第二章 9 主役になりたいんだよ
「お知り合いですか?」
「クラスメイトだよ」
クラスメイト。わたしと藍さんの関係性は、一言で言い表すならばそれが一番正しいと思う。
わたしは彼女のことをよく知らないし、おそらくは彼女もわたしのことをよく知らない。
「あの…なんですか?用がないならわざわざ話しかけないでくださいませんか」
藍さんの視線は、相変わらず冷たい。
その対応も、クラスメイトに対する対応というよりは、もう完全に怪しい人への対応で、少しショックだ。
「まあまあそんなこと言わずに。クラスメイトなのでしょう?何かの縁かもしれませんし」
「…………」
リリスさんの言葉に、彼女は何も返事を返さなかった。
しかし、無視されているというわけではなく、どうやらリリスさんの方を何か観察しているようだった。
「……あの。あなた、ちょっと普通の人間とは違う匂いがするんですけど、何者なんですか?」
「わたくしですか?そうですね……この近辺に住んでいる謎の美女です」
謎の美女って自分で言うんだ……。
「あの、そういうのいいんで。それに謎の美女って自分で言うことじゃありませんよね?」
「あらら、わたくしのジョークは通じませんでしたか。……ですが、あなたこそ匂いでわたくしを判別するなんて、それこそ気になりますね?」
リリスさんの表情が、少しだけ強張る。
それも当然だろう、匂いで人間と亜人を区別するのは……主に亜人狩りだから。
「私、生まれつき鼻が良いんですよ。それだけです」
「……それだけ。いえ、確認したかったことは確認できたのでもう大丈夫です。どうやらあなたはわたくしの敵ではないようなので」
敵、という言葉に、藍さんの顔色が変わる。
「敵…って。ああ、そういう風に勘違いされてたんですね。ということはもしかしてあなたも同じなんですか?」
「あの、同じ……って?」
話がよく見えてこなくて、つい口を挟んでしまった。自分だけはわからない会話に、ついつい疎外感を覚えてしまったのだ。
「この方は亜人ですよ?気づきませんでしたか?」
「えっ?そうなんですか?」
全く気付かなかった。リリスさんならわかるんだろうか。
「何度も亜人と接していると、亜人のみが放つ独特な臭いがすぐにわかるようになる…と言われています。
わたくしはそこまで鼻が良いというほどではないので、もしかしたら『亜人の匂いが移った亜人狩りもしれない』とみて会話したのですが……」
「……隠したかったのに、何故バラしてしまうんですか」
「バレたところでわたくしにも…そこの芽衣さんにとっても大したことではないでしょうから」
「うん」
リリスさんの視線での合図に、頷いて答える。藍さんが亜人だったというのは、正直に言うと驚いた。
けれど、大したことではない、というのはその言う通りだった。
だって、亜人であることはわたしも、藍さんだって変わらないことだから。
「…そうですか」
「これでも納得してはいただけませんか?」
「いいでしょう。理解はできました。ですが…そうですね。詳しい話はもう少し人のいない場所でしましょう」
良かった。危うく、藍さんとリリスさんで一触即発なんてことになってしまったらどうしようかと思った。
「わたくしもあとで用事がございますので、14時に…こちらの住所まで来てくださいませんか?
芽衣さんもその様子ですと、葉月さんに頼まれてきたのでしょう?」
「わたしも行くの!?それと何でお遣いのこと……」
「彼女のことはわたくしよりもあなたの方がよく知っているでしょう?
