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【完結】Camellia~紅の吸血鬼が紡ぐ物語~  作者: 八十浦カイリ
第二章 月へと吼える
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第二章 11 生きてて辛くないの?

「気にしないでください」

リリスさんが、割れたテーブルのことを貼り付けたような笑顔でごまかす。

その様子はなんだかおかしかったけれど、どこか……。

気を、遣っちゃってるのかな。

そんな風にも思えた。


「それで、話って何ですか。わざわざ呼んだからにはそれなりのことはあると思いますけど」

藍さんが不愛想に答える。

「そうかしこまらなくても良いですよ。そうですね……。まず単刀直入に聞きます。

何故あなたはそうまでして他の人間との接触を避けているんですか?」

「………っ」

目を逸らす藍さん。図星を突かれたように、その頬には汗が浮かび始めていた。


「リリス。相変わらずあなたは前置きが長いのよ。結論から話してといつも言っているじゃない」

「受け入れられるように段階を踏んでお話をしているだけですが?

あなた吸血鬼になったけどよろしくとかやってそこの芽衣さんを不安にさせたのはどこの誰でしょうか?」

いつもより言葉に棘がある。

「あの、リリスさん」

「なんでしょうか?」

「もしかして…まださっきのことで冷静になれてないんじゃ……」

やっぱりそうだ。貼り付けたような笑顔。いつもよりも食い気味な喋り方。

この人はまだ、冷静になれていない。落ち着いているというように振る舞っていても、そう振る舞いきれていない。


「……はぁ。何があったか知りませんけど、どういう話なんですか?」

「彼女の代わりに私から説明するわ。人間との接触を避け始める亜人。それに多く共通するのは……暴走。

自分の欲望を抑えきれず、本能のままに行動してしまう。人間としての理性でそれを抑え込めず、結果自己嫌悪してどこかに引きこもるようになる。

これが言いたかったというのまでは察したけれど、それ以上は本人から聞いて頂戴」

亜人は普通の人間よりも動物的本能が強い。吸血鬼の吸血衝動も同じようなものらしい。

そしてその本能は、理性では抑え込めないほどに強い……。

わたしにたまに出ているような吸血衝動も、リアさんから貰った薬がなければ防ぐことは難しかったという。なら、藍さんも……。


「自己紹介がまだだったわね。私は『カメリア』という名前の吸血鬼。こっちの国では椿の花という意味だったかしらね?

