうなくらい。

芽衣が少し羨ましくなるくらいにものすごくきれいな人たちで、その美貌はまるで、「人間離れしている」ような……。

「いけないいけない!何考えてるのよ私!」

ああいうのは本来ファンタジーな世界だけの存在で、そんなの実在するわけないんだから!


頭によぎってしまった"ありえない"思考を振り切りながら、帰り道を歩いていく。

とはいえ……午後すぐの日差しはあまりにも強すぎて、頭がちょっとふらふらしそうだ。

去年もなかなか暑かったけれど、今年の暑さはこれの比じゃない。そういえば今日の予報35度とか言ってたっけ……

ふと、目の前に何か『不思議なもの』が見えた気がした。

まるで黒いモヤがかかったような物体だった。生き物なのか、そうじゃないのかはわからないけれど、何故か私はそれがやけに気になってしまった。

「あっれ、おかしいわね……暑いせい?なんか変なものが見える」

よく目を凝らしてそれを見てみても、正体が掴めない。やっぱり、何か暑すぎて変なものでも……


次の瞬間、私の目の前に赤い液体が飛び散った。それが自分の身体から流れたものだということに、なかなか気づくことは出来なかった。

「え、うそ……血……」

痛む右腕を押さえて、思わず瞑った目を開けてからようやくその正体を理解する。さっきの黒いモヤが、私の方に『襲い掛かって』きたんだ。

「何これ、夢?何なのよ!?」

あまりにも怖くて、その場から一歩も動けない。その黒いモヤから一瞬でも目を離したら、今度はもっと酷いことが起きてしまうと。そんな考えが私の頭を支配した。

殺される。

生まれてから全く感じたことのない恐怖。どうしよう……助けを呼ぶ?警察?でも待ってるうちにやっぱり殺されない?なら道を歩く人に…いやダメだ。この通りはもともと人が少ない。


もう、終わりだ……!そう思っていた所、急に何かが私の目の前に飛来する。

「やはり、送り迎えをしておくべきでしたね、遅れて申し訳ありません」

「アリシア、さん……?」

そう私の方を見つめる彼女は、まるで救いの女神か天使のように見えた。


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「そうですか。ではリアは、今の自分が『弱くなった』と思うんですか?」

「……わからない。けれど、今まで私は『吸血鬼として』生きてきた。今更人間に近づくなんて、私には出来そうにない」

ふと横を見ると、芽衣が私の方を不安げな目で見ていた。

芽衣の好きだった書物を読んでみたり、人間と同じように休日は出かけに行ってみたり。

けれど、そのたびに何か『違う』と思ってしまった。

亜人という怪物でしかない自分が、人間のフリをして生きることが。


「芽衣さん。少し席を外してはくれませんか」

「う、うん……いいけど……」

芽衣が困惑しながらも、ゆっくりと歩いて部屋を出る。まったく、席を外させて何をするつもりなのやら。

「わたくしたちだけですべき話がありますので」

そう言ったリリスの表情は、とても厳しく、そして冷たさすら感じるものがあった。正直この後彼女が何をするのか、私には大方想像がついてしまった。


「リア。あなたは今回のこと、どう思っているのですか?」

「どう、と言われると少し抽象的すぎる質問ね。黒幕と思われる人物についてかしら?それとも麻倉楓について?」

「麻倉さんについては、少々危なっかしさはあるものの芽衣さんの友人としては問題のない人物でしょう。あなたが吸血鬼だという話を信じなかったのも、あんな突拍子もない伝え方をしたからだと納得はできます」

「私も、あれはちょっと無かったと今思っている所だけれど。まったく人間とは難しいものね」


芽衣と接していた時もそうだったのだけれど、人間社会というのはやはり何年経っても難しいのだと実感する。

基本的に人間は孤独の中で生きることを許されない。

親、きょうだい、友人。所属する場所、常にだれかと繋がっていることを求められる。

長い間、孤独のまま生きてきた自分に、今更人間のフリなどできるのだろうか。


「リア、さては今何か難しいことを考えてはいませんか?」

「別にいいでしょう」

「あなたにそういうのは似合いません」

「随分とはっきり言ってくれるのね」

「はっきり言わないとあなたには伝わらないじゃないですか」

リリスはよく私のことをわかっている。

それはきっと、長く共にいるからというだけではないんだろう。


----------------------------------


「さてと。わたくしの方は少しやることが出来てしまったので、しばらく外に出てきますね」

「……そう。いいけれど、すぐに帰ってくるのよ」

何をするかは、敢えて聞かない。聞いたところで、リリスは答えてはくれないから。

「あら、心配してくれるのですか?案外可愛いところもあるのですね」

「私がそんなことをするように見えるかしら?

あなたも芽衣にとっては既に『大切な人』なのよ。その自覚くらいは持ちなさい」

「……素直じゃないのですね」

そう言ってリリスはそのまま去っていった。まったく。素直じゃないのはどちらなんだか。


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「アリシアさん、どうしてここに…!」

「あなたが少し心配だったもので」

そう言ったアリシアさんの右手には、見覚えのない真っ赤なナイフのようなものが握られていた。

「あの、もしかして……」

「あなたは少し下がっていてください」

さっきとは違う、笑顔ではない真剣な横顔。その表情に、今の状況が冗談ではないことを確信する。


思わず、驚いて目を瞑る。

数瞬後、状況を確認するのに目を開けた。

そこには、バラバラに切り刻まれた『黒いモヤ』と、それを見据えるアリシアさんの姿だけがあった。

「こんなところでしょうかね。麻倉さん、怪我はありませんか?」

「は、はい……無い、です、けど」

私は言葉を詰まらせてしまった。この先に言うべき言葉が思い付かない。

ただひとつ言えることは、このアリシアさんという女性が別の世界の住人だということ。そして。


芽衣が、この人と何故か知り合いで。ならどうして、最初ただの友達だなんて言ったんだろう。

どこかさっきの黒いモヤのようななんとも言えない感情が、胸の中に渦巻いていった。

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