第二章 終 月へと吼える
「あっれー?こんなとこで何してるのー?」
夜の公園に現れたのは。さっき藍さんの部屋を襲撃していた亜人狩りの二人組だった。
「芽衣、下がって!」
リアさんがわたしを庇うように前に出る。
しかし、その後は少し予想外なことになった。
「お待ちを」
「はぁ!?何で!」
「こちらを見てください」
背の高い方の子が、ゆっくりと前の方に出て、しゃがみこんで地面の方を見ている。そこには身体から血を流し、倒れ込んで息絶えている藍さんの姿があった。
「なんだ……死んでるじゃん。これ、あんたたちがやったの?」
「……彼女は自ら死を選んだわ。手を下したのは私たちだけれど」
「……そ」
そう言うと、女の子……詩音ちゃんはつまらなさそうにわたしたちの方を見た。
「とにかく、これでボクたちとあんたたちはもう敵対する理由もなくなったわけだけど」
「そうね」
「つくづく、亜人って可哀想な生き物だなぁと思ってさ。強い衝動やら力やら制御できないのがほとんどなの」
「…………」
その言葉に、わたしは何だか、心の奥が燃え上がって焼けてしまうような、我慢ならない感覚を抱いた。
「藍さんのこと、可哀想だなんて……言わないでよ。あの子は……必死に生きようとして、それでも死ぬしかなくなったから、こんな選択しか取れなかったんだよ。それを……可哀想なんて言葉で、片付けないでよ」
「……そう。それは悪かったよ。ごめんなさい。でも、勘違いしないでね。もしあんたたちが何かやらかしたら、今度はボクたちだって殺しに入るかもしれないから。その時は覚悟しといてね」
「……っ、言われなくても、そんなこと、わかって……」
「芽衣。相手にしない方がいいわ。こちらの亜人狩りと協調できることはおそらくない。あなたも……無理に全ての相手と協調しようとしないことよ」
その後は、何も言えなかった。
「……うちの詩音が迷惑をお掛けしました」
背の高い方の女の子が、わたしたちの方へと頭を下げる。
「あっ、あの……あなたは?詩音…さんのパートナーですか?」
「はい。神原睦海、と申します。以後お見知りおきを。といっても、出会うことは基本無いでしょうけれど」
そう丁寧に挨拶をする彼女の姿は、対等なパートナーというよりは。
「まるで従者のようね」
「そうですか……そう見えるかもしれませんね。ところでそちらの……咲坂さんと言いましたか?」
「あっ……わたしですか!?」
急に名前を呼ばれて、思わず上ずった声が出る。どうしてもこの……睦海さんの抑揚のない喋り方から、どうにも圧のようなものを感じてしまう。
「はい。あなたは人間から亜人へとなったそうですが……」
いつの間にこんなことまで知られていたんだろう。亜人狩りはそんなことまでもしかしたら調べあげているんだろうか。だとしたら、何だか怖い。
「そういった者は暴走の危険性が高いですから、私たちに始末されないよう気を付けてくださいね」
そう言い放つと、彼女はそのままどこかへと去っていった。
「……これからどうしたらいいのかな」
「どうしたら。もないわ。普段通り、出来る限りそのように過ごせばいいだけよ。あなたが責任を感じることはないわ」
六月の少し湿度の高い風が、頬を通り抜けていった。
「ねえ、聞いた?」
「小田桐さん、自殺だったんだって」
「あー、あの最近不登校だった子?なんか悩みとかあったのかなー?」
「さあねー、あの子ちょっと近寄りがたい雰囲気あったじゃん?でもさ、そういう子でもなんか悩みとかあったんじゃないかな?」
「さあねー。でもやっぱさ」
「話したこともない子の悩みなんて、わかんないよ」
藍さんの死は、自宅での自殺ということになっていた。
学校でも集会が開かれて、その後は少し早い帰りになった。
いつもよりも、帰り道は湿度が高いような気がした。
結局、彼女が抱えていた苦しみも、死を選ぶまでに至ってしまった心の痛みも、誰もが知ることなく、時間は流れていく。
きっと、それらもすぐに薄れていって、わたしたちはまた元の日常に戻っていくのだろう。
家に帰ると、リアさんとリリスさんの姿があった。もう二人ともすっかり寛いでいる様子で、まるで自分の家であるかのようリラックスしていた。
「今日は早かったわね」
「うん、まあ……全校集会と、その後クラスで説明があって、それで今日は終わり」
「事の顛末はリアから聞きました。あなたには大変な想いをさせてしまいましたね。本来、こういったこともわたくしたちが行わねばならないのですが……」
リリスさんが顎に手を当て、考え込んだように話し始める。何か、思うところでもあるのだろうか。
「しかし、今回はあなたが彼女の友人である以上、あなたに任せるしかありませんでした。心情はお察しします。ですが……」
「ですが?」
「彼女は四月までには学校に通っていたのでしょう?今回のように末期の暴走状態までものの二ヶ月で達するというのは、普通はあり得ません」
「そうなの?」
「ええ。余程強く精神が乱れていた可能性はあるけれど、ここまでハイスピードでこんな状態になるのは、なかなか考えられないわね」
「あなたにひとつ伝えるべきことがあります。今回の一件、もしかしたら裏で手を引いている存在がいるかもしれません。そして」
「もしその存在がいた場合、あなたにとって、更に辛いことが起きるかもしれません。わたくしは。それに心当たりがあります」
「芽衣さん、これからはお気をつけを、そして、わたくしたちはあなたの日常を守るように今後も全力でサポートします。決して、わたくしたちから二度と喪失なんてないように。あなたを守りましょう」




