第二章 17 愛してくれる人のもとで
生まれた時から、私は化け物だった。
私が亜人だとわかったのは、3歳の時だった。体毛に狼の毛のようなものが見つかったのだ。
もう記憶からはだいぶ薄れているけれど、家族は真剣に調べてくれていたらしい。
その結果。私の先祖は人狼と呼ばれる怪物で、私は先祖返りのようなものを起こしているんじゃないかと言われた。
それでも両親は私を懸命に育ててくれた。優しいお父さんとお母さんだった。
けど、そんな生活は長くは続かなかった。
お母さんは自分の娘が化け物と知っていながら育てていたという事実に、耐えられなくなっていたのだ。
私はお母さんに、首を絞められて殺されそうになった。その時のことはよく覚えていない。だって、次の瞬間には血まみれで倒れているお母さんの姿が、目の前に映っていたのだから。
お母さんは一命を取り留めたものの、両親はやがて離婚し、私はお父さんに引き取られることになった。お父さんは男手ひとつで私を育ててくれた。何があっても私を守ってくれると言ってくれた。
そんなお父さんも、三年前に病気で倒れた。過労だったらしい。そして、一年後に亡くなってしまった。私は優しくしてくれたお父さんに、報いることすら出来なかったのだ。
親戚の援助を受けながら、私は高校にも通って、普通の人間と同じように、何とか生活を送れるようになった。そう、思っていた。
ある日、私は急によくわからない衝動に襲われてしまったのだ。とにかく、目の前のものを壊したい。自分の力を示したい。私はその衝動に負けた。気づけば自分の住んでいた部屋もボロボロになり、とてもじゃないけど住める状態じゃなくなった。それでも、新しい部屋を借りるわけにもいかず、ボロボロのベッドと裂けた布団で眠った。
衝動に襲われる回数は日に日に増えていった。
時には、家を出て街の中で暴れまわっていたことまであった。無意識にやっていたはずなのに、意識がある中で暴れていたこともあった。その時の私の姿は、まるで大きな暴れる狼のようだった。
もう、誰も傷つけたくない。そう思った私は引きこもって、人を避けるように動くようになった。ちょっと嫌な態度を取ってしまえば、皆避けるだろう。ただでさえ体格が大きいんだ。誰だって避けるに決まってる。
それでも、咲坂さんだけは私を避けなかった。それどころか、一緒に話を聞いてくれるとまで言ってくれた。なんて優しい人なんだ、と思った。同情や憐憫じゃない、本当に私を思ってくれるんだと。そう、確信した。
それと同時に、私にはある気持ちが浮かんでいた。
『この人に、私を殺してもらおう』と。
本当に、辛い選択をさせてしまうことになると思う。でも、人を傷つけることしかできない私には、もうそれくらいしかすることがなかった。
元々、死にたいっていう気持ちはあった。
でも、私は自分から死ぬことは出来なかった。縄を使って首吊りをしようとしても、死ねなかった。その勇気が出なかったのだ。
黙っていても、亜人狩りとかいうのに殺されて、いずれ私は死ぬだろう。でも、私はそんな結末はどうしても望んでなかった。そんな風に死んでしまったら、今までの自分の生を全て否定されるような気がしてしまったから。
愛してくれる人のもとで、眠りたい。
それが、私にできる最後のワガママだった。
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赤黒い刃が、無慈悲に藍さんの胸を貫いた。
あまりにもあっけなく、何かが潰される音がする。それが心臓を貫いた音だというのは、嫌でもわかった。
「藍さん、どうして………っ」
ふと、少し視線を動かすと、そこには口から血を吐いた藍さんの顔が見えた。
「ありがとう、咲坂さん……私……」
苦しそうに口を動かす姿から、わたしは目を逸らすことができない。だって、そうしてしまったら。
「私……あなたに会えてよかった……あなただけは……私を否定しないでいてくれたから……」
「芽衣。今は黙って彼女の言葉を聞きましょう」
リアさんのその言葉に、黙って頷き、そしてじっと藍さんの顔を見つめる。
「今まで……ずっと死にたいと……ごほっ、思ってた。でも……あの亜人狩りにだけは……殺されたく……げほっ、なかった。」
彼女は途切れ途切れに、涙を流しながら話す。
「だから……あなたに……あなたになら……げふっ……私を……」
「もう、無理しないで……っ!」
おそらくもう、限界が近いんだろう。痛くて苦しいのに、まだ必死に言葉を紡ごうとしている、
「殺して……ほしかった、あなたの……元で……眠りたかった……ごほっ、ごほっごほっ」
彼女は横たわり、血の塊を吐いた。それを皮切りに、二度も三度も、繰り返し地面に赤黒い染みがつく。それを見るたびに、わたしの目からは涙が流れはじめていった。
最後に、藍さんの口が小さく、弱々しく開く。わたしには、何を言おうとしていたのか聞き取れなかった。それでも、確かに「ありがとう」と言っていた気がした。
そうして、彼女はやがて動かなくなった。
「うっ……うわあああああああああああっ!!!!」
どれくらい泣き叫んでいただろう。何で、彼女をもっと早く助けられなかったのか。何で、こんな結末にしか出来なかったのか。
吸血鬼になったからといって、特別な存在にでもなっていたんじゃないのか。
そんな考えが頭の中をぐるぐると巡る。
「……芽衣」
「……リアさん」
リアさんが、懐からハンカチを取り出し手渡してきた。泣き腫らしたわたしの目には、リアさんの顔はよく見えなかったが、涙を拭いているうちにだんだんと見え始めてきた。わたしのことを、不安そうに見つめている目が見えた。
「あなたには辛い思いをさせてしまったわね。でも、亜人にはよくあることなのよ。あなたは……あなたには決して彼女のような道は選ばせないわ」
そう言っているリアさんの声はどこか震えていて、まるでわたしまでどこかに行ってしまうんじゃないかと不安になっているような、そんな雰囲気が感じられた。
「……帰りましょう。この後のことは、私とリリスでどうにかするから」
手を引かれ、そのまま立ち上がる。家に帰ろうと歩き始めた、その途端。
「あれー、さっきの吸血鬼じゃーん。何してたのー?」
先程聞いたばかりの、トーンの高い声が夜の公園に響いた。




