第二章 13 だからそいつを殺す
「あっれー?この間の吸血鬼さんじゃーん。何であの犬ッコロの部屋なんかにいるわけー?」
武器を構え、挑発するようにこちらを見る女の子。
「……芽衣は下がっていて。目的はあくまで藍さんと話をすることよ」
そう言ったリアさんの身体は震えていた。
我慢しているんだ。またトラブルを起こさないように。
「ふーん。じゃああの犬ッコロの仲間なわけ?」
「…とりあえず話を聞きましょう。向こうにも事情があるようなので」
「チッわかったようっさいなぁ!」
乱暴に舌打ちをすると、女の子……詩音ちゃんは武器を持った手を下げ、わたしたちの方にもう一度向き直る。
「一つ質問なのだけど、犬ッコロというのは小田桐藍さんのことで間違いないのよね?」
「ん-…ボクらが追ってる"人狼"の亜人のことならそいつだけど。」
「なら、あなたは彼女を殺そうとしている、という認識で合っているかしら?」
キッ、という音がしそうなほどに鋭い目つきで、リアさんが詩音ちゃんを睨みつける。
「そうだけどー?何か問題あるの?言っとくけど、そいつ。人狼になって暴走してもう町破壊してんだよねー。
3丁目の通りにデッカい爪痕みたいなのあるでしょ、あれさ。そいつがやったの」
嘘だ……、あの時にはもう。藍さんは暴走してしまってたのか。
「そういうわけだから、庇うくらいならあんたらもまとめて殺すから」
彼女は再び武器を構え、わたしたちの方に向けてくる。
明確な交戦の合図。間違いなくわたしはその感覚を知ってる。殺意だ。明らかに、わたしたちを排除しようとしている気配。
「……芽衣。少し捕まってて」
突如、リアさんがわたしを抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこという体勢だ。
い、いったい何をするんだろう……さっきとは違う意味で、心臓の鼓動が早まってくる。
「逃げるわよ!!!」
「ちょ、リアさん、何を!!」
リアクションをするまでもなく、突然視界が大きく揺らぐ。そして、
「一度飛び降りて回避をしたわ。芽衣、走りましょう」
「えっ…は、はい!!」
訳もわからないまま、アパートを後にする。アパートの2階とはいえ、こんなところから飛び降りたりなんかしたら……。
「リリスのように対話でもしてみようかと思ったけれど、あの様子じゃやはり無理ね」
「た、確かにそうだった……あの子、最初からわたしたちを殺そうとするみたいだったよ」
彼女からの殺気は、最初に対面した時から既に感じていた。
あれももしかしたら威嚇射撃なんかではなく、本気で狙おうとしてきたのかもしれない。もし、当たっていたらきっと無事じゃ済まないだろう。
「私も何度か亜人狩りに遭遇したけれど、あのタイプは最も厄介なタイプだわ」
「厄介……?」
「ええ。あの少女からは殺意を隠す気がまるで感じられなかった。あれはターゲットを殺すことに強い快感を持っているタイプだわ。
芽衣。仮に会っても二度と対話したいなんて思わないで。……あれは危険よ」
あの子とは、前に会ったことがある。その時は……
「でも、最初に会った時はそんな風には……」
「会ったの!?何か言っていた?」
「えっと…ちょっと話をしただけ。確か……」
上手く、正確には思い出せないけれど。
「死にたいなら、殺してあげるよとか、そんなこと……」
「………!」
リアさんが、何かに気づいたように目を丸くする。
「藍さんを早く探すわよ。もしかしたらもう時間が無いかもしれない」
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「チッ、逃げられちゃったー。つまんないの」
元々、あの吸血鬼と対峙する気はなかった。
亜人として異質な何かを感じるそれを、ボクは相手にしたくなかったのだ。
「まさかあれを追いかける気ですか。人狼を放っておいて」
「へっ、ボクがそんなことするわけないじゃん。たださあ。なんかムカムカすんだよね」
胸の中に何かがつかえているような嫌な感覚。
向こうは普通にしているだろうに、自分の嫌な部分が掘り返されてしまうような不快感。
「ムカムカ……ですか。不調ならそれにぴったりの薬がありますが」
「胃は大丈夫だって言ってるでしょ!真面目に聞く気あんの!?」
「相手をするほどの話じゃないという判断をしました」
睦海はすまし顔で返してきた。なんだか……
「あんたと話してるとなんか色々アホらしくなってきた。とりあえず人狼、どこにいるか心当たりある?」
「そうですね。犬の習性に則るのであれば……ですがこの家に戻らないとなると、向かうであろう場所は……」
「心当たりが多すぎる……とりあえず手分けして探そ!」
「了解しました」
すっかり暗くなった道を、街灯の明かりを頼りに走り続ける。
ボクの体力は高校生にしてはある方だけれど、それでも正直疲れが出てきている。
睦海なら、こういう時涼しい顔してまだ走ってそうだけど。それもなんかムカつく。
ボクが人狼をこうも血眼になって探す理由は、何もこれだけじゃない。
ああいう風に暴走をしてしまった亜人は、もう人間社会で生きていくことはできない。
この国では狼はもう絶滅した、というのはもう定説なんだけど。だからこそ"狼が生きているのはおかしい"。
"生きているのがおかしい"のはそれ即ち、"生きていることそのものを否定される"ことに等しい。
生きていることを否定されるなんて、そんな不幸なことあるんだろうか。
全ての生き物にとって、それは何よりも起きちゃいけないことだと思う。
だから、ボクがそいつを殺す。そいつを殺してあげる。
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「芽衣。少し提案があるのだけど」
「どうしたの?」
少し不安そうな顔で、リアさんがわたしの方を見つめてくる。
「このあたりで、狼の目撃情報はないか、というのを聞いてもらえるかしら」
「いいけど……多分見つからないと思うよ?見つかったらもっと大騒ぎになってるはずだから」
亜人の目撃情報というのは、実のところ不自然なくらい見つからないことが多い。
今の時代に生きる亜人のほとんどは、きっとリアさんやリリスさんのように見つからないように生きているんだろう。
それにしたって、こんな時間に街の中を歩いていたら人に見つからないなんていうのは不可能なはずだから……。
「普通、亜人についての記憶は私たち吸血鬼が催眠術で補正するようにしている。
だから亜人の目撃情報はほとんど見つからないのよ。けれど、人の口に戸は建てられない。稀に都市伝説のようなものとして、情報が上がることがある」
「なるほど……なら聞いてみようかな!」
とはいえ、どういう人に聞けばいいのかわからない。
この時間だ。老若男女様々な人が、おそらく自宅へと戻る帰り道だろう道を歩いている。
それに、年上の男の人に話しかけるわけにもいかない。
いっそ、柚葉ちゃんにでも電話を……と考えたその時。
「…………!」
リアさんが突如、目を見開き声にならない声を上げた。
「リアさんどうしたの!?」
「聞こえた。狼の遠吠えが」
「こっちよ芽衣、出来る限りついてきて!」
全速力で駆け抜けるリアさんを、見失わないように追いかける。
何百年も吸血鬼として生きているリアさんの身体能力は圧倒的だ。わたしじゃとても追いつけない。
これが、あくまで半吸血鬼であるわたしと、本物の吸血鬼であるリアさんの差なのかもしれない。
「リアさんってば、わたしそんなに早く走れないのに~~~あれ?」
疲れてとぼとぼと歩いていると、ふと大きな影を見つける。そこには。
傷付いた身体でそこに臥せっている、とても大きな『狼』の姿があった。




