第三章 7 絶対に納得しない
「何、これ……」
背筋が寒くなる。鏡があるわけでもないのに、自分の顔がだんだんと青ざめていっているのが見えるようだ。
「わざわざ私たちの集まってる間を狙って……?いや、そんなことがわかるはずがない」
たまたま、にしてはあまりにもタイミングが良すぎる。もしそうだとしたら、わざわざ楓ちゃんの方に電話をかけてくるのがわからない。
「麻倉さん。かかってきた電話の番号に見覚えはある?」
「えっと……無いですね。そもそも非通知」
「電話番号から割り出すのは不可能……誰かに連絡先をあげたような記憶は?」
「無いですよそんなの!知らない人に連絡先なんてあげません!」
「そう。それはそうね。でも……だとしたらわざわざ麻倉さんに電話をしたのは何故?」
電話の目的は全くわからない。でも、わたしは少なくともついてこいと言われた以上、わたしに対して何か目的があるのは間違いないはず。
「うーん……」
全くわからない。全てがあまりにも不気味すぎた。相手の目的を考えようにも、まずやってることがあまりにも支離滅裂すぎて、その時点で考えがまとまらない。
「わたくしは少し考えたことがあるのですが」
「アリシアさん、もしかして心当たりが……」.
「似たような手口のことをやってくる相手に。とはいえそれが誰なのかはわかりませんが」
ああ、もしかして……
「手紙、ですよね?」
「手紙?」
「ええ。先日わたくしの家のポストにこんなものが」
リリスさんはスカートのポケットから一枚の紙を取り出して、楓ちゃんたちに見せた。中身を知っていても気持ちが悪くなるような不気味なものだった。
「それ!アリシアさんのところにも届いてたんですかっ!?私にも来てたんですよ、書かれてたのは確か。『君たちは咲坂芽衣の正体を知らない』……」
「……麻倉さんの所にまで。それに文面はそちらも芽衣さん、ですか」
リリスさんの顔色が青ざめていく。
「この手口。見覚えがあります。目的である人物には近づかず、敢えて周辺の人物に対して嫌がらせを行い、その人物をわざわざ誘い出す……もしわたくしの勘が当たっていれば、最悪の事態もあり得ます」
最悪の事態。リリスさんのいう「最悪」がどういうものなのか、最早わたしには想像がつかなかった。何せ、彼女は400年以上生きた吸血鬼。わたしの何十倍もある経験で導き出した「最悪」の結論は、もうとんでもないものだろうということしかわからなかった。
「あの、芽衣さんでも麻倉さんでもいいですが。天野さんという方の特徴を教えてください」
「天野さ……部長なら、写真はありますけど、その。疑う訳じゃないんですけど」
「芽衣に……どうしてそこまでするんですか?」
「どうして、とは?」
楓ちゃんの言葉をきっかけに、部屋の中に緊張が走る。
「アリシアさんは芽衣……さんのアルバイト先の人なんですよね?それなのに、手紙の話聞いたらすごく血相変えてましたし、芽衣のこともすごくよく知ってるみたいでしたし……!」
「そんなに知りたいですか?」
リリスさんは、あくまでもはぐらかすように決定的なことを答えない。
「そうじゃなくて……!」
「アリシア」
リアさんの鋭い声が響き、二人とも動きを止める。
「もう、明かすときなのではないかしら?」
「そんなこと言ったって……!これは芽衣さんとのお約束では」
「私なら理解できる。誤魔化したところで麻倉さんは『絶対に納得しない』。彼女は私とよく似ているわ」
リアさんはそう、確信したように言い切った。彼女が自分の知らないわたしがいることに、納得をしなかったように。きっと、楓ちゃんも自分の知らないわたしがいることに納得はしない。考えてみれば、当然のことだった。
話そう。きっと、楓ちゃんも納得してくれるはず。
「麻倉さん」
「は、はい……」
「私は吸血鬼よ。伝説や物語で語られるような存在。それらは確かに存在しているわ」
「…………はい?」
とうの楓ちゃんはというと。何やら納得していない……というか、ほとんど信じられていない様子だった。それはもう……まるでその顔は。
突然意味不明な冗談を言われて、固まってしまったかのような。
「ねえ芽衣」
「うん?」
「あなたの友達、何なの!?すっごい痛い人なの!?中学二年生が発症する病気みたいなあれ?確かにきれいな人だけど、大丈夫なの!?」
「うん、大丈夫だよ。だってほら、本物だし」
「そうなんだ……うん、まあ、芽衣の交遊関係にあれこれ口出すつもりはないけど、付き合う相手はもうちょっと選んだ方がいいわよ?」
あれ、なんか思ってたリアクションと違うような……。
「……はぁ。困ったものね。まさか信じてもらえないなんて」
あまりにもまさかすぎて、わたしも頭の整理が追い付かなかった。
「今思えば、すぐ信じた芽衣さんが特殊だったのかもしれませんね。というかあの言い方では誰だってただの冗談としか思いませんよ」
まあ、確かに何の前置きもなくそんなことを言われたら、わたしだって正直信じられるかは……
「なんか、変わってるんだなーって思いました。芽衣の友達って」
「ふふ、ご迷惑をお掛けしました」
「いえいえ全然そんなことないです!そうだ、さっき言ってた写真なんですけど」
それは、部室の中でスマホのカメラで撮った一枚の写真。
文芸部で柚葉ちゃんが部長になった時に撮った、3人での集合写真だった。
「なるほど、特徴はわかりました。ありがとうございました」
「それで、さっきのことなんですけど……」
「ええ、何故芽衣さんにそこまでするのか、でしたっけ?」
「はい」
「友達だから……では理由としてダメでしょうか?」
そうリリスさんは楓ちゃんに笑いかけてみせた。何故か、わたしにとってはその言葉が、とても安心できるものに感じた。難しいことなんて考えなくて良かったんだ。
「今日はありがとうございました。あ、そうだ。芽衣体調大丈夫?」
「そうだ!うん、大丈夫だよ。なんか皆と喋ってたら調子悪いの忘れちゃった」
「よかった……そうだ、明日は創立記念日で休校だから、休みだからね!」
「はーい」
楓ちゃんに向けて手を振る。慌ただしい一日だったけれど、自然と疲れは感じなかった。
「明日から本格的に捜索を開始しようと思いますが……芽衣さんはどうしますか?一応病み上がりですし」
「わたしもいくよ。いつまでも助けられてばっかりじゃ良くないと思うし」
「『友達』なのですからもう少し頼ってくれても良いですのに。とはいえその意思は汲みましょうか。よろしくお願いしますね。……リアも、いつまでへこんでいるのですか」
さっきからリアさんが喋らないなと思ったら……何やらベッドの上でうずくまっていた。ちょっと不思議な光景だ。
「別に。ただ私自身何だか吸血鬼らしさが減ってしまったというか。人間に近づきすぎてしまったのかと思っただけよ」
「それならそれでいいんじゃないですか?芽衣さんに近づいているということなのですから」
「物は言いようね。ただ、私は……」
「弱くなることは、受け入れられない」