ああ、お遣いだったんですか。何となく予想で言ってみたのですが、ふふ。わかりやすい方ですね」
なんだか考えていることを読まれたような気がして、ちょっとくすぐったい気分だった。
「勝手に2人で話進めないでください。それと、まだ了承はしてませんよ」
「なら来るかどうかはあなたが決めてください。来なかった場合は芽衣さんとお勉強会をいたしますので」
藍さんの抗議にも、あっさりと返してみせるリリスさん。やっぱり大人だなぁ……。
「……余裕そうな人ですね。あんまり私の好みじゃない匂いがします」
「ふふ、よく言われます。」
「じゃあ。会計してきますので、これで」
そう言うと、藍さんはすぐに踵を返して去っていってしまった。
「あの方……前からあのような感じだったのですか?」
「うーん、前はあんな感じじゃなかったかなぁ。もうちょっと明るい子だったと思う。顔を隠したりもしてないし……」
藍さんに関する記憶は、実はそこまであるわけではない。
けれど、前に会った彼女は、少なくともあんな風に人を嫌ってるような態度はしていなかった。
本当に、いったい何があったんだろう……。
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「ね~~~今日の調査もう打ち切っていい~~~~?」
「ダメです。もう既に『人狼』による被害は出始めてるんですから」
「ちぇー。でもさ、ボクあんまりこういう地味なことしたくないんだよー」
「これを見てもまだこんなことを言えますか」
視線で示された場所を見る。アスファルトで舗装された道に、獣の爪の形の大きな傷がついている。
こんな街中でクマなんて出るわけがないし、もし出たりなんかしたら大騒ぎじゃ済まない。
間違いない。これは亜人の仕業だと、亜人狩りとして調査をし始めているところだ。
「ねぇ、睦海はさ、もし人狼が潜んでるとしたらどんな所に潜んでると思う?」
「それよりも前に、詩音の意見も聞かせてほしいものですね」
勿論ボクの考えは決まっている。
「え?ボクはね、ゲームみたいに、人間のフリして人間の中に紛れ込んでるんだと思うよ。
それで夜な夜な狼として暴れて、最悪人を殺したりなんかしちゃってね。こわーい」
睦海は呆れたような表情で、黙って首を横に振る。その中性的な整った顔立ちは、そんな仕草ですら様になってしまい、なんか納得いかない。
「まあ、詩音の考えも別に間違ってはいないと思いますよ。木を隠すなら森の中。
案外大きな集団の中に紛れているかもしれません。たとえば……学校の中とか」
「学校ねー。そういや、この間会った吸血鬼さん、高校の制服着てたけどー。あの制服ちょっと見覚えあるんだよねぇ」
「高校生にして亜人……ですか。人生前途多難そうで同情しますね」
「その亜人を殺そうとしてるっていうのに、そんなこと言うなんて睦海もいい性格してんじゃん?」
「詩音には及びません」
改めて思うけれど、この神原睦海という人には全く皮肉も冗談も通じない。
あの脳筋バカなら毛逆立てて反応するっていうのに、なんかつまんないよね。
「しかし、相当派手にやったということは間違いありません。もしかすれば力が暴走しているのやもしれませんね」
「暴走?あー、そういうのもお約束だよね。自分のこと制御できないなんて可哀想な生き物だよね」
「……そうかもしれませんね。ですが勘違いしないでいただきたい。もし暴走している結果だとすれば、そういう亜人はこの人間社会にはいられません。
そういった亜人たちの『介錯』も、私たちの役割です」
そう言って睦海は手に持った小型のナイフを弄ぶ。亜人に対しては猛毒になる銀のナイフだ。
「なんかそういうのって脇役っぽくてあんま面白くないけどねー。やっぱさ、こういう亜人狩りになったからにはもっとでっかい悪と戦いたくない?」
「気持ちはわかりますが、そういう相手はたいてい私たちでは手に負えません」
「ボクはさ、常日頃から言ってるけど主役になりたいんだよ。主役を立てるだけの脇役なんかにはもうなりたくない。
誰からも褒められて、自分の活躍を認められるような、そういう存在になりたいの」
もっと言えば、誰かの活躍のための踏み台にはなりたくない。そういう願望がボクにはあるんだ。
「……そうですか」
それに対して、睦海は肯定も否定もしない。
「脇役っていうのはさ、ものすごい悲しい存在だと思うんだよ。どれだけ頑張っても、どれだけ努力を重ねても、決して主役には届かない。
感動の夢物語は、絶対に主役のものになっちゃう。だからさ」
「そのためだったら、ボクは何だってするよ」




