第三章 2 いまいちだったなぁ
結論から言うと、調査は遅々として進まなかった。
回収された亜人の遺体が、どれも不可解な死に方をしているのだ。
まともな外傷がなかったり、あっても不自然なものだったり。
本来毒ではないはずの物質で死んでいたり、本当に不自然だ。
「なあ優斗、これホントに何とかなるのか?」
「さあね。僕にも全くわからないや」
今日見つかった遺体は恐らく『化け猫』だ。見た目にはわからなかったが、遺伝子に猫に近いものが見つかったのだという。
そしてそいつの死因は毒によるものだったそうだが、原因となる物質がわからなかったらしい。
「これ、化け猫……つまり猫に近いやつが玉ねぎやチョコレート食べて死んだみたいな話ではないんだよな?」
「そもそも犬や猫に近い遺伝子を持っていたからといって、玉ねぎやチョコレートが毒になるわけじゃないよ。そりゃ少しは身体に悪いけどね」
「そうなのか……まあ、そうだとしたら生きるのにだいぶ支障出そうだもんな」
遺体を見るのにはもう慣れている。いや、これが慣れてしまっているのが既に異常なんだが……それにしたってここ最近は何かがおかしい。何か嫌な胸騒ぎがしてくる。
「よう若人よ、頑張ってるかい?」
「恭平さん、頑張って……るけど、それだけでどうにかなるわけじゃないっすよ。」
恭平さん。俺たちの亜人狩りの『事務所』の所長、つまり俺の上司にあたる人だ。いつもはあまり前線には出ないが、今日は珍しく前に出てきているようだった。
「いやぁ、それは正論なんだけどな。それにしても今時の子は『頑張れなんて言ったら逆に人を追い詰める』とかめんどくさいこと言うもんだから、俺困っちまうよ」
「前の時代の考えに囚われてるといつまでも成長しませんよ」
「こりゃ手厳しい。俺もまだまだ若いつもりでいたんだけどなぁ」
「もう40越えてるじゃないすか」
「まだ40代だバカヤロウ。それにな、人間老いたって自覚した瞬間から老いてくんだぜ?だから俺はたとえ髪の毛が白くなってもまだ若いつもりでいるよ」
とは言いつつ、実際若作りしている恭平さんは一見すると20代くらいにしか見えない。喋るとオッサンなんだが。
「はいはい、それはそうと、わざわざ調査場所に出向いたってことは何か用があったんすか?」「ちょっと嫌な奴を思い出しちまってな」
「もしそいつだったら、ちっとばかし厄介なことになるかもしれねぇ」
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やっと暇ができた。
ここ最近はテスト勉強ばかりで本を読む暇もなかったから、ようやく読書ができると少し気分が浮き足立っていた。
未読の本だけ収めた本棚のスペースを見る。
ふとそこを見ると……
「うわっ……」
思わずこんな声が出てしまった。多い。なんとまだ読んでいない小説が6冊もそこにはあった。
しかも、先月買ったものまである。
「わたしここまで積むことあったっけ……?」
今日は7月11日。先月買ったということは、少なくとも二週間近くは前から放置していたことになる。
買ったものはすぐに読むと決めているわけではないといえ、これはちょっと珍しかったように思う。
「なんとか消化していこう……」
そんな風に思いながら、本棚の中の一冊を取り出す。
あんまりその本は面白くなかった。
好きな作者さんの作品だったはずなんだけれど、ちょくちょく主人公に感情移入がしづらい場面があって、いまいち没入できなかったのだ。
ストーリー自体は好きだっただけに、これはちょっとガッカリ感が強かった。
「いまいちだったなぁ……」
気分を晴らそうと、ベッドの上に寝転がる。すると、思った以上に疲れていたのか、なかなかベッドから起き上がれなくなっていた。
このままでは寝てしまうと思って何とか起き上がろうとしたとき、家のインターフォンが鳴る。
誰だろうと思って出ると。
「おはようございます」
「おはよう」
リリスさんとリアさんだった。二人とも日傘を差していて、その様子はとても様になっていて思わず見とれそうになってしまう。
「やはり日本の夏は暑いですね、元々この暑さは苦手でしたがここ数年は特に暑さが強くなってきたように感じます。これでは肌が焦げてしまいそうになりますね」
今日の最高気温は、携帯のニュースアプリによると30℃を越えるらしい。元々わたしは暑がりな方ではないと思うけれど、それでも30℃は流石に暑い。ましてや吸血鬼である二人にとっては、それこそさっきのリリスさんの言葉も冗談じゃ済まないだろう。
「芽衣、今のは単なる吸血鬼ジョークよ」
「あ、やっぱりジョークだったんだ……」
「とはいえ吸血鬼が日光に弱いのは事実ですけれどね。日傘で防いでいなければ危なかったかもしれません」
「立ち話もなんだし、そろそろ上がりましょう。芽衣、部屋に冷房は付けているかしら」
「まだ午前中だから付けてないよ。うちは午前中は付けないことにしてるの。でもリアさんが辛いなら付けてもいいよ」
「いえ、あなたの家のルールであるならそれに従うわ。お気遣いありがとう」
とまで言ったところで、リアさんの身体がふらついたのが見えた。やっぱり、少し無理をしていたのかな……
「今から冷房付けてくるね!」
わたしは、エアコンのスイッチを入れるために部屋まで駆け出していった。
「やはり文明の利器とは偉大ね」
ベッドの上でくつろぎ、涼しい部屋に安心した表情を浮かべるリアさん。何百年も生きてきた吸血鬼らしからぬ、リラックスした表情だった。
「もう、だらけすぎですよリア」
「ここまで歩いてくるだけでも本当に暑かったのだもの。人間はこの暑さによく耐えられるわね」
「人間でもそんなに耐えられないんじゃないかな?ほら……熱中症になることだってあるし」
言われてみれば、さっきのリアさんの様子は熱中症に近いものに見えた。もしかして、吸血鬼でも熱中症にかかることがあるんだろうか」
「ああ、吸血鬼でもたまにありますね、そういう症状。とはいえリアのはまだ軽度ですが。重度になると全く動けなくなりますからね」
「へぇ……」
最近思ったのは、吸血鬼って案外人間と似た部分が多い……どころではなく、かなり人間と近いんじゃないかということだ。
リアさんもリリスさんも、話してみればなんてことはなく、むしろ親しみやすい人たちだと感じる。
こんな存在である吸血鬼が、人間を害する危険があるかもしれないなんて、わたしにはますます信じられなくなっていた。
「ほらリア、そろそろ起き上がってください」
「ん……そうね。私たちはただ涼みに来たわけではないの。ちゃんとした目的があって来たのよ」
「目的?」
「ええ。実は……」
「これを見てください。今日、起きたときにポストの中に入っていた手紙です」
そこには。
『咲坂芽衣を私のものにする』
と、真っ赤な文字で書かれていた。




