第二章 14 約束、守れなくてごめん
いつの間にか、リアさんとはぐれてしまった。
身体能力の高い吸血鬼と、吸血鬼になったばかりのインドアな人間だったわたしとでは、足の速さが全然違ったのだ。
「わたし、そんなに早く走れないのに~~~~あれ?」
疲れていつの間にか走るのを止め、とぼとぼと歩き始める。
気が付くと、近所の公園に着いていた。子供の頃、よく遊んだ懐かしい公園だ。
リアさんの姿はどこにも見えない。それでも、わたしはその公園に足を踏み入れなければいけない理由があった。だって、そこには。
「……あっ!」
傷ついた身体で、臥せっているとても大きな『狼』の姿があったからだ。
最初は、野良犬か何かなのかなと思った。
けど、すぐにそうじゃないということがわかる。明らかに、サイズが野良犬にしても大きすぎる。
こんな大きな犬はわたしは見たことがない。それに、その犬のような何かは、
見覚えのある、白いパーカーを『着ていた』。
「藍、さん……?」
すぐにその名前を呼ぶ。その狼が『彼女』であるというのは、何故か確信としてわたしの中にあった。
「ゥゥゥゥ……」
狼はゆっくりと4足歩行で立ち上がり、低い唸り声を上げながらわたしの方を見る。
わたしの方を怖がってるのか、それとも少し敵意を持っているのか。
その眼差しは、確かにわたしの知る藍さんのそれに近かった。
「怖くないよ、ほら、おいで」
そっと、出来るだけ優しい声で呼びかける。このくらいで、安心してくれるかはわからないけれど。
「ガル、グゥ……?」
首をかしげながら、そっとわたしの方に近づいてくる『狼』。
すると、次第にその姿が変わっていく。濃かった体毛は抜け、鋭い牙や爪は身体の奥に引っ込むようにしてなくなっていった。
「藍、さん……」
そこにいたのは、傷だらけの、さっきまでわたしと会話をしていた女の子。
息も絶え絶えで、今すぐにでも死んでしまいそうだ。
「咲坂、さん……約束、守れなくて、ごめん……」
「いいんだよ、謝らないで。それよりも、追われてたんでしょ?早く病院、行かなきゃ……」
「いや、それはしなくて、いい……」
スマホを取り出して、119番へ電話をかけようとする。けど、藍さんがそれを制止した。
「なんで!?こんな、ボロボロなのに……」
「今、わたしが『狼』であることがばれたら、病院にだって迷惑かかる……それに、あいつらにもう、顔、割れてるから……」
「だったら、わたしの家に……今、妹もお母さんもいるから、それで面倒見てもらって……」
藍さんはもう、既に亜人狩りに命を狙われている。それに前の吸血鬼の化け物の時とは違う。
街を破壊したらしい亜人が、藍さんの他にいる心あたりがあるわけじゃない。
彼女が本当に街を壊したかどうかはわからない。この目で直接見るまでは、それは「そうに違いない」なんて思えることじゃない。でも……。
「早く。早く逃げて……あいつらが来る……一緒にいたら、咲坂さんだって狙われて……」
「離れないよ。だって、そうしたら藍さんを見捨てることになっちゃうから」
「だから、私のことなんて見捨てていい、って言ってるの…。私は化け物だから……早く……!」
急に、手に持っていたスマホが震え始める。
「電話?こんな時に誰から」
「リアさんからだよ、ちょっと答えてくるね」
藍さんは「わかった」と言いながら、どこかへと去っていく。どうやら隠れたらしい。
『芽衣。今どこにいるの?』
「公園だよ、家の近くの……リアさんは今どうしてるの?」
『いえ、あなたとはぐれてしまったからあなたを探している最中よ。公園ね、わかったわ。
小田桐藍さんの手がかりがわかったら、そっちからも連絡を頂戴』
「あ、あの…藍さんなら、公園……に……」
返事をする前に電話を切られてしまった。
またかけようかなとも思ったけど、リアさんがこっちに来てくれるなら、こっちで伝えよう。
「…どうだった?」
「すぐこっちに来るって。でも大丈夫だよ、リアさんがいるなら、きっと藍さんのことも守ってくれるはずだから」
「良かった、『あいつら』は来ないんだね」
ほっと胸を撫でおろす彼女のその声からは、『あいつら』と呼ぶ人たちへの強い敵意のようなものがうかがえた。
その敵意から、いかにその命が脅かされてきたのか、想像するに余りあるものが察せられてしまった。
「藍さん、もしかして追われてきたの?」
「うん。家で咲坂さんを待っていたら、突然押し入ってきて。いきなり銃みたいなのを向けてくるものだから、ショックでそのまま狼になっちゃって……
そこからの記憶はない。私、夜になるとたまに狼の姿になることがあるんだけど、それ以外にも強いストレスを受けると、たまに暴走することがある」
強いストレスによる暴走。自分でも予想できないタイミングで自分が自分じゃなくなる。
その恐怖って…一体どれほどのものなんだろう。吸血衝動だけでも、あんなに恐ろしかったのに。
「とにかく…リアさんが来るまで持ちこたえて」
「……うん、わかった」
もしかしたら……リアさんなら。リアさんなら何とかしてくれるかもしれない。だって、リアさんはわたしのことを生き返らせてくれたから。
公園の方に誰か近づかないか見張りながら、藍さんの様子を見る。
息を切らし、身体中に嫌な汗を浮かべていていて、とても苦しそうだ。
もう、彼女には限界が迫っているのかもしれない。
「リアさん、早く来て……!」
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芽衣に言われた公園の方を目指して、走る。
場所はうろ覚えだけれど、おそらくはすぐにたどり着ける距離だろう。
ただ、気がかりなのはあの亜人狩りの2人組がどこに向かったのか。
もし、早く芽衣たちの方へとたどり着いているのだとしたら。
討伐対象である亜人を庇っている芽衣も、まとめて討伐対象になりかねない。
「誰かを守るのは、あまり得意ではないのだけど」
いつもこういった仕事は、リリスに任せてきた。
芽衣のためにあれこれ用意するのも、私一人では出来なかった。だけれど、今回はリリスを置いて私一人で来た以上、彼女を頼るわけにはいかない。
実のところ、藍さんという人物について私はよく知っているわけじゃない。
ただ、芽衣の学友であるということ。それだけ。
私が守りたいのは芽衣、ただ一人。
その知り合い、家族ですら、私にとっては知ったことじゃない存在だった。
けれど……何故、何故ここまで私は不安になってしまっているのか。
まるでそんなことを思うなんて……。
「人間、みたいなことを考えているわね。私」




