第三章 4 そんなのありえない
「部長が教室に来てない!?」
「ちょっ……声、楓ちゃん声大きいよ……!」
少し時間は戻る。わたしは前に柚葉ちゃんに借りた本を返しに、柚葉ちゃんのいる隣のクラスまで向かったのだった。
「すみませーん、あの。柚葉ちゃ……天野さんはいますかー?」
教室に向かって声をかける。すると、クラスメイトであろう女の子がわたしのところまで来た。
「天野さんなら来てませんけど、えっとあなたは?」
「隣の……B組の咲坂芽衣です。ちょっと借りた本を返そうと思ってて」
「ああ、なるほど。それなら天野さんが来たときに言っておくわね。わざわざ隣のクラスまでごめんね」
「ありがとうございました」
「あーごめん、まさか風邪引いたとか?いや最近暑くなってきたから体調崩したのかも……」
「柚葉ちゃん、ほとんど風邪引いたことないって言ってたし……それならやっぱり熱中症?でもそれで学校通ってないっていうのもなんか変だよね」
ほとんど風邪を引いたことがない、と言ってもその可能性はゼロではないんだけど……とはいえ何だか変だなと思う気持ち自体はあって、それがなんだかふんわりとした不安として心にモヤモヤとした陰を落としていた。
「今日も午前までなのよね?じゃあ部長の家行く?」
「そうだね。行っていいか聞いてからにしよっか」
こうしてわたしたちは、放課後に約束をして柚葉ちゃんのところに向かうことにした。
「あー、そうだ芽衣。ちょっと相談」
「どうしたの?」
「なんか私の家に変な手紙入ってたのよね」
変な手紙。それには少し覚えがあった。
「うん」
「誰が出したかも書いてない手紙だったんだけどね、『お前はまだ咲坂芽衣の正体を知らない』って真っ赤な文字で書かれてて……もう意味わかんなすぎない?質の悪いいたずらかと思ったけどそれにしてはやけに手が込んでるし……芽衣?どうしたの?」
わたしの正体。手紙の送り主は『それを知っている』。
しかも、それをわざわざわたしじゃなく、楓ちゃんに。
明らかに、悪意を持ってやっているこの行動。しかも、やってきている人に心当たりがない。いつどこで?わたしの正体を知ったの?そして、『どうしてこんな嫌がらせを?』
ぐるぐると思考が回る。どう考えても気持ちが悪すぎる。嫌だ。リリスさんのところにわざわざ手紙が来たときもそうだった。でも、今回は事情が違う。嫌だ。
楓ちゃんは今のところ、何も知らないはずだ。わたしが吸血鬼であることも。他の吸血鬼と交流を持っていることも。
もし亜人狩りじゃないとしたら学校の誰か?だとしたら誰?神楽坂高校の生徒は何百人といる。その中の全員を疑わなくちゃいけない?嫌だ。そもそも。学校の中の誰かだとも限らない。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。だってこんなの。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
「芽衣!」
顔を上げると、そこにはわたしの身を案じて声をかけてくれた楓ちゃんがいた。
「楓、ちゃん……」
「どうしたのよそんな血相変えて……もしかして手紙のことで心当たりでもあった?」
「うん……ちょっと不安になっちゃって。珍しく柚葉ちゃんが学校に来てないからかな……」
理由は勿論他にもある。けど、それを言うわけにはいかなかった。だって、それは下手すればわたしたちの関係が壊れるかもしれないことだから。
「確かに不安にはなるわよね……保健室行きましょ。そこまで一緒に行ってあげるから」
「うん。ありがとう……」
介抱をされながら、なんとか保健室を目指す。まだ気分が悪い。
「だいぶ顔色悪いわね……ほんと無理しないでね」
「うん……」
いつもはそう遠くないはずの保健室が、何故かとても遠く感じる。
そうこうしている間にも、まだまだ不安は増大していく。
だって。わざわざリリスさんや楓ちゃんに手紙を送ってくるということは。柚葉ちゃんにだって危害を加えていないという保証はないのだ。
「たぶん。今日はずっと保健室かなって……」
「うーん、部長のとこはわたし一人で行きましょうか。芽衣は家でゆっくり休んでて」
「うん、うん、そうだね……」
本当は、今すぐにでも柚葉ちゃんのところに向かいたい。一秒でも早く彼女の無事を確認したい。でも今の自分では。そんなことは出来そうにないのは、何より自分が一番わかってる。
柚葉ちゃんに返す予定だった本を抱えながら、わたしはそのまま保健室に向かうことになった。
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「ぶちょ……柚葉さん、家にいないって!?」
芽衣を保健室まで送り届けた私は、すぐに部長の家まで電話を掛けた。
「学校に行ったはず……って、その学校にいないんですけど……」
「あれ?変ね、あの子学校を勝手に休んだりする子じゃないと思うんだけれど……」
「はい。私もそう思います……はい。はい、そうですか、わかりました」
電話が切られて、改めて教室の方まで向かうと騒がしい声が聞こえてくる。部長がいなくても、私のいるB組の様子に全く変わりはない。考えてみれば当然の話だ。だとしても、私にはまだまだ不安がある。
芽衣の様子だ。私の家に変な手紙が入ってきた、っていう話をしただけで、まるで今すぐにでも吐いてしまいそうなほど顔色を悪くしていた。
まるで強いトラウマで拒絶反応でも起こしたかのような。芽衣が誰かにストーキングされたなんていう話は聞いたことがない。
だから、ストーカーにトラウマがあるっていう話でもなさそうだ。何より、そんなことがあるんだとしたらとっくに私に相談しているはず。
私はいつだって芽衣の悩みは聞いてきたし、芽衣にも何度も悩み相談はしてきた。その芽衣が……まさか私に隠し事?そんなはずはない。そんなのありえない。
同時に、そんな風に不信感を抱いてしまっている自分も少し嫌になってくる。
それにしても……
「芽衣の正体ってなんなのよ……」
手紙の内容だって不気味だ。意味がわからない。シンプルに言葉の意味もそうだし、送り主もその送り主が考えていることもよくわからない。
「あーー!もうどうすりゃいいのよーー!」
イライラして頭をかきながら、私は再びB組の教室に戻った。
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夢を見た。
わたしが『吸血鬼になる前』に何度も見た、あの炎に包まれて何かに手を伸ばす光景。
その光景が、何ヵ月かぶりにわたしの目に飛び込んでくる。
炎の熱さは感じない。けれど、自分の身体が何かに焼かれ、周りが徐々に灰にされていっているのだけは感じ取ることができた。
何故か、あの頃見た夢以上にその風景に嫌な緊張を覚える。いや、違う。これは『あの夢』じゃない。だって、燃えていたのは。目の前にいたのは。
わたしの家と、そこで一緒に過ごしているはずの葉月ちゃんだったのだから。




