第三章 6 窮屈で仕方ないのよ
「芽衣!お見舞い来たわよ!」
「楓ちゃん……ありがとね。上がって上がって」
「うん、お邪魔しまーす。芽衣の家来るの久しぶりだなぁ」
なんてことを言いながら、楓ちゃんは靴を脱いでリビングへと上がる。
家に上げたところで気づく。
今、リアさんとリリスさん来てるんだけどどうしよう……!
いつも当たり前のように家に来てるからすっかり意識してなかったけど、楓ちゃんそういやリアさん達のこと知らないんだった……!
「……あっ楓ちゃん!今お客さん来てるから、ちょっとリビングで待ってもらってていいかな!」
「うん……ってお客さん来てたの!?それなら先に言ってよーー全くそそっかしいんだから」
「ほんと、ごめんね!」
なんとかその場はごまかせた。けれど……
「それで……なるほど。お友達でしたか」
「そんなことだろうとは思っていたけど。それにしても少し面倒なことになったわね。私たちはあくまで影の存在。あんまり表に顔は出したくないのだけど」
「どうしたらいいんだろう……」
リリスさんの金髪はともかく、リアさんの赤い髪はとても目立つ。それこそ、普通の人間じゃあり得ないような色だ。
「アルバイト先で会った、ということにしませんか?それなら不自然でもないはずです。あとは……」
リリスさんは、そのまま黙ってリアさんの方を見る。
そしてそのままそのきれいな髪に触れた。
「うわっ!?」
すると、たちどころにその髪が一気に艶やかな黒に変わっていった。
「わたくしの能力です。自分でも他人でもたちどころに容姿を変えることができるんですよ」
「まあ、吸血鬼が何かに化けるという能力は誰でも持っているものではあるけれど。普通は何時間もかけてゆっくりと外見を変えていく。けれどリリスはそれが異常な速度なのよ」
「へ、へぇ……」
そんな力があったなんて知らず、思わず声を漏らすことしかできなかった。
「あまり使いたくない力ではありますけれどね。人であれ亜人であれ、自分の姿というのは自分の魂だと言えます。その形を簡単に変えてしまうのか魂を歪めるのと同じこと。わたくし一人には荷が重すぎる力ですね」
「ありがとね。じゃあお友達呼んでくるよ」
そう言ってわたしは一旦自分の部屋を去って、リビングへと戻っていった。
「芽衣さんのご友人ですか。そういえば会うのは初めてですね」
「もともと会えるとは思っていなかったから興味がないわね。私たちが学校に通うわけでもあるまいし」
「相変わらずひねくれてるんですね」
「興味がないだけと言っているだけでしょう」
「ちょっと狭いけど……ごめんね楓ちゃん」
「いえいえいいのよ勝手にお見舞い行ってきたのはこっちだし!それにしても芽衣のお家にこんな綺麗な人たち来てたなんて……あっ私は麻倉楓といいます芽衣さんのお友達です!」
楓ちゃんは明らかに緊張している様子だった。わたしはもうすっかり見慣れてしまったけれど、リアさんもリリスさんも一目見ただけで息を呑むほどきれいな人たちなのだ。
「……アリシアと申します。芽衣さんがいつもお世話になっております」
「……椿」
「すみませんね、こちらはちょっと無愛想なもので」
一瞬え!?と驚いてしまったけど、すぐにわかった。これは偽名だ。機転を利かせてくれたんだ。何とか不自然にならないように話を合わせないと。
「……あはは、そんなことないと思いますよ!」
「そう、お気遣い感謝するわ」
楓ちゃんは未だにひきつった笑顔を浮かべていた。緊張が解けてないみたいだ。
「芽衣!いつの間にこんな人達と知り合いになってたの!?」
楓ちゃんが私の方に向き直って小声で言う。
「えっと……大体先月くらい……から?」
「えらい慣れてるみたいだけど何あれ!?2人とも髪さらっさらだし座っててもわかるくらいスタイル良いし!一緒にいるだけでなんかドキドキしてくるんだけど!?」
「えーっと……あーうーん……」
自分でもいつから2人に慣れてきたのか、わからない。と言うよりこれを気にしてられないくらい毎日が慌ただしすぎて、それどころじゃなかったっていうのが本音なんだけど……
「あらら、嬉しいことを言ってくれますね。麻倉さんと言いましたっけ?芽衣さんとは学校でどういう感じなのでしょうか?」
言葉に詰まっていると、リリスさんが話題を変えてくれた。ありがとうリリスさん……!と内心で感謝をする。
「ぇえっ!?はい、部活やらせてもらってます!文芸部っていうんですけど」
「本がお好きなのですね。芽衣さんもそうなんですよ。わたくしにも色々とお勧めを教えてくれます」
「そうなんですか!ちなみにどういうのを……」
「そうですね、この前は……」
リリスさんと楓ちゃんの本の話は、ものすごく盛り上がった。
どうやら、二人は本の趣味がかなり合うらしくて、わたしの読んだことのない本の話まで聞こえていた。時々、ちょっとわたしの恥ずかしい話もあった気がするけど……
「…なんだか面白くはないわね」
「リ…椿さん、どうしたの?」
偽名はどうしても呼び慣れなくて、少しぎこちなくなってしまった。けれどそれ以上に、リアさんが今までに見たことがないほどに、つまらなさそうな表情をしているのが気になってしまった。
「私の知らないあなたの話をされるのが、何だかね。それ以上に、今の、正体を隠している状態がどうにも窮屈で仕方ないのよ」
「…………」
何も言えなかった。何よりも、今リアさんが正体を隠しているというのはわたしのためだ。しかも、名前や見た目まで変えて。
「芽衣は、どうして自分の正体を隠したいの?」
「それ、は……」
「わたしのことが知れたら、友達でいられなくなっちゃうかもしれないから。それに、葉月ちゃんとも一緒にいられなくなっちゃうかもしれないし」
どこか、どうして生きてるのかわからないような後ろめたさ。一度死んでしまったからだろうか。まだ、自分が生きているという実感が、宙に浮いているような。
「……もし、芽衣は今の生活が続けられなくなったとしたら、どちらを選ぶの?」
「それ、は……」
リアさんの視線が突き刺さる。それはあまりにも重たい、それでいていつかは考えなくちゃいけない問題で、ずっと先延ばしにしていたものだった。
わたしにとっては、楓ちゃんも柚葉ちゃんも、葉月ちゃんもリアさんもリリスさんも大切な人だ。しかし、それらは交わらない世界にいる。どちらも両方取るなんてこと、出来ないんだ。
考え込む。わたしは、どっちを取るべきなんだろう。
部屋の中に静寂が訪れる。
しかし、それを打ち破るように、携帯の着信音が響き渡った。
「あ、私の携帯!ちょっと失礼しますね!」
楓ちゃんが携帯を取り、それに応じる。どうやら電話だったらしい。
「こんな時に誰から……って部長!?もう何してたのよーー!もしもしーー!」
「もしもし。麻倉楓だね?」
スピーカーになっていた電話の声が、部屋に響いた。明らかに、柚葉ちゃんの声ではないと電話越しでもわかった。
「はい」
「天野柚葉は僕のところにいる。もし彼女に会いたいのであれば僕のところに来るといい。ああ、一つだけ条件を付けるよ」
「咲坂芽衣も連れてこちらに来てくれ。それじゃあ」
電話の声はそう言うと、そのまま電話は切られ、部屋の中は沈黙に包まれた。




