第三章 1 最近少し騒がしくなった気がする
「疲れたーーーやっと終わった!」
一つの大きなことを成し遂げた達成感と、やるべきことから解放された心地の良い感覚。
7月8日。今日は期末テストの最終日なのだった。
最終日の科目は数学と化学で、特に自信のない科目だっただけに、よりこの最終日の気が重くて、それだけに、解放感も一入だった。
「芽衣ー、どうだった?」
「あんまり自信はないけど……でも思ったより出来た気がする」
「ほんと?それは良かった!」
「楓ちゃんはどうだったの?」
「私!?私はね……ちょっと成績下がっちゃったかも。最近色々気になることがあってさ。だからあんまり勉強手につかなくて」
優等生の楓ちゃんにしては、少し珍しいことを言うなぁ、と思った。
「そういえば、柚葉ちゃんは大丈夫なのかな?」
もしかして進路のこととか?なんて思ったけれど、なんだかそれ以上は聞いてはいけないことのような気がして、思わず話題を逸らす。
「部長?大丈夫……とは思えないわね。あんまり……」
柚葉ちゃんがよく補習で部活に遅れてくるのは、わたしたちの間ではよくあることになっていた。でも、柚葉ちゃんはクラスが違うから、実際どういう状況なのかはよくわかってなかった。
「今日は久々に一緒に帰りましょ」
「うん、そういえば、最近してないね、それ」
楓ちゃんとわたしの家は、決して近いわけじゃない。
それでも、たまにこうやって一緒に学校から帰ることがある。歩く方向も遠いけれど、わざわざ楓ちゃんが遠回りしてまで一緒に歩いてくれているのだ。
「話す機会も何だか減っちゃったしね。ここ最近テスト勉強で忙しかったし。何より……」
突然、楓ちゃんがわたしを抱き締める。
「癒しが欲しいから!」
ぎゅーっと、抱き締める力が強くなっていく。けど、不思議とそれでも嫌な気はしなかった。
「よしエネルギー補給完了!」
「あの、楓ちゃ……」
楓ちゃんが手を放したのを見て、周りを見ると、何だか生暖かい目線がわたしたちの方に注がれているのに気づいてしまった。
「あっ……」
「うわああああああああああ!!!」
「楓ちゃん!?楓ちゃーーーん!!!」
顔を真っ赤にした楓ちゃんは。そのままどこかへと駆けてしまった。
嵐のように過ぎ去った彼女をただ見送ることしかできなかったわたしは、その後一人で学校を後にした。
「楓ちゃん、何だか最近少し特に騒がしくなった気がする……」
帰り道を歩きながら、そんなことを考えていた。
少し、様子がおかしい時があるのだ。
まさか、わたしと同じように亜人に?と考えたところで、流石にそれはないと思う。同じクラスで同じ部活のわたしたちが、たまたまでも亜人になるなんてことはそうそうないはずだ。
でも、世界って不思議なことだらけだからなぁ……。
何なら、今ここで立って歩けていること自体が、あのリアさんとの出会いがなければ実現しなかったことだ。
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補習がほぼ確定になった。
いや、別にそれ自体は俺にとってはなんらどうでもいいことではあるんだが。
「めんどくせぇ……」
神楽坂高校は、成績が多少基準を下回っても補習さえ受けていれば進級が出来るようになっている。それでも補習すらサボってて留年する奴や、そもそも出席日数が足りなさすぎて補習でも足りない奴もいるらしいが。
なんでも留年する生徒を何人も出していると学校の信用に関わるだとか、そういう理由もあるんだそうだが、俺にとってはあまり関係ない話だ。
期末テストが終わり、その後に補習。夏休みは多少潰れるが、どうせ夏休みなんてやりたいことはない。
元々補習まで織り込み済みで考えていた夏休みの予定を考えながら道を歩いていると、スマートフォンが急に振動する。
電話だ。かけてきたのは優斗だった。あいつ、もう帰ってきてるのか?
「もしもし、鳴だけど」
『もしもし、この間頼んだ件なんだけど、協力できそう?』
「大丈夫だぜ、補習あるって言ったって午前中だけらしいしな。そういう優斗は大丈夫なのかよ?」
『ああ。大丈夫だよ。今回の仕事は厄介なことになりそうだから。一応確認しておきたくてね』
「あー、そういうことか。ならわかった、詳しい話はまた事務所で頼む」
頼まれた仕事。どうやらここ最近、亜人の不審死や失踪が相次いでいて、俺たちの方にその調査が依頼されたということらしい。
本来亜人を退治する側である俺たちにこんな依頼が来るのも妙だが、もし共食いなんかが起こっていたとしたらそれはそれで見過ごせない。共食いをした亜人が、いつ人間に手を出すかわからないからだ。
とにかく、早く動かなくてはいけないだろう。
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「ただいまー」
家に帰ると、家の中は静まり返っていた。今日はわたしはテストで帰りが早く、葉月ちゃんは夕方まで学校で、しばらくは家に一人なのだ。
読んでなかった本でも読もうかなと思い、自分の部屋へと向かう。テスト勉強があったのもそうだけれど、最近読んでいない本を積むことが増えてきたような気がする。
どうにも、読書をせずに疲れて眠ってしまう日とか、そもそも読書する暇がない日が増えてしまっている。
あれだけ本を読むのが好きだったのに、最近はそれすらも上手くたちいかなくなってしまった。
着替えもせずに、ベッドの上に倒れ込んだ。
よほど、疲れていたんだろうなというのが自分でわかってしまった。そのまま、意識は深いところまで落ちていった……。
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「……きて」
「…ん」
「起きて芽衣ちゃん!」
目の前には葉月ちゃんの顔があった。あっそうかわたし寝てて……
「あー……おはよー…?」
「もう夕方の4時だよ!?もしかして帰ってきてすぐ寝た!?」
「うん、疲れて寝ちゃった……」
「もしかしてテスト終わって気抜けちゃったとか?それならいいんだけど。朝もちょっと顔色悪かったから。もしかしたら寝れてないんじゃないかって思ったの」
覗き込むように、葉月ちゃんがわたしの顔を見る。
「うん、顔色は大丈夫そう、やっぱ寝不足かな。ま、でもちゃんと着替えはしてよね。ほら制服皺ついてるし……」
「はーい……」
寝起きで少しぼんやりする目をなんとか覚ましながら、部屋着に着替え始める。
言われてみれば、最近は少し寝不足だったかもしれない。寝る時間自体はそんなに短いわけではないんだけど、どうにも寝起きの気分があまり良くない時があるのだ。
単なる不調なら、いいんだけど。