ちなみにそっちはもう聞いていると思うけれど吸血鬼リリス。私より少し年上の同胞よ。」

「吸血鬼……ああ、小説とか漫画とかに出て来るあれですか。というか簡単にばらして良かったんですか?」

「あなたが私たちに危害を加えるとは思えないから。それに今更吸血鬼だからなんだと言われるのはもう慣れているわ」

リアさんが理路整然と話を進める。

「…で、その。結局結論が見えてこないんですけど」

「簡単な話です。わたくしたちの間の庇護下に入る気はありませんか?」

リリスさんが言うには、おそらくわたしと同じように人間として生活するうえで、彼女に援助をしようという話なのだという。


「…結局そうしてしまうのね」

「すべての亜人を庇護しようとまでは考えていませんが、せめて芽衣さんの知り合いくらいは守ってあげても良いんじゃないでしょうか?」

それを聞くと、リアさんはしぶしぶ納得したように頷く。

「でも、まずはそれよりも藍さんの考えを聞かないと…」

「…………」

藍さんはまだきっと迷っているんだろう。その視線があちこちに泳いでいるのが見える。

「私としては受けても受けなくても結構。無理にとは言わないわ。それに私たちが信用できないというのも理解できる。

……ただ、そうね。あなたの今の状況だけでも聞かせてはくれないかしら」

何十秒も沈黙が続いた中で、リアさんがようやく口を開く。それに対し、藍さんははっとしたような表情で


「この話、絶対に他言しないとだけ約束してくれますか」

「勿論です。口の堅さにだけは自信がありますから。それに関しては芽衣さんのことも信用してあげてください」

それに対してわたしも小さく頷く。正直、口の堅さはそこまで自信があるってほどじゃないけど……

でも、そうやって最初に言うっていうことは、本当にそうなんだろう。

「この近くの道路に、大きな傷みたいなの、出来てたじゃないですか。あれ、"私がやったみたいなんです"」

「…どういうこと?」

「芽衣は見ていないのね。このあたりの通り道にもあったわよ。獣が切り裂いたような傷が」

言われてようやく思い出す。もしかして柚葉ちゃんがメールで言っていたあれだろうか。

「咲坂さんは知らないみたいですね。まあいいですけど。はい。バラされちゃったみたいなんで言いますけど」

リリスさんの方を恨めし気に見つめながら、藍さんは語り始める。


「私、"人狼"っていうのみたいなんです。両親や祖父母は亜人としての血が目覚めなかったんですが、何やら先祖返りみたいなのを起こしてたらしくて。

昼間は普通の人間なんですが、夜になると狼のような姿になってしまいます。生まれつき身体が大きいのも、人狼だかららしいんです。」

人狼。『狼男』とも呼ばれるそれは、本でも何度か見たようなものだった。吸血鬼と同じくらいには有名な存在だと思う。

「狼になった時は理性が弱くなってしまって、それが最近になってから自分を抑え込めないほどにまでなってしまったんです。

もし、何かの間違いで昼間にまで狼になってしまったら、迷惑かけるなんてものじゃないから……だから学校を、休みました」

「だから……ずっと学校に来てなかったんだ…」

確かに、わたしも吸血衝動を抑えることが出来なかったら、学校には来ていなかったと思う。

「あなたたちにはわかりますか?自分ではない何かに塗りつぶされて、自分で自分を抑えることが出来なくなる感覚が」

「そういう感覚なら、ちょっと前だけどあったよ」


「何で咲坂さんが……ああ、確かに弱いけど、咲坂さんにもある。普通の人間と違う匂いが」

そういえば、まだ言っていなかったっけ。

「わたし、吸血鬼なんだよ。と言っても、吸血鬼の血を分けてもらっただけで、完全な吸血鬼っていうわけじゃないけど……」

初めて、自分から言った。驚くほどさらっと、まるで他人事のように。

けれど藍さんの姿を見ていると、どうしても自分の境遇と重ねざるを得なかった。本当に、すんでのところでまだ人間としていられているんだから。

「……あのさ。生きてて辛くないの?だって普通の人間じゃないんだよ?」

「そりゃ、最初はびっくりしたし、不便なこともあるけど。でも、辛いと思ったことはないよ。

……けど、もし支えてくれる人がいなかったら、きっとすごく生きてて辛かったと思う」

「芽衣……」

リアさんがどこか寂しそうな目で、わたしの方を見つめる。


「でも、そういう生きてて不便に思うことって、普通の人間にもある悩みなんだと思う。だからさ、藍さんもそうやって思い悩まないように、なるといいなって」

言葉が上手くまとまらない。ああ、結局わたしは藍さんにどうして欲しいんだろう。

「……咲坂さんの気持ちは分かった。でも、私は。その提案、受けようとは思わない」

「そうですか。残念です」

「何よりそこの人が信用できません」

藍さんがリリスさんの方を見る。さっき以上に、少し恨めし気な顔で。

「あなたには、純粋に亜人を守りたいという気持ちが感じられません。もしかして、何か別の目的があるんじゃないですか?

そして、そういう目的に私を利用したい、巻き込みたいって言うのであれば。受けることはできません」

「そうですか……。」

リリスさんが、ずっとうつむいたまま黙っている。


「『そこの人』は、あなたが思うほどずる賢くはないけれどね。もっと単純よ。たまに理解できないことはあるけれど」

「はぁ……。そうですよ。わたくしはズルい女です。」

ようやく顔を上げる。その表情は、まるで今にも泣きだしそうになるほど悲痛に満ちていた。

「わたくしには、芽衣さんやリアにも話せないことがあります。」

「リリスさん……」

リアさんのフォローすらも意に介さず、彼女はずっと悲痛な表情のままそこに立ち尽くしていた。

わたしやリアさんにも話せないことって、なんだろう。全く分からない。予想がつかない。

けど、その表情からは、よほどそれが言いたくないことだっていうだけでは、伝わった。

「……咲坂さん。後でまた話をしよう。そっちの赤髪の吸血鬼さんは連れてきていいけれど、そっちは連れてこないで。20時頃、わたしの家に来て」

藍さんはそのまま、去って行った。

去り際のその表情は、今まで見たどの藍さんよりも憎しみと、あるいは哀しみのようなものに満ちていたように思えた。


残されたのは、いつものわたしたち3人だけ。

「思慮が…足りませんでしたかね。わたくしは、いったいどこで間違えたんでしょうか……」

「…リリス」


「…あなたはもう、しばらく休みなさい」


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